39 近くに
澄み渡った空。自分を同じ髪の色をしている蒼の空。ずっと嫌いだった色。
「もし、嫌いじゃなかったら…」
シオンがこの国に来てから幾月も過ぎているというのに二人で出掛けるのは初めてだった。シオンが来た時は戦の最中で王宮の中で会うだけでも精一杯だった。離宮から帰った後も残務処理やアスカとシオンのこと。隣国との戦。様々な要因が重なった。
「シオンが良かったら…」
「カルス?」
最後の言葉が出てこない。今日外に連れだしたのはこれをいうためだったのに。
偉大なる魔導師ルークの話では多少の誤算はあるものの概ね予定通りの記憶の揺り起しに成功したと。吸いだした記憶を戻すことは難しいく、予定通りに行くことはないだろうと最初から言ってはいた。ただ、誤算の範囲の記憶の欠片のせいでいつ他の記憶も呼び起こされるかわからない。
だから閉じ込めてしまった。あの時期に会った人に会わせない様に。会って記憶が戻るのが怖かった。もし、戻ったらまたいなくなってしまうのではないかと思って。
「その…だな」
「ん?」
記憶の戻らないうちにシオンから言質だけでも取っておかないといけない。
なのに、これ以上ないというほど傷つけただろう相手に…。もし、記憶が戻ったらこれ以上傷つけるんじゃないのか。いつも大人しいシオンが王宮を飛び出していくという暴挙にまで出たのは全部自分のせいだろうに。
そんな言質を取って、記憶が戻った時に自分はそれを脅しに使うつもり。今なら、従順なシオンなら頷いてくれる。
「あっ!カルスちょっと待ってて!!」
「シオン!?」
ベンチから勢いよく立ちあがるシオンの手を取ろうと腕を伸ばすが後一歩というところで届かない。
「オルフェお嬢さん!」
感極まった様にシオンが呼ぶとその名の持ち主なのだろう灰色の物体が返事をするように一鳴きする。
体勢を屈めてその灰色の物体を腕に抱えると熱い抱擁を交わしてオルフェお嬢さんという物体に笑いかける。
シオンの後ろに影ができる。誰だ、と思いいつでも走れる様に身構えるとその存在ともシオンは親しげに話している。
いつだって、シオンの笑ってる顔が見たかった。
その場に自分だけ取り残されてる。
王宮に来た時、よくシオンは屈託なく笑ってくれた。いつだって行けば笑って出迎えてくれた。何もなくたって笑ってくれた。離宮からの帰り路も。
ただ、それからは…。
軍神の巫女姫とルカディアの誇る軍師という王。これほどまでに良縁は他にはないと臣達は浮足だった。
それを止める術をあの時の自分は持っていなかった。あの時は…あの時こそシオンを気にかけていなければいけなかったのに。
シオンよりも、本物の軍神の巫女姫に近いアスカとばかりいた。どちらが『軍神』の名を冠する者か、子どもでもわかっただろう。
王宮に無理矢理連れて来た時から、あの笑みを向けてくれることはない。仕事の合間を縫って一緒にいる様にしても、笑ってはくれていても、違和感は拭えなかった。
数か月の王都での生活とこの国に来てからの記憶。間がぽっかりと抜けてしまっているため、そう考えてきた。でも、今見てるあの笑顔は一番見たかったもの。
嫌いか、なんて質問アスカじゃないんだから。答えられるわけないのに。嫌いだと思っていても嫌いだなんて言えない子だなんてことわかっていたはずなのに。
「シオン」
楽しそうに笑っている彼女に届くこともない小さな声でその名を呼ぶ。
どうしたらいい。偉大なる魔導師であろうと時間を戻すことはできない。こんな卑怯なやり方じゃなく、正々堂々とシオンにぶつかっていくべきだった?
アスカとシオンは違う。極端にいえば真逆の二人。アスカは選んだ。シオンも選んだんだろう。それを無理矢理戻そうとしてるのは自分。
進めていなかったのは…進もうとしてないのは自分だけ。それでも、シオンが欲しい。
「シオン」
一人座っていた場所から立ち上がってシオンの元に向かう。




