29 彼女
「はじめまして。アスカ・サワシロです!」
ヴィンセントの後ろで揺れた黒髪は一歩前に出ると元気よく挨拶をしてきた。
「王様がいないときに城に来てしまって…無断で滞在させていただいていました。すみません」
アスカは上体を深く屈める。
アスカという少女は黒目黒髪な所はシオンとそっくりだ。年齢的にもそんなに変わりはないのだろう。シオンも幼く見えたがあれで十七だと言っていたし。
ただ、シオンとは随分違う。来た当初シオンは大人しく、人見知りもあったのだろう。常に緊張していることが窺いしれたが。
アスカはとりあえず…元気だ。
「はじめまして。私がこの国の王、カルスです。気軽にカルスとお呼びください。城で、なにか不便に感じることはありませんでしたか?」
こういうときは、本人で言わず大概宰相かついている供の者が紹介をして、という手順を踏むのだが異界から来たアスカにはきっと無用なものなのだろう。
いきなり本人が話しだしたのでびっくりはしたもののカルスは王としてアスカに対応を続ける。
「じゃっじゃあ、カルスって呼ばせてもらいます。皆さんにはとてもよくしていただいています。不便なんて…逆に、あの親切すぎて」
「それはよかった。敬語も結構ですよ?」
「じゃあ、お言葉に甘えます」
「ええ」
「と…あの、王様が帰ってきたら一つお願いしようと思ってたことがあるんだけど、いい?」
少し後ろに下がりアスカはヴィンセントの洋服の裾を掴む
「貴方の願いでしたら、なんなりと」
この国の王は巫女の願いを叶えるためならどんなことでもやるというのが鉄則になりつつあるのだ。
それは、二人目の巫女姫という存在のアスカも例外ではない。異界から神殿に来たものは巫女だから。
「私、元の世界ではけっこう武道強かったんです。一応全国大会にも出たんですよ!それにこのお城の騎士さんも倒しちゃったし…で、ここからが本題なんですけど。この国や、他の国にはもっと強い人がいるって聞いたんで!私をヴィンスがいる隊に入れてもらえませんか!?あ、女のくせに軽率だってことは、わかってますよ」
ヴィンス…まあヴィンセントのことだろう。城の騎士もそれなりに厳しい審査を通りぬけた精鋭のはず。それを、女の身である彼女が倒したというのだろうか。
「巫女姫、あの?」
「だって私まだヴィンスにだけは勝てないんです!それには経験値が必要だと思うんですよ!!ですから、ヴィンスの隊に入って今よりも一層強くなろうと思いまして。きっと遠征とかいっぱいあっていろんな人と戦えるんじゃないかと、あのやっぱり駄目ですか?」
いや別に巫女姫が望まれるなら、それを全力で叶えるのが王の役目。
騎士隊への入隊だろうがなんだろうが斡旋します。ええ。
「巫女姫、」
「あっ!私巫女姫って呼ばれるの嫌いなんでアスカでお願いします」
アスカは嫌いなことは嫌いといって正直に言う性格らしい。
「失礼、アスカ。あのヴィンスは私の親衛隊であり、それを統括する隊長職についていまして…ですので私がここを離れる時以外はほとんど王都にいるので遠征などは滅多にないんですよ。今回などの場合もヴィンスは王都にいますし」
国王がいないからといって城の警備までおろそかにするわけにはいかない。そのために親衛隊と名がつくものはほとんど王都守護に当たってしまう。だいたいこの国の王はそこに座したまま采配を振るうことが多いので自然そういう風になってきてしまったのだが。
「えっそうなの?!」
アスカは弾かれた様に顔をヴィンセントの方に向ける。
「アスカ?いったぞ」
「聞いてない!」
「それは、聞き漏らしたのではないか?」
「ぅう…かもしれない」
何か身に覚えでもあるのかアスカはすんなりと引く。
「まぁ、最近は物騒なこともなくなってきたし、アスカ。ヴィンセントをどこへとなり引っ張り回していい。警護にはまだ他の者も大勢いますし、ヴィンセントも書類整理ばかりではつまらないでしょう。私が許可します。ただし、必ず日帰りで帰ってくること。それは約束してもらいたい」
隣国の問題など物騒極まりないことは数得たくない程ある。それに、親衛隊隊長になれるほどのヴィンセントの腕ならば、安心して任せられる。本人も相当強いだろうが。
それに、我が国にとって女神といってもいい大切な巫女姫の願い。
「王!?」
それまで黙っていた宰相がなにか言いたげに声をあげる。それを視線だけで制すと、カルスはアスカとの会話を再開した。
長らく座っているのもなんだろうと、椅子に座ることを進める。
王がいない間にアスカは王宮、王都。様々なところをすでに探検済みだったらしい。もちろんヴィンセント付きではあるものの。
戦争中で王が不在なのは知っていたが、戦場に駆け付けたところで信じてもらえるかもわからない、ということから王都にとどまっていたらしい。
確かに、戦の最中。いくらヴィンセントを連れていたとしてもその存在を信じられたかと言われたら、わからない。
ただ、不思議なことはアスカは王があの場所で願ったわけではない。誰が願ったのか。どうして二人目が現れたのか。
そんなことに思考を飛ばそうとしてもコロコロ変わる話題に段々と他のことを考える余裕がなくなっていった。




