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紫の旋律  作者: 蒼夜
第三章
46/75

45 いけないことは


 これから私がしなくてはならないことは、何なのか。

 それはいったん後回しだ。まず、ルークを信じて記憶を取り戻すことに専念しよう。

 記憶を全部取り戻すことができれば、何をすればいいのか。それは自ずと見えてくるはず。

 

 朝。

 

 カルスは護衛も付けずに一人で部屋に訪れた。

 

「おはよう、カルス」

 

 今日も街に降りる予定なので、シーラに身支度を手伝ってもらい外出する準備は万端だった。

 

「おはよう。オルフェお嬢さんと一緒で楽しかった?」

「うん。ありがとう、今日でお別れなのは寂しいけど。」

「俺は執務があるから二日連続で外には出られないからね――。シオン一人で行くことになるけど」

 

 ――ひとりで?

 

「昨日の件でルークに言われたんだ、一人の時間を作って息抜きすることも大事だって。本当は護衛をつけようと思ったけど、シオンの顔は民達にそんなに知られていないわけだし。それに最近まで王都を一人で歩いていたから、護衛なんか付けて歩いてたら変だって。だから気をつけていっておいで」

 

 納得したわけではない。無理矢理造られた表情を見てればわかることだけれども、自分の感情を抑えて一人で行かせることを選んでくれた。少しは信用してもらえたということなのだろうか。

 

「ありがとうカルス!気をつけて、早めに帰ってくるね」

「待ってるよ。帰ったら、一番に顔を見せに来てくれた嬉しい」

「わかった」

「じゃあ、執務があるから…これで」

「うん、頑張ってね。いってらっしゃい」

「…いってきます」

 

 それだけ言いに部屋に来たのかカルスはそそくさと部屋を後にする。

 

「なんだか、今日のカルス様変ですね」

 

 王が来たため奥に籠っていたシーラが王の退室とともに出てくる。

 

「シーラもそう思う?」

「ええ、なんだか元気がありませんし。昨日は夜こちらにも顔を出されませんでしたし」

 

 私が王宮で目を覚まして以来、毎日あった朝と晩の訪問。それが、昨日に限って王は訪れなかった。

 

「王という立場の方ですもの。忙しいんですよ、きっと」

「それでも、毎日欠かさず来られていたのに…」

「そうだね…それより、いってくるね!」

「ええ、お気をつけて」

 

 気分は遠足に行く子ども。

 まだ寝台の上でコロコロとしているオルフェお嬢さんを抱き上げると、シーラが部屋の扉を開けて待っていてくれる。

 

「門まで案内いたします」

「…そうだね」

 

 昨日は見つからない様にと無我夢中で走っていたため実際場所など覚えていなかった。

 シーラと通る場所は今まで通ったことのない道。使用人のためにある通路なのだそうだ。なぜ今回そんなところからの外出かというと正式に手続きを踏んで王宮から出るわけではないから。

 帰りは、シーラの名前を出せば通れるようにしておいてくれるらしい。

 

 それほど頑丈に造られているわけではないようだが、民の民家の扉に比べたら充分すぎるほどの門扉。内側には門番が二人両脇に待機している。シーラが簡単に紹介して、帰ってきたら通す様に。門番に念を押す。

 一歩外に出ればそこはよく使っていた、記憶の中に何度も出てきた場所。

 

「この階段を下りたところが王都です。その先の道順はわかりますか?」

「うん、ありがとう」

 

 シオンは門の外側に、シーラは門の内側で、シーラはゆっくりと頭を垂れる。

 

「いってらっしゃいませ」

「いってきます」

 

 シオンが歩き出せば、ゆっくりと重たそうな門が閉じられていく。

 

 

「行こうか、オルフェお嬢さん」

「キュー」

 

 変わらずに、返事をするオルフェお嬢さん。

 

 ルークがサリューに今日リチャードのところに行くように言ったのなら、待っているはず。

 

「ここから見る景色は変わらないんだね」

 

 空を見上げれば、青。

 

「ここから空を見るといっつも晴れてて、青い空なんだよ」

 

 偽物。

 どこに行っても、どこまでいっても要らない。不必要な物。

 忘れたふりをしても思いだした記憶。

 

 本当はアスカ様の所にいたいだろうに、わざわざなんで見つけだしたんだろう。

 ほっといてくれたって、私は何の情報も持っていないのに。

 

 私のことなんて忘れてしまっていればいいのに。

 

 優しいカルスにもう一度触れて、心が甘えてしまっている。

 このままじゃいけないこともわかってる。

 

 今覚えてる記憶だけでも、私はカルスとアスカ様にとって邪魔な存在。

 これは忘れてはいけない。大切なこと。

 


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