25 帰還
カルスが離宮に次に訪れたのは暖かかった気候に少し寒さが入り混じり始めるそんな季節。
離宮にシオンが滞在してからゆうに四か月ほどたった頃だった。
カルスは髪の毛を切る時間すら惜しかったのか随分と伸びてきている。
「なんとか…終わりました。リアリリス様」
「よかった、ここまで戦火に巻き込まれたらどうしようかと思いましたわ」
ホッと胸を撫で下ろすのは、リアリリス。
「最初は危なかったけどね、やっぱり前に出て指揮を執るのじゃ随分違いますね」
それだけ言うとキョロキョロと何かを探す様に周囲を探るカルスに、リアリリスは、ふわふわした様子はそのままにカルスに「なにかお探しです?」と尋ねる。カルスのことだから置いていったシオンを探しているのだろうと察しはついたものの自分から言い出す様に促す。
「リアリリス様、あの…シオンはどこに?」
「あら!てっきり、忘れてるのかと思ってしまいましたわ~」
わざとらしく語尾を伸ばすリアリリスに不敵なものを感じずにいられないカルスの額に一粒の汗が垂れた。
以前、まだサリューが生まれる前までリアリリスは後宮にいた。五歳のころから政略的なことがあって後宮にいたリアリリスは、他の先々代の王の妃達からもめっぽう可愛がられていた。
普段こそおっとりとした雰囲気を醸し出しているリアリリスだが、本性を現した時の彼女は誰も手を付けられない。
幼いころのカルスもその実害を被ったことがある。
「…リアス様」
「いえね?異界から来たシオンを何カ月もほったらかしにしたことを怒ってなんていないのよ?だってカルス様には戦場で軍師の役割を務めなくてはならなかったのですから。ですけど…手紙の一つでもくださるとか、時間を見つけて来て下さるとか、できませんでしたの?シオンに『軍神』を名乗らせておいて離宮に放置。シオンが気に病まないとでも貴方は思っていたの?そうだとしたら私の見込み違いだったのかしら」
ふぅと言った様にリアリリスの唇に手が添えられる。
たったそれだけの動作なのにこの空間から逃げ出したくなるような感覚。
「カルス兄さま~!」
「サ…リュー」
サリューの登場に一瞬にしてリアリリスからの圧力が消える。
何事もないように視線をリアリリスに向ければ、いつもの様にふわふわとした笑みを浮かべていた。
サリューは相変わらず、我関せずといったふうにカルスの足に絡まっている。
「ふふ、いつまでもこんなところで立ち話はいけませんね。一国の王にそんな仕打ちはいけないわ」
「カルス兄さま、今回は誰と戦ってきたの?勝ったんだよね!!」
「ああ、シオンは今出掛けてるの。今日は帰ってきませんから」
「そうだよ。…どういうことですか?」
最初の返答こそサリューに返したものだが、その後はリアリリスへと向けられた言葉だ。
刹那。
カルスにだけ見える様に振り向きざまリアリリスの冷笑が浴びせかけられる。
「これだからカルス、あんたは臣下にもなめられるのよっ!どうせ数年で辞めるんだからって!!そんな半端な気持ちでやってるんじゃない?」
普段こそリアリリスの感情の下に隠されている本性。
そこにはのほほんとした雰囲気などなく、張り詰めた空気が流れだす。
足に絡みついていたはずのサリューの姿は辺りを見回しても…いない。
「私は、いえ…私たちは内政・外政ともにその権利など欲していませんのよ。政治に介入する気はない。」
「それは、心得ています」
「確かにサリューはこの国の王たる資格があります。でも、今は貴方が王なのですよ?」
「ですが、私には証が出なかった。私は…父と同じ、ただのつなぎの王でしょう。きっと、未来は決まってるんですよ。私は必ず失脚し、そして王の椅子にサリューが座る。それはこの国が出来た時からの変わらない…不変。」
「ほんっと…でも~、とか多いのよ!!!これ以上苛々させないで頂戴!変わらないってんなら変えてみる努力ぐらいしなさいよ。あんたこのままシオンを失ってもいいの?」
「っ!それ…は」
「サリューが言ってた、それしか今の私には言えないけど。ほら!シオンも待ってるし、入って」
「リアス様!さっきいないって言ってたじゃないですか」
「だって~、イジワルしてみたかったんだもの」
「お母さま~」
「あっサリューが呼んでるじゃない、早く行きましょう、カルス様」
一瞬にして普段通りのふわふわとしたリアリリスに戻る。
幼いころから後宮にいたせいで変わり身の早さだけは人一倍早いと言っていいだろう。
「サリュー、今行きますよ~」
偽りの王。それは父も同じ。祖父の代で終わったと思った証は、サリューに継承されていた。
証がある者は王。古の建国の時よりの掟。
証のないものがそこに座すること、長くかなわず。
偽物の王である自分が巫女姫をなぜ喚びだせたのかわからない。
それでも、シオンはこの国に来た。
巫女姫という存在がもし…自分という存在を選んでくれたなら、この建国からの歴史を変えられるだろうか。




