60 かすかに解けるもの
「うん?」
「カルスじゃ…」
「王様?ないない」
そういって空いてる左手を顔の前でヒラヒラと振る。
「でも、確かアスカちゃんは巫女姫としての儀式も受けたのよね?」
昨晩読んだ書物の中に現れる巫女姫はほぼ全員がその時の王と婚姻関係を結んでいる。巫女の場合はその系列に為す女子と。
それが、今まで受け継がれているとすれば、ほぼ確実に巫女姫は王と結婚。
「演説聞いてない?」
「その日、丁度シルバが、外に行こうって…」
「あの人…本当に」
今度は呆れたという様におでこに手を添える。
「軽く説明すると、王と結婚なんか出来ないから、その部下のヴィンスと婚約しましたっていう演説。戦でのヴィンスの雄姿に惚れちゃったの。カッコよくて~。それで、ヴィンスに相談して…許してもらったの。歴史的に巫女姫が王と結婚するのって慣例なんだってね。でも、そんなの知ったこっちゃないっての!私は現代に生きる人間!!政略結婚なんてのしつけて返してやるわ!!」
「確かにっ」
勢いよくガッツポーズをするアスカちゃんについ笑いがこみ上げる。
「わ…笑った~!!」
「へ?」
「笑ってくれたの初めてだから嬉しい」
「…」
陽だまりのような笑顔が向けらつられて私も、また表情が緩む。
「でも、そのことでいままで私に無条件で与えられてた権力は無くなっちゃったんだ…。王のモノにならない巫女姫なんて所詮お飾り。周りにいた人達はいなくなって…でも、それでも周りにいてくれる人もいるから良いけど。」
「うん」
やっぱり、離宮に行く時と行った後のあの対応の違いは、巫女姫から唯の人に私が皆の中で落ちていったから。
私が巫女姫だったら周りにいて恩恵を受けようとしていた人達ばっかりだったってこと。
新しい巫女姫がいたから…だから私は消えてなくなったかのように誰にも相手にされなくなった。
もしかして…シーラも?
アスカちゃんならどうして私を王がここに連れ戻したかしってる?
「ねぇ、アスカちゃんはどうして私がここにもう一度連れてこられたか知ってる?」
「…えっと」
「知ってるなら、教えて欲しい」
ここに私が連れ戻されたのは…
「それは…」
異世界の女の血が欲しかったから?
巫女姫としての立場がなくとも、異世界の女だから?
「カルスは、最初アスカちゃんと結婚するつもりだったんでしょ?でも、それが出来なくなったから…」
「違うっ!カルスは私なんかが来るずっと前からシオンちゃんのことが好きでっ!!でも自分のせいで巫女姫として国民に発表できなく…っと、いけない。」
わたしのことをカルスが?
「だって…そんなのおかしいよ。だって、だって」
振り向いた拍子に繋いでいた手が離れる。
ずっと会いに来てくれなかった。一緒にいて欲しかったのに。離宮から帰って来た時の私にはカルスしかいなかったのに。
連絡したのに…。部屋にも行ったのに。それでもずっと会えなくて。
ずっと…ずっと、カルスが来て笑ってくれるのを待ってたのに。私と一緒に、ちょっとの時間でも良い。一緒の時間を過ごしてくれることを待ってたのに。
アスカ様とは頻繁に会ってるって言う噂は聞いてた、でもその間一度も私には会いに来てくれなくて。
「アスカちゃん…本当に、私に会いに来たことがないの?」
だって、私は覚えてるんだよ?
「だって…アスカちゃん来たよね?私の所に来たよね?私に言ったよねぇえ!!」
黒い瞳に黒い髪。この国で珍しいって言ったのはアスカちゃんだよ。
「シオンちゃんっ!?」
「カルスは私のことなんて何とも思ってないよ。ごめんなさい」
黒い何かが心を浸食して、自分という意識が崩れていく。
どうやって来たのか解らないけど、人間っていうのはこういうとき適当に走っていても自分の帰る場所に足が向くものらしい。
自分には相応しくない広い部屋。高価な家具。
部屋に入るとシーラはいないようで誰の気配もしない。
少し横になろうと寝室に入ると寝台の横の小さな机の上に隠す様に紙が置いてあるのが見えた。
見知った筆跡で文章が綴られている。男の人なのに、繊細な文字。
この国の文字にはあまり親しんでない私のためにか、崩すことなく、ひとつ一つ丁寧に書かれている。
それを見るだけで、少し安心してしまうけど…今まさに胸の中にあるわだかまりは消えることなく、一層膨らんでいく。
どうして、あんなに違うのか…。どうして、あんなに変わってしまっているの。
どうして、会ったことがないなんて言うの?
カルスは私とアスカちゃんを…アスカ様を会わせなかったの?
でも…以前のアスカ様より、今のアスカちゃんの方がすごく優しくって…。
でも、一緒に城を散策したアスカ様と、その前に一瞬だけあったアスカ様。
――わからないよ
全部わかんないよ、シルバ。
アスカちゃんを信じるならあれは誰?
カルスはどうして私を放っておいたの?




