36 名代
シオンが起きてから、すぐに部屋の移動が行われた。今までいた部屋のどことも違う部屋。それでも部屋の内装が豪華だという点では、同じなのだが。
シオンが一番最初あてがわれた部屋は王の私室にほど近い場所だった。離宮から帰って来た時は、後宮の中。カルスは後宮に女を入れていないため、後宮はシオン一人。今いる部屋は賓客室。
「王は…どうしたいんだろう」
侍女のシーラが赤銅色の髪の侍女だということは面影が重なったし、今も大半の自分の世話は彼女の仕事となっている。ただ、サリューにもルークにも会うことは許されなかった。そして、部屋から出ることも。
「シルバ」
胸元にあるペンダントを握る。シルバを自分を繋ぐ唯一のもの。
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木々がざわめき、水の勢いが増す音が響きだす。音たちを阻む障害がないことで音は重なり合う。そこにある人工物は巨大な白い扉が一つ。その音とともに人が現れる。
「今帰った」
「見ればわかります」
銀髪の男は一応という程度に髪を腰のあたりに紐で括っている。答えるのは同年代だろう男性。
「名代を頼みたい」
「どこへ?」
銀髪の男は喉を鳴らす。
「どうした、やけに素直じゃないか」
「貴方がここへ帰って来たというだけで奇跡に近いんです。それなりのお願い、聞いて差し上げます。」
「そう」
銀髪の男は扉の前にある数段の階段を下りて草の地に降りる。
「お前は、破棄と保留だったらどっちを選ぶ」
「私ですか…私でしたら、保留です。どちらに私を向かわせたいのかは知りませんが、一時期の感情で破棄するにはどこも惜しいのでは?」
「そうだよな、俺サリエは嫌いじゃないし」
「ああ、あそこですか」
男は合点がいったというように手をひとつ打ち鳴らす。
「うん」
「あそこは建国からの付き合いですからね、大層あそこの王を気にいった貴方の先祖が契約してきたところでしょう」
「そうなんだけどさ、現国王は虫が好かないというか…」
「それは、完璧に保留にする案件です。貴方の個人的な感情は関係ないと何度言ったらわかるんです」
「わかってる、これ…もって先に行って。俺は少し整理してから行くから、ちょっと遅れる」
銀髪の男は懐から一つの書状入りの封筒を取り出す。
「なんだ来るんじゃないですか」
「行くけど…お前が次来るのいつだかわからないから帰って来たんだよ。こっちくるのアレだったんだけどさ」
書状の入った封筒を銀髪の男から受け取ると男は膝をつく。
「アレクス・ガヴァン・フォークナー、行ってまいります。」
「うん、気をつけてね」
「へまは…二度としません」
アレクスはいましがた銀髪の男が入ってきた扉へと向かい、その扉を潜る。
「シオン」
銀髪の男は胸元に手を置いて語りかける。
「シオン、大丈夫だ」
誰もいない、木々しかないその場所での彼の言葉はざわめきにかき消される。
「シオン…大丈夫だよ」
不安にならない様に、ゆっくりと語りかける。
「大丈夫、シオン。俺がいるから」
あの王の行いが信じられなかったわけではない。そのような待遇を受けた者がいたということ歴史にもあったこと。別段シオンが珍しいということではない。
そう、書物に書かれてわかっていたことだったのに。それでもずっと側にいた。その姿を見ていた。
あの王のもとにいてもシオンはきっと幸せになれない。そう思いながらも一縷の望みにかけていたのも事実、あの時までは。
傷つけることしかできなかった王。見ているしかできなかった自分。
本当は何も変わらない。傍観者という立場であった自分の方がどうしようもないかもしれない。わかっていたのに助けなかった。
だから…今度は助ける。
あの王では無理だった、それはユフィとも出した結論だ。
今度は壊させない。




