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紫の旋律  作者: 蒼夜
第二章
23/75

22 誕生

 

 カルスはシオンに言うための言葉を探していた。

 戦場では何度も自軍を勝利に導く優秀な軍師という立場にあったカルス。

 常であれば、率直に伝えたいことだけを伝えるのだが今回はうまく伝える方法というものが思いつかない。

 率直に言い過ぎると、自分が戦場に行きたいからついてこい。さすがに自分でも言われたらちょっとな、と思ってしまう。

 シオンをこちらに召喚を願ったのはルカディアの王となった自分。当初の予定では巫女を連れるという大義名分を振りかざし戦場に赴こうと思っていたのだが、シオンは戦とは無関係な生活を送っていたらしいということが彼女と生活することでわかってきた。

 

 召喚して直ぐはシオンも混乱しているだろうし、こちらも準備がある。その間に「共に戦地に行って戦ってくれないか」そう聞いて。良い返答を期待していた、勝手な想像で。

 目の前にいる少女は戦というより、音楽を好むらしい。巫女姫の祝賀会を城内でひっそりと行った時、見たこともない楽器がたくさんあるといって柄にもなくはしゃいでいる彼女を見て微笑ましいと思ったのは、つい最近のことだ。今が戦時中でなければ、盛大に祝賀会を催したいところだが『巫女姫』という存在が、今この国に降り立ったのだという事実は大多数に認知されることは避けるべきだ。

 シオンがこの世界に来てから剣術や弓。戦場で必要な技術を磨いているところを自分含め誰も見たことがない。その代りといっては何だが、よく楽器をかき鳴らしている姿を見る様になった。

 そんな彼女を戦場に連れて行くなど自殺行為もいいところだ。

 

 しかし、早馬の知らせでは自軍は危険な状態に陥っているという知らせが来たのだ。少しずつではあるが確実に圧されてきている。このままではこの国は侵略される。

 自分たちの国のことだというのに石頭の連中は未だに王が前戦に赴くことを是と言わない。今の王族の血を受け継いで成人しているものはカルスしかいない。幼い異母兄弟がいるにはいるがまだ齢十を数えてもいない。成人するにはまだ時間がかかる。そんな中戦場でカルスを亡くすことはできないというのだ。

 

「カルス?さっきから唸っているけどどうしたの?」

 

 この国に来たての時は言われたことにただ返事をするだけだったが、最近では少しづつではあるがシオンから声をかけてくれることも多くなったものだ。いつもなら来ない夜という時間帯に部屋に訪ねてきたにも関わらず要件の一つも話さない自分に疑問をぶつけてくるのは当然だ。

 

「明日…なんだけど」

 

 戦場は今も一国を争うような事態。すでに拮抗とは言い難く、軍師として何か助言はないのか、戦場に赴いてはもらえないかという文章が何通も届いている。本当だったら今から出て夜明け前につくというのが一番いいのだがそれは単身駆けつけられる時の話。シオンが馬にも乗ったことがないことを考えると無理、しかしシオンを連れていくという理由がなければ王宮から出られないことも事実。

 

 王になって日が浅く、臣たちの忠誠もない自分はなんとも惨めな存在だ。第一位の王位継承権を持っていた兄は戦場に行き、戦死した。本当だったら即位しなかったはずの弟が即位してしまった。

 味方だった派閥も先の兄のこともあって、敵味方両方から戦場に向かうことで賛同を得られていない。王になってしまった自分は、カルスという人間の思考で動いてはいけない。常に王として行動しなければいけない。王という立場がカルスを王城に閉じ込める。王として存在しようとする自分が。

 それを破れるのは…この巫女姫という存在を利用してだけ。神という存在が遣わして下さった巫女の意志に沿うということを理由に。

 

「一緒に行って欲しいところがあるんだ」

 

 人に頼みごとをするときにこれほどまでに緊張したことがあるだろうか。戴冠式の時も緊張して気が動転していると周りの者に言われたが、今それと同じぐらいに緊張しているのではないかと思う自分がいる。

 

「シオンは、無理矢理この国に召喚されたわけだから、本当はこの王宮で平和に過ごしていて欲しいとは思っているんだけど。実際そうも言ってられなくなったんだ。この国が今戦争していることは知っている?」

 

 その問いかけにシオンは頷いた。

 

「この戦争に負けたら、国が滅びる。向こうは侵略してくる気満々だからね。だから、私は戦場に行きたい。王になってしまったから、勝手に行くこともできなくなってしまってね。シオンこれは勝手なお願いなんだ。私と一緒に戦場に行ってくれないか」

 

 そう言い終えて、自分の今口にした言葉を反芻していると、やはりうまく言えていない気がする。しかし言ってしまったものは戻らない。もっとシオンを気遣うように話せたのではないのか、などと思ってももう遅いのだ。

 シオンを見ると何か考えるような仕草をしている。チラッと上目使いに見られると、不謹慎にも心臓が跳ねた。

 

「カルスが優秀な軍師だということも、防衛戦争の最中で…この国に安寧をもたらすためにこの国によばれたとシーラから随分前に教えていただいてます」

 

 シーラとはシオン付きの侍女にした者の名だ。

 

「いつ、私にその事を話して下さるのかと思っていました、国が危ないのでしょう。もたもたしていないで…今すぐ行きましょう、カルス!」

「えっ…あ、ああ!」

 

 一瞬呆けてた。あれだけ悩んで、どうすれば、一緒に戦場なんかに赴いてくれるのか悩んでいたというのにだ。

 

 

 

 

 今すぐに。そう言うとカルスは驚いたようだった。

 いつもは昼間に必ず一回は様子見といってシオンの前に現れる人が現れず、夜に供も連れずに部屋に訪れる。表情はやけに固い。何をしに来たのか促してみれば、やや言いづらそうにけれどしっかりとした口調で戦場についてきて欲しい、そう言った。

 

 行きたくない。そう言ったらカルスはきっと他の手を考えるだろう。でも、自分はそのためにこの国に送り込まれた。シーラはそれが今回の巫女姫召喚に至った理由だと教えてくれた。ルカディアというこの国は軍事力はそこまで強くない。今まで何度も侵略されかかったのだが何とか凌いできたのだと。ただ今回はこのままでは本当に侵略されてしまいそうなぐらい相手が強力なのだという。

 優秀な軍師は王という立場上、自由に動けないと、どうか王の力になってください、と。

 

「でも私、剣も何も使えないからね」

 

 この国での私の存在理由は、安寧をもたらすこと。この国に平和を訪れさせること。そのためには…私は何でもする。存在を許してもらえるというなら…。

 母だと思っていた人は母ではなく、自分のことを恨んでいた。弟は、何も言わなかった。父は長い間会いにさえ来てくれなかった。

 自分が家族だと思っていた存在の誰もシオンという存在を認めていなかった。

 むしろ、居てくれない方がいいと思うぐらいなんだろう。

 

「ああ、来てくれるだけで…いてくれるだけでいい」

 

 戦場に行けることがこれほどまでにない至上の喜びだとでもいう様にカルスは嬉しそうしている。

 

「いくら戦場に連れていくとはいえ危険な場所には連れて行かないし、シオンには血の一滴も見せないと誓う」

 

 肩口より少し長いか、といったシオンの髪の毛を一房取るとそこに唇が触れる。するっとカルスの手から髪の毛が落ちると扉の方に向き直り夜にも関わらず大音声が響く。

 

「私はこれより、戦場に向かう!!重鎮共には伝えておけ。これは巫女姫…軍神の巫女姫のご意思である」

 

 その声を聞いて三拍ぐらいの間の後だろうか、あわてたように開いた扉の音か、誰かが階段を上がってくる音だろうか。そのすべてが重なり合い静まり返っていたのが嘘のような騒がしさが王宮内を包み込んだ。

 

 これがシオンという存在が唯の『巫女姫』から以降『軍神の巫女姫』と呼ばれる様になった瞬間であった。

 


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