35 壁
今、私が見ていたことは全部…夢。
でもそれは過去。本当にあったこと。私が忘れていたわたしの記憶。
そういえば、ルークって会ったときと外見変わってない。
私が王宮ですごしていた時間で思い出したことなんてほんのちょっと。王宮にいるのは確かに嫌だったけど、出て行こうなんて思えなかった。
「必ず、思い出せるんだよね」
どうして、王宮を出たのか…そこはまだ分からない。
とりあえず、カルスと久しぶりに会える。会ったら、幸せだったころのわたしに。
『僕は貴方を守る盾になります』
ルークは過去の夢の中で私にそういった。
それをルークは破ったのだろう。だからあんなに不安そうな瞳で私をみていたんだろう。
私は覚えてない、何も。きっと思い出せるんだろうけど。今は…。
カルスと再会した時、胸の奥に込み上げてきた感情は喜びなどと到底いえないものだった。
思い出の中のカルスはに対して私はまだ、そこまでの感情を抱いていない。
きっと、あの後にまだ何かあるのだろう。
過去の中でシルバに会ったことなんてなかったのに。
辛いときチラチラと頭の隅に思い描いていた人はシルバだった。綺麗な長い銀髪の髪の毛。優しく微笑む翠玉の瞳。
胸のあたりを探ると暖かく感じたのはきっとペンダントのおかげ。
首から下げているはずのペンダントを探る。
ペンダントについている紐は本当にあるのか、気にしないとわからないぐらい肌になじんでいる。
これも魔法でできている紐だからなのかもしれないが。
まったく重さを感じさせないので本当に身につけているのか、不安になる。
「シルバ…少しだけ取り戻したよ」
わたしが生きてきた。歩いてきた路を、思い出したよ。
「シオン…入っていいかな」
響く声は、どう対応したらいいかわからない相手。カルス。
「ええ」
でも、ルークの言っていることを信じるなら、ここはそう言わなければおかしい。だって、以前のわたしはカルスの訪れをむげに断ったりはしなかった。
あちらの世界と同じように…仮面をつければいい。いつでも微笑みを絶やさない、そんな人を演じればいい。
「シオン」
響いてくる声の方向を向いても見えるのは白。
カツカツという音は聞こえるので近づいてきていることはわかる。
少しまってやっと白の世界に自分以外の影が映る。
「ずっと、探してたんだよ」
昔のように笑ってくれているカルス。
ついこの間会ったばかりだというのに、過去を見ていたせいか。
急に成長したような錯覚にとらわれ
「カルスなのよね?」
気付いたらそう言葉が口を衝いて出ていた。
「そうだよ何、びっくりした?」
記憶の中のカルスは蒼い髪を必要以上に嫌悪しているように思えたのに…。
今のカルスの蒼い髪はいつだって視界に入りそうなほど長くなっている。
「王宮を飛び出してからの生活については報告を聞いているよ」
「うん」
「でも、シオンは今までのようにここで暮すんだよ?」
「…うん」
その言葉の最後には疑問符が付いている気がするのに、まるで強制のような声音で聞こえるのはなぜか。
「あ…あの、カルスどうして私は王宮を出たの?」
まだ戻っていないわたしの記憶。
「とっても些細なことだった。でも、慣れない世界だから。きっと余計不安になっちゃったんだ…気づけなくてごめんね」
私以外の人が私に触れてくる。
以前なら、何とも思わなかったのに。
距離が近くなるにつれ、跳ねる。それが心なのか、身体なのかわからないけれども。
「カルス…わからないの、違うっ!わからないの」
カルスが近づいてくると感情、そのすべてが制御できないような感覚にとらわれる。
なにかが渦巻いてるのに、それをひた隠しにしようとする何かがある。
「大丈夫、安心して。今度こそずっとそばにいるから」
「カ…ルス」
「私はシオンの側にいるから」
カルスの言葉が信じられない。でも昔のわたしなら、喜んだ。
あちらで居場所がなかったわたしに初めてできた必要とされるはずの場所だったから。
でも、やっぱりわたしはこの世界でも必要とされなかった。
「カルス…」
アスカ様。
過去のアスカ様と今のアスカ様。あまりにも違いすぎる。
「カルス、私アスカ様に会いたい」
私が見たアスカ様は大勢の侍女が連れていたけど、ヴィンスは連れていなかった。
王都でみたアスカは…あんなこという人には見えなかったのに。
同じなのに、違うアスカ様。
「アスカには…会わせないよ」
「なんで?」
どうして、会わせてくれないの?
「会う必要なんてないでしょ?」
あるよ。
わたしと私の間にまだ壁がある。
その壁を壊さないといけない。
きっとなくなったときに私は――。
「シオン…もういなくなったりしないで」
「カルス」
悲痛に響く声に何も言い返せない。
「シオンの居場所は…ここなんだから」
そう言って私を見るカルスの瞳は妖しく光っているように見えた。




