23 出発
カルスが巫女姫を連れて出立するということを宣言してから、嵐のように周囲は動いていた。
カルス本人はとっくのとうに準備はできていたらしく、後は着替えてくるだけなんだ。そういって自室に駆け足で向かっていく。
その後ろを蛇のごとくついていく人々の波を見て吹き出しそうになって廊下から死角になる場所まで行って、肩を震わせて笑った。
主君の急な出立に重鎮達はひどい剣幕でカルスに事情の説明を求めていた。それに一言も応えないためにカルスの言葉を聞こうとして人々の行列ができてしまったのだ。
長い長蛇の列が部屋の前からいなくなると聞きなれた声が聞こえてきた。現れたのは息を切らしているシーラだ。よほど急いで来たようで部屋の前で胸に手を当てぜぇぜぇと苦しそうな息を吐き出している。
「シ、オン様…今の王の、お言葉は」
侍女たちが寝泊まりしている部屋はこの場所から遠いいと聞いていたがそんな所まで聞こえていたのだろうか。
「騎士の、皆さんから、聞きましたの…戦場に行かれる、と」
まだ息が整っていないため途切れとぎれといったように喉の奥から絞り出される言葉。
「うん。ちょっと行ってくるわね」
「準備、いたします」
「大丈夫?少しゆっくりしていてもいいのよ?準備なんて、この身一つあればいいじゃない」
「巫女…あっいえ、軍神の巫女姫様に相応しい服を身にまとっていただかなくては…」
「そっか、でも戦場に行くのよ。この前着せられたあんなヒラヒラドレスなんて着てられないわ、ズボン出して、あるよね?」
「そ…そんな!軍神の巫女姫様にそのような格好を!!駄目です!!」
赤かったと思った頬が次第に青に染まっていく。
シーラはぶつぶつとなにかまだ言いたそうにしていたけれど、それを軽く制した。動きやすい服でなければ戦場に行くのに意味がない。
「仕方がありません。今回の様に急なことでなければ…今すぐにご用意してまいります」
やっと戦場に行ける。やっとこの世界に来た意味が果たせる。カルスがそう言ってくれるのをずっと心待ちにしていた。この王宮にいることが別に嫌だったわけではない、嫌な視線に苛まれることはなかったし。
でもこの世界に来た自分の意味が、理由が果たせないことが苦しかった。『巫女姫』と呼ばれる自分の存在がやっと…やっと認めてもらえた気がする。
「よおし!」
誰もいないことをいいことに普段ならしないガッツポーズを小さくだがしている自分に笑ってしまう。あちらの世界にいた時はこんな風に自分の意見を相手に行ったことはなかった。
いつもそこにある状況、環境を受容してきた。それでよかったし、それが紫音という存在の在り方だった。笑うという作業も疲れる作業の一つでしかなかったのに。こちらの世界では自然と溢れ出てくる。
「シオン様!持ってきましたわ!!お着替えください。それまでに私は他の準備をしてまります」
「シーラ!ありがとう」
早速シーラから服を受け取る。
ズボンといったから、ズボンを持ってきてくれたんだろう。確かに足の入る場所が作られては、いる。ただ…自分が想像していたのとは随分違う。
シオンが想像していたのはこの国の男性は穿いているようなズボン。あちらの世界でいえば、スーツのズボンの様な感じ、それを思って言ったのだけれど。
服を受け取って、広げてみたところまではまだ何もわからなかった…。穿いてみると裾がスカートの様にふんわりとしている。上着は一応動きやすいようにと思ってくれたんだろう、半袖のシャツだ。
どっちにしても…この裾が邪魔じゃない。普通のスラックスが欲しかったのよ、私は。
「シーラー」
「着替え終わりましたね!ではこれをお付け下さいまし」
他にはないのか聞いてみようと思っていたのに意見も何も聞かずに首の周りに何かがまかれる。足の方まであるらしく触れる感触がした。
「夜は冷えますから、外套ですわ。王が待たれております。参りましょう!」
「あっ、うん!」
シーラが先導するように先を歩いてくれているので道を間違えることはない。
「シオン!!」
声が聞こえた方を見ればシオンと同じような外套を纏って青年が手を挙げている。
「カルス、お待たせしました」
姿が見えたのでシーラはその場で立ち止まってしまったが、シオンはそこに駆け寄って行った。
一介の侍女風情が王と至近距離に行くことすら本当はご法度なのだとか、以前シーラが話していたのを思い出す。
「いや、待ってないよ。こっちの馬車に乗ってくれ」
「え…馬車?」
「ああ、だってシオンは馬に乗れないだろう。それなら馬車にのってもらった方が早く着く」
「カルス…」
「さぁ、乗って?」
右手を差し出して実に紳士的な振る舞いでシオンを馬車まで誘おうとするカルス。だが、その手のひらに重なるはずの手はいつまでたっても差し伸べられる気配がない。
「カルス」
「どうしたの」
「私、乗馬はこれでも得意なんです」
だからズボンにだってしてもらった。馬に乗ることを想定してだというのに…。
「あちらの世界で私は嗜みの一つとして乗馬を習わされていました。時間がないのでしょう?」
「確かに時間はないけど、って乗れるの?!馬に?」
「乗れます!早馬を用意して下さい。私、駆け抜けて見せます」
カルスと一緒なら、戦場までの道のりだってきっと大丈夫だ。
「それとも、カルスが乗れないんですか?」
「…っば!なわけないだろう!!私だって、得意だ!!」
「では、カルス。行きましょう」
早馬が二頭用意され、持っていく手はずの荷物だけを馬車に詰め込む。馬車にはあまり負担にならない様にゆっくり来てくれて構わないということを告げた。
夜中に叩き起こされた門番の兵士たちが眠いのを隠すかのようにキリキリと働き城門を開いていく。
一等早く飛び出したのはカルスの早馬。気遣わしげに後ろを見てくるカルスに、大丈夫だということを示す様にすぐ後ろにシオンと早馬もつく。
馬車はその後ろに着こうと一時は頑張っていたようだが早馬について行けるわけがないと早々に諦めのんびりと闊歩していた。




