38 蒼い空と
いつか見た空の色だった。見たくないと思った空の色。どうして自分はここにいるのか、地に足が付いていない気分。
「シオンどこに行こうか?」
変わらない優しい笑みを向けてくれるのは、王。王都に降りてくることなんて滅多にないことだろうから珍しいんだろう。先ほどから物見遊山に着た子供のようにキョロキョロとあたりを見回している。
極力明るく楽しそうにふるまっている王に対して、同じように楽しそうに笑えば満足してくれるように微笑み返してくる。
素性がばれない様にとの配慮で、王都で生活してきたときと同じように頭まですっぽりとフードをかぶっている。
二人ともそんな格好をしているため不審者じゃないか、とも思ったがこの国では珍しい格好でもないことを思い出す。
数か月とはいえこの王都に住んでいた自分にはそこまで珍しいわけでも、王が隣にいて別段楽しいとも思えない。そんな風に思っていけないのに。
「カルスは、どこに行きたいですか?」
「私は…あっ!あそこの店に行ってみよう!!」
何かを見つけたらしい王はシオンの手を握ると勢いよく駆けていく。
こんなに自分を好いてくれている王だというのに私は、どうして信じられないんだろう。たとえ、あれが本当のことであったとしても、やっていたことは親と大して変わらないこと。
それが、どうして…いつまでたってもカルスという人を信じられないのか。
王都の街を歩いて思い出すのは、シルバと歩いたところや、ユフィと買い物に来た場所。リチャードとオルフェお嬢さんを散歩したところ。
記憶がないときも王都に懐かしい思いなんて抱かなかった。思い出したからこそ、懐かしいと思える場所がたくさんある。
いつも一緒にいてくれて、笑いかけてくれる優しい人なのに…。
「ん?どうしたの、シオン」
この国に来て一番最初に会って、一番最初に信頼できる人だと思ったのはこの人なのに。王宮の中にいても、王都の街に降りてきても…王との懐かしいと思える場所が極端に少ないのはなんで。
王宮に一人でいる時も、王のことを考えてる時間は目の前にいるときだけ。
他のとき――。
「何でもない」
これからどう進めばいいのかわからない。どうしたら先に進めるのかもわからない。無数にある道の内今、私はどこを選んで進んでいるのか。でも、このままじゃいけない。
「うん」
その言葉とともに繋いでいた手に力がこもる。
「ならいいんだ」
笑った王の笑顔が記憶とブレる。痛みを殺したように笑う人じゃなかった。なのに、今目の前にいるカルスは、ひどくさびしそう。
「今日はシオンと一緒だって言ったから宰相たちも街に降りるの許可してくれたんだ」
店の中を見るのはもういいのか、カルスは歩き出す。
「噴水広場行くんですか?」
「うん、あそこは綺麗だから」
王都の名物といってもいい噴水広場。ちょうどベンチが空いたので二人で座る。
「最近、仕事の鬼がどんどん仕事の量を増やしてくるからさ。もうまいっちゃったよ」
「宰相の方ですか?」
「そうそう…ホント限度ってもんを知ってほしいよ」
繋いでいた手を離して広げたまま空に腕を掲げ、少しまぶしそうに目を細める。
「シオン、この国もやっと平和になって、戦後の処理も終わってきたんだ。」
「そうですね」
その処理は政治的なものだけで、民にはあまり還元されていない。ユフィはそう話していた。公には、住民にも還元されたことになっているそうだが、一度たりともその金が流れてきたことも、王宮から食糧が流れてきたことはなかったと。
酷く荒らされた王都。その中で平和にやっていけてたのは私腹を肥やしている金持ちだけ。王都の住民といっても上下のさが激しく下方に位置していたものは、大変などという言葉で言い表せないほど凄惨な状態だったという。
それを助けたのが、ファクリスという存在。彼らの独自の流通のおかげだと。
それでも国民が王を支持したのは『巫女姫』という絶対の存在がそこにあったからだろうとも言っていた。
「シオンは、私のことが嫌いか?」
「そんなことはありません」
好きという感情も嫌いという感情も私は持ち合わせていない。そういう感情はよくわからない。いまもむかしも。
それは、どんな記憶があっても変わらないと思う感情。どうすれば好きで、どうすれば嫌いなのか。よくわからない。
あちらの世界で最後に持ったあの感情でも嫌いという感情じゃなかった。




