30 霧の中
王宮に帰ってきて何もやることがない。シーラも配置転換ということでいなくなってしまった。
新しい侍女さんは、なにか怯えているようで話しかけても、何も話してくれない。
ただ、勝手に出歩かれませんように。そう言われるだけ。ただ一方的に言われるだけだから、会話なんて成立しない。
カルスは、もういつ来たのか覚えてない。
すぐに来るよって言ってたのに…。
侍女さんにドレスじゃなくて町娘みたいな服を…。お願いしたら、次の日にはクローゼットにいっぱい今まで見たこともない服が入っていた。まあ、もちろんすべてが、スカートで一見質素なワンピース。クローゼットは見事にモノトーン色で埋め尽くされた。色の指定は別にしてなかったんだけど…。
今までのシーラの接し方が異常だったんだとわかったのは新しい人になってから。名前さえ教えてもらえない。
彼女たちは必要最低限のことだけして去っていく。だいたい来るのはご飯の時だけ。それ以外の時は誰も入ってこない。
勝手に外出しようと扉から出るといかつい衛兵さんがいるから外出はもっぱら窓から。一階だから飛びださなくていいのは、とってもいいと思う。
最初の頃は離宮に行くまでに仲の良かった子たちのところにいったけど、なんだかよそよそしくて。怖くなってそれ以来いっていない。
ただ、散策してて見つけたのが、街につながる穴。すこし小さいので屈んで出る。穴から出ると王宮は少し高いところにあるのか眼下には街の景色が綺麗に広がっている。
ワンピースについた埃をパンパンッと軽くはたいて門番のいない方の階段を目指す。たぶん、使用人専用の門みたいなところ。王宮の中の方には衛兵さんがいるみたいだけど、外側には誰もいないから安心して街に降りられる。
ま、見つかっても誰も私がシオンだなんて思わないだろうけど。
街にはもう何度も降りてきているから、何となくその地理もわかってきた。といっても向かうは、可愛いモキュッとした子がいる場所なのです。
何度会いに行ってもその可愛い動作に毎回ノックアウト気味です。金色のクリッとしたアーモンドの瞳に全身灰色の可愛い毛の身体をしていて、触るとふわふわで…。
王宮に居ても毎日暇を持て余すしかやることがない私はほぼ毎日そこにお邪魔するようになっています。
巫女姫としてきたのに何もできない私は、いらない。
なんでも本物の『軍神の巫女姫』様が現れたらしくって私の処遇に困ってるらしいです。
本物のアスカ様がわざわざ部屋まできて教えてくれました。
別にカルスから…王様から出て行けって言われれば、出て行くんですけど、ね。
ここでも私は誰かのお情けで生きていけているらしいです。
あちらでは、当主様。数回しかお目通りの適わなかった方ですがとても優しい方でした。
カルス…王様もとても優しい人でした。
王様は優しいから、哀れな私を捨てられないそうです。
てくてく、と歩いていけば可愛いモキュッとした子がいる家に到着です。
「おはようございます」
そういっておずおずと扉を開ければ家の主、リチャード
「来たのか、あそこで寝てるから相手してやれ。俺は商談してるから」
左目を怪我して眼帯をしていて、片目しか見えなくて最初は少し怖い人かと思ったけど…いつも何も言わずに家に入れてくれる。
「キュー」
あそこ、と指差したところに金色のくりっとしたアーモンドの瞳に全身灰色の可愛いモキュッとした物体が座布団らしきものに乗っています。
なんでも大まかにまとめてしまえば精霊さんらしいのです。さすが異世界…不思議な方がいるものだ、と思いました。
「オルフェお嬢さん、今日も一緒に遊んでください」
「キュー」
返事の様に返してくれる鳴き声と共に腕の中に収まってくれるオルフェお嬢さん。
リチャードの職業はファクリスといって商いを専門としているらしくて、毎回難しい顔でお客さんと話しています。
前にオルフェお嬢さんと一緒に覗いてるところを見つかって叱られたこともありました。あれはあれでいい思い出です。
「今日も一緒にお昼寝、してくれます?」
「キュー」
いいよ、とでも言ってくれているのだろう。オルフェお嬢さんは私の顔に顔を何度もこすりつけてくれます。その仕草がとても愛らしいのです。
何度も訪ねてきては床で寝ていたらいつの間にかリチャードさんが専用の寝台を作ってくれたそうなので、お礼をいってありがたく使わせてもらっています。
本物の巫女姫というアスカ様がいることを知って夜、眠ることができなくなった。何でもいいからなにか考えていないと、カルスのことを考えてしまいそうで怖いから。
考えてることぐらい、明るく…振舞いたいのに。
考え出すと止まらない。
同じところを何度も繰り返す…メビウスの輪の様に私の中で同じことがずっと周り続ける。
信じたくない。
でも……アスカ様の言う通りカルスは私のところには来ない。
「オルフェお嬢さん」
不思議に安心する。人間よりも少し高い体温だからだろうか。嫌な思考もどこかに置いてくるように。オルフェお嬢さんが近くにいると眠れる。
もぞもぞ、と動いて体勢を変えるオルフェお嬢さんだけど、決して…いなくならない。
起きるまで一緒に居てくる。
オルフェお嬢さんは起きると、いっつも頬をペロペロと舐めてくれる。
当主様もカルスもいなくなったから、私は私を甘やかしてくれる存在を求めていた。
**
あの日、唐突にアスカ様は私のいる部屋に訪れた。
何人も侍女を引き連れ、どこに居ても目に留まるだろうと言わんばかりの美しい人が、すごい形相で部屋に訪れた。驚いて誰ですか、と聞けば返ってきたのは
「わたし、本物の軍神の巫女姫のアスカ・サワシロと言います。シオン様、貴方はいったい何時までここにいるつもり?戦場に行っても奥に隠れて何もできない貴方に『軍神』を名乗る資格なんてない。でも私はカルスと同じ場所で戦えるだけの力がある!わかるでしょ!!私は『軍神』を名乗るにふさわしい、それはカルスも認めてくれてるの。偽物の巫女姫がいつまでものさばってられるのは邪魔なのよ!カルスは優しいから、あなたを見捨てられない。だから、早く出ていって!!!!ここは、あなたのいる場所じゃないの。今日言いたかったのはそれだけよ」
アスカと名乗った女性はシオンに背を向けて歩きだす。側仕えの侍女たちだろうか、シオンの存在を認めると袂で口を覆いクスクスと笑っている。
そんなに私は面白いのか、言葉にして言いたかったけど一言も声が出なかった。
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アスカ様の言っていることは、正しくて。何も言い返せなかった。
それは今も同じで…私は王宮を出てはいないけど、こうやって逃げてきてる。




