27 沈潜するもの
「まったく、あなたと言う人は出ていくなら一言ぐらい言ってもいいんじゃないですか。おかげで決裁する書類は溜まるのなんのって…さぁ、今日から何日かは寝ずに頑張ってもらいましょうかね。シオン様はどうぞ、奥で寛いでもらって構いません。カルス様?貴方には一国の王であるという自覚が少し足りないのではないですか」
城に取り残された宰相閣下は、カルスが帰ってくると知って城門で待ち構えていたという。
そして、カルスの姿を眼下に収めた時、猛スピードで駆け寄ってきたと思ったらよく口が回るな、と感心してしまうほどしゃべり通している。
カルスに至っては沈黙を貫き通し、シオンは苦笑いを浮かべている。
「それと…貴方がこの城を出てから少々厄介なことも起こっていまして」
「厄介なこと?そんな報告一つも上がってきていない」
「密書で送るのも少々不安だったもので…報告は後ほど」
宰相の声音は今までと違いとても小さくなる。
「…また、厄介なこと?」
「少々、ですよ」
「それが本当ならどれだけいいことか。シオン、先に行ってて」
「うん」
カルスは少し困ったように隣にいたシオンに顔を向ける。
「シオン様には、ただいま侍女が迎えに来ますのでお待ちください」
「シオンなら追い出される心配もないでしょ…城に居るものは大概顔知ってるだろうし」
シオンは初めこそカルスか、侍女を連れていないと部屋から出ることもかなわなかったが、じょじょに一人でも出るようになり、顔見知りも増えシオンは王宮内を一人で歩くことは、日常となっていた。
「ですが、お疲れでしょうから」
控え目に扉を叩く音が聞こえると数カ月ぶりに見る人物が室内に入ってくる。
「シオン様、お迎えにあがりました」
「シーラ!!」
シオンが呼びかければ、結ってあった赤銅色の髪の毛が揺れ、次第に顔が上にあがってくる。
「シオン様、御無事で何よりです。まずは、身体を綺麗にいたしましょう湯殿へご案内いたします」
「うん」
シーラはそれだけ言うと、扉を開けて待っている。カルスと宰相と一言二言話すと、シーラの元にシオンは駆け寄る。
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「此度の戦。勝利に終わって何よりでしたね」
「う…ん」
実はずっと離宮にいました。
「戦場でのカルス様はとても素晴らしい指揮をおとりになったと聞きましたわ、間近で見ていたシオン様はどう思われました?」
「えっと…」
そんな姿一回もみてません。
湯殿から出てシオンに与えられた部屋に戻るとシーラはずっとこの調子だ。いかにカルスが素晴らしかったか、それを話してくる。
だが、シオンは離宮にいて実際は戦場に一歩も足を踏み入れていない。
王宮内にいて王の沢山の噂を聞いたのだろう、シーラはシオンにその素晴らしさの同意を求めてくる。
戦に勝ったことは聞いてたけど、実際どういうことをしたのか。それをカルスは一切シオンに知らせようとしなかった。
そのためシオンが知っている情報と言えば、ただ戦に勝った。それだけ、その過程など全く分からない。
「シーラ、少し王宮内を散歩してもいい?」
二人だけの空間にいるとずっとこの話題なのではないかと思って違う話題を振ってみる。
いくら問われても応えられない。それに心苦しさを感じる。
「あ…今は、許可が下りない限りシオン様は部屋からは」
今までくるくると変わっていたシーラの表情が止まる。
「誰か偉い人でも来てるの?」
そういうことは何度かあった。戦の最中のためあまりシオンという存在を他に認知されたくない。だから部屋から出てくれるな、と。
「え、ええ」
歯切れの悪いシーラの答えに何かあると思っても聞いても望む答えは返ってこない。一介の侍女と言っても王宮で雇われているということはそれだけ信頼されているということ。
口外するなと言われたことは何も口にしない。
「そうなんだ」
そうやって、流すのが一番だ。
「ええ」
あからさまにホッとした表情になるシーラに正直者だな、と思ってしまう。
これならサリューの方がもっとうまく隠してくれる。
『巫女姫』といって喚ばれたと言っても所詮この国と何も関係のない赤の他人。言えないことなんて沢山あるのは、当り前。
王宮に戻ってきて、今までの離宮での暮らしを思うと皆よそよそしかったんだなと、ふと思った。
離宮ではただのシオンとして扱われたけど、ここ王宮では『巫女姫』のシオン。
きっと離宮に行く前だったらそれが普通だと思えたんだろうけど…。
離宮が暖かすぎた。
まるで離宮が王家の邸というわけではなく、ただ仲の良い親子が暮らしているだけなんだと思わせる様に、これが家族なのかと思えるほど…安心していられた。
行く前はここが安心するはずの場所だったのに、今はこんなにも離宮が――。
そんなことを思ってしまうからきっとシーラの粗を探すようなことをしてしまうんだと、自分を戒める。
ここは、離宮ではない。
私は…私が今いるのは王宮。
「シーラ…疲れたから、休むね」
「はい」
そう、私はこれからここで存在を認められなくちゃいけないんだ。




