63 医師
柔らかい布団に包まれて、思い出すのはさっき思い出したわたしの記憶。うっすらと開けていた瞳を閉じればすぐさま夢の中に誘われてしまいそうになる。
このまま眠ったらあの夢の前後もわかるんだろうか、そんなことを考えながら少しずつ意識を落していった。
「環境が変わってお疲れなのですよ」
深く眠ろうとした時、自分の隣で聞いたことのない人の声がした。
「そうですか」
柔らかいこの声はシーラだ。
目を開けようと思うのに、身体が思う様に動かない。でも、それは以前記憶を戻されたときにされたものとは違う。身体の節々が悲鳴を上げる様に、動かすことを拒否するかのように、存在している身体が痛い。
「以前の高熱の時と同じ症状です。しっかりと休養をとらせてさしあげてください」
「…やはり」
「しかし、戻ってらしたのですね」
女の人ではない手が触れる。節くれだった手は、とても優しく私の顔にかかっていた髪を横に流す。
「こうして、再び拝見出来る日が来るとは思っていませんでした。我らの巫女姫様」
「医師、この方は…巫女姫様ではありませんわ」
「いいえ、この方は一番大変な使命を持ってこの世界に落されたのです」
「せんし」
シーラがせんせいといったことで、私の体調不良が原因でここに呼ばれた人なのだとわかった。この医師は若くない。声を聞く限り相当な年月を生きている人に感じる。
嫌だと思う脳の指令を無視して目蓋を少し開けると視界におじいちゃんとも呼べる人がいた。
そして、シーラはやっぱり私が巫女姫などという存在ではないことを知っていたんだ。
私が目を少し開けたことに気付いたのか、続けて何かを言おうとしていたシーラを手だけで制す。
「シオン様、お目覚めになりましたか?」
はい、そう口に出したかったのに動いたのは口だけで音は紡がれなかった。
「最近王宮内を歩いていると聞きましたよ。あまり人が多いところにいきなり行くとつかれが出ますぞ。お気をつけて…熱も出ている様ですから、薬を侍女の人に取ってきてもらいます。直ぐにお飲みください。シーラ様取ってきていただけますか?」
ゆっくりと心地よい響きでその言葉達は私の中に入ってくる。
「はい、少々失礼いたします」
視界の端にシーラをとらえれば、一瞬目が合って微笑んでくれる彼女。
パタンと静かに閉められた寝室の扉。医師は、再び私に手を伸ばして額に触れる。
「少し前から起きてらしたでしょう?」
「しって…」
意識して喉から声を出せば今度は掠れているものの音になる。
「無理をしないでください、お体に障ります。私のことはもう思い出されましたかな?」
自分の額に乗った手が退けられない様に、小さく頭を振った。
「そうですか。貴方は王のことが嫌いですか?」
医師の声音は一貫して変わることがない。ただ、私はその答えにどう答えていいのかわからず、動くことができなかった。
「私はカルス様を幼いころから見ていて、とても臆病な子だと知っています。お兄様がお父様とご一緒にお亡くなりになられた時は、酷く困惑してらっしゃいましたし、私の所に来て、泣いてさえいた。」
カルスに兄がいたなんて聞いたことなかった。男の人は自分一人で…だから継いだって聞いてたのに。
「この王宮ではカルス様の兄君のことは緘口令が敷かれていますので、今口を開くものは誰もいませんよ。貴方は数奇なる運命に導き寄せられた人。大丈夫、安心してください。もう歯車が付け替えられることはないでしょう。すぐに、迎えがきます」
「あ…なたは」
何を知っているの?
「長く私はこの王宮の医師をしてまいりました。養い子も多くいまして、巷では、はて何と言われていましたかな~。年にはかないませんな。さ、身体に力を入れずに楽にしてください。」
医師の手は温もりだけを残して額から離された。
「ああ、最後に今貴方が会いたい人はいますか?」
「はい」
シルバに会いたい。ユフィにも会って話したいことが沢山出来た。サリューにも、今度会うときはのんびりと話したい。他にも、ルークにも会いたいし、オルフェお嬢さんを抱きしめたい。
この世界にきて、右も左もわからない私を助けてくれた人たち。
控え目なノックの音とシーラの声が聞こえて、話は終わり。私が薬を飲んでいる間に医師は去って行ってしまった。
名前さえ聞くのを忘れてしまった。あの人はダレ?




