24 離宮
「王宮なんて肩こるでしょ?今までお疲れさまだね、シオン様」
午後のティータイムということでこの邸のテラスで女主人リアリリスとその息子サリューとののんびりとしたお茶会が開かれていた。
昨夜、夜中だというのにカルスは迷うことなく進んでいった。
あちらの世界では鞍があることが普通で、無い馬に乗ったことのなかった私は多少手こずっていた。
途中気遣ってカルスが何度か休む。それでもまだ夜明け前だった。
少し太陽が出てきたかな、と明るくなったときに王家の離宮の一つというところにつき、シオンはリアリリスに預けられた。
直後カルスは再び馬で駆けて行ってしまった。
「私も以前王宮、って言っても後宮の方ね。居たんだけど合わなくて早々に否かに引き揚げさせてもらったのよ」
上品に笑うリアリリスの膝にちょこんと座るサリューはおいしそうにお菓子を頬張り、次に口に入れるものを求め置かれているお菓子に手を伸ばす。
あまりの食べっぷりにリアリリスは「ひとつ終わってからよ」と優しく注意する。
「後宮で育ててたらこんなに愛らしく育ってくれなかったかな、と思うと嬉しいの。後宮は何でもそろっていたけど…自分で子供を育てることもかなわない場所だから。こんなに可愛く育ってくれてうれしいのよ」
確かに王宮で育っていたらこんな風に膝に乗って食べ物を食べるなんてことしないだろうし。
今朝のように、起こしてくれるときお腹の上に飛んでくることもないだろう。驚いて目を開けたときとてもかわいい子が「おはよう」って満面の笑みでほほ笑んでくれる可能性は、なさそうだ。
そんな場面にあそこの王宮の侍女が出くわしたものなら絶叫を上げそうだし、「はしたないですわ~」とか何とか言ってお説教が始まるんじゃないだろうか。あ…でも男の子だからはしたない、じゃないか。
「本当はね、サリューは王子様だから、こんな田舎で育てちゃいけないって…わかってるんだけど。この子には王宮なんかじゃわからない広い世界を見てほしいの。」
そういってサリューを見るリアリリスの瞳はとても優しかった。
「…王子様なんですか?」
「そうね、今の王位継承順だと第二位だけど…この子のことはきっと皆忘れているでしょうし。今この国にはカルス様がいらっしゃるから。今からこの子の将来が楽しみなのよ、どんな職に就くのかしら」
のほほんとした雰囲気で掴みどころがないリアリリスは、本当に王位なんて望んでいないんだろう。
望んでいたならば、そこがどんな環境だろうと留まるだろう。
「楽しみ…なんですね」
こんな風に母親に無条件に愛されているサリューがとてもうらやましい。
きっとリアリリスなら…。
「僕はずっとここで皆と一緒に暮すんだ!」
ひょいっとリアリリスの膝から飛び降りるとぴょんっと跳ねるようにしてシオンの膝の上に乗る。
「シオンもここに住みたいなら来てね?シオンなら大歓迎だもん」
ぎゅーっと強く抱きしめられる。
「ありがとう、サリュー」
無条件に向けられる好意に温かいものが込み上げてくる気がした。
あちらの世界で、こんな風に抱きしめてくれる存在はなかった。
こちらの世界に来ても…皆優しいけど、それはシオンという存在が巫女姫だから。
巫女姫でなければ、むけられない好意だった。わかっていたけど、わかりたくなかった。
でも、今目の前にあるこの幼子には打算もなにもない。
「…ありがとう」
「シオン?」
少しでもいいから欲しかったものがある。
諦めかけていた…もの。
「ね!遊びに行こう?」
「えっうん!」
「僕の友達にも会ってね!!」
乗ってきたときと同じようにぴょんっと飛び降りるとサリューはシオンの手を握り立たせると、リアリリスに「いってきま~す」と金糸の髪を揺らしてかわいい笑顔を向ける。
サリューを見るリアリリスは「いってらっしゃい、気をつけてシオン様には無理させないのよ」とおくりだしてくた。
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一人テラスに残ったリアリリスは邸を出ていく二人を見ていた。
「カルス様…私には彼女が『軍神』だなんて思えないわ。間違っていないといいのだけど…」
カルス様が本当に『軍神』を冠する巫女を欲したなら、武に秀でた人が送られてくるはずなのに。シオン様は全く違う。
以前、私利私欲のために巫女を欲した王は――。
「そうじゃないのはわかってるのよ。あなたが巫女を欲したのは国の為。」
降り立ったのが男子であれば『巫女』女子であったならば『巫女姫』と称す。
降り立った巫女は秀でた能力を有し、見合った冠が名づけられ――。
「ただ古い言い伝えよね」
リアリリスの声を上に運ぶかのように風が凪ぐ。
「最後の巫女は、この国を平和にしてくださった。」
幾つもの時が巡り再びこの地に舞い降りし巫女。
天使と為すも堕天使と為すも己等次第。




