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紫の旋律  作者: 蒼夜
第四章
56/75

55 図書館

 

 鍛錬場から出ると先に部屋に帰っているはずだったシーラが壁にもたれかかっていた。

 

「シーラ先に帰ってなかったの?」

 

 声を掛けると少しばかり下がり気味だった首が上を向く。

 

「シオン様、だって…」

 

 見るからに心配してくれているということが見て取れる表情。

 

「何にも心配ないよ。だって、アスカ様は優しい人だよ?」

「ええ、そうですよね。用事は済みましたか?一緒にお部屋に戻りましょう」

「うん」

 

 私の目の前に今いるアスカ様がアスカ様。

 今、私の目の前にいるのは記憶の中のアスカ様じゃない。王都の街で私を迎えにまで来てくれたアスカさん。

 記憶の中のアスカ様とまるで正反対。記憶の中のアスカ様はあんなに私の存在自体を疎んでいるようだったのに、今のアスカ様には、好意の様な感情すら見える。

 記憶のない間に何かが変わったってことなのか。

 

「シオン様…あの本日この場所に来たことは、王様には内緒にしておいた方がいいと思うんですけれども…私はシオン様のご意思に従います。シオン様は今回のこの件を王様に報告するべきだと思いますか?」

「え…?報告しないでくれるなら嬉しいけど、そんなことしていいの?」

 

 カルスはシーラ以外の他人に私が会うということをカルスは極端に嫌がっていた。

 今朝、確かにカルスに言えば王宮内を自由に歩いていいという許可の様なものを得たにしても、今の私の行動は自分の首を絞めていたようなものだ。

 シーラの反対を押し切り、王に何も言わずに部屋から出たのだからそれをシーラはカルスに報告する義務があるんじゃ。

 

「せっかくシオン様が外出を自由にできるようになったんです。それを壊すようなことはしたくはありません。でも…それを報告することも私の仕事の一つで、でも、報告したらまた、昨日までの様にただ部屋の外に出ることすら自由にならないのではないかと思って。私が使えているのは王ですから。でもシオン様のことを考えると…」

「そっか、じゃあ報告しないで!アスカ様には私は会ってない。これから、王宮の図書館に行こう。今日の王宮内の私の外出理由は、図書館に行くことだよ。シーラ」

「っ!シオン様」

「こっからだと、図書館のある塔には私行き方わからないから。ついてきてね」

「はい、こちらです」

 

 シーラは斜め前を歩きつつちゃんと私がついてきているか時折後ろを振り返る。何か話す話題でも振れば良いんだろうけれど、生憎私はあまりおしゃべりが得意ではないし、提供できるような話題も持っていない。元々、人がいてもあまり話さない。

 あちらの世界で高校生やっていた時に一緒にいた友達はいつでも話題豊富でよく感心したものだ。私は相槌を打っているだけだというのに、次々に話題が飛び出してくる。一時期はそんな風になれないものかと思ったりもしたが、その友達曰く、口下手。という評価を頂いて、それから無理せず私は聞き役に回って来たのだけれど。

 シーラとのこの沈黙は少々辛いかもしれない。話そうと思って喉まで言葉は出てきているものの…その先に出て行ってくれない。

 

「シオン様、着きましたよ?今日はどのような本をお探しですか?」

「えっ、ありがとう。この国の建国からの歴史書ってある?」

 

 ついに何も話さずに図書館までついてしまった。

 

「歴史書ですか?」

「うん。私この国のこと何も知らないから。国を知りたいならまず歴史から知って行こうかと思って。最近のものまであったら良いんだけど」

 

 巫女姫というものがいったいこの国のいつからあるのか。私の様に間違ってこの国に落された人は他にどれだけいるのか。きっと王宮の中にある文献だったら多少は載っていると思う。表に出ているものなんて些細なものでしかないんだと思うけど。

 

「でしたら、こちらですね」

「その本って借りてっても大丈夫?」

「ええ、王宮の中でしたら大丈夫ですよ」

「…とりあえず、その一画にある本を私のいる場所に移してもらえる?」

「えっシオン様!?」

「ほら、一々ここに来るって言ったら、あの人もいい顔しないと思うから」


 静かでも一定の人数はいるこんな場所では軽々しく『王様』とも『カルス』とも呼ぶことは、憚られた。


「私が!逐一借りに来ますので!!十冊程度に留めてください」

 

 シーラがいつにもまして慌ててそう言い切る。

 

「そ、そう?」

「はい!」

 

 カルスが今日の夜来たら、アスカ様の噂を聞いたとか言って少し聞いてみよう。彼女がここ数年であんなにも変わったのはどうしてか。

 それまでは…この国の建国からの歴史書をひたすら読もう。シルバに字を習っておいてよかった。


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