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紫の旋律  作者: 蒼夜
第二章
22/75

21 料理長

 午後。

 昼食を、といって出された食事もまた喉を通ることがなかった。ただカルスのお茶会のお誘いに乗ってしまったことで、侍女の人たちに化粧を施される。髪の毛は肩よりも少し長めだが髪を結って色々と施そうとすると短いのだそうだ。そのため、ひとつ簪のようなものがあてがわれた。裏庭で行われるというのに意匠を凝らしたドレスが出てきたときは辟易とした。

 

「シオン、迎えに来たよ」

 

 ノックの音が聞こえて扉の近くにいた侍女と一言、二言交わしたらしいカルスが部屋に入ってきて準備を終えたシオンを見る。

 シオンは今まで化粧をしたことがなかった。それでも見れない程、というわけではなかったので別段気にしたいなかった。それが今侍女たちの手によって完璧に色がつけられている。

 カルスはシオンの右手を取ると軽くキスをする。

 

「ありがとう」

 

 それだけ言ってシオンの隣に立ち、部屋を後にする。

 この世界に来てからというもの部屋から出ようとしなかったシオンにとってそのすべてが初めてみるものだ。

 美しい絵画など、立ち止まって見入ってしまいたいところだが、お茶会に遅刻するわけにもいかず、名残惜しそうに見つめる。

 シオンのその姿をカルスは、優しく見やる。

 

「シオン、この世界の色々なところを見に行きたいと思わないかい」

 

 そのことにシオンを頷かせることこそ、王の真の目的。

 

「この世界はこの絵の様に素晴らしいところが沢山あるんだ、それを一緒に見に行かないか」

 

 巫女としてこの世界に召喚した。

 男だろうと女だろうと、現れてくれれば何だって良かった。

 ただ、王たる自分を戦地に赴かせてくれる巫女でさえあれば。

 

 カルスが直接戦地に赴けば戦況は変わる。このままではジリジリと攻め込まれ、終いには侵略される。その未来が見えているからこそ、自分が戦地に行って指揮を執りたい。

 頭の固い政治家は他の直系の方が適齢期ではないのにカルスまで失うわけにはいかない、そういって王を城に閉じ込める。

 その現状を打開するための巫女姫。そのために召喚されたシオンという存在。

 

 宮城から出れば緑が一面に広がっている。シオンは手を引かれながらそのままついていく。

 少し歩けば用意された丸テーブルと椅子。数人の侍従。コックの様な格好をしている人がテーブルの横にニコニコとして待っている。料理を作ってくれている人なのか、と疑問に思っているとそれにこたえるように声が聞こえてくる。

 

「料理長だ。シオンを待っているんだろう」

 

 笑いをこらえる様に耳にかけられる抑えた声。テーブルまでつくと座る様に促され、カルスが料理長のことをシオンに紹介する。

 

「シオン様、好きなモノは何ですか?」

 

 焼きたての香ばしい匂いのするパイを料理長が手早く切り分けて置かれていた皿に盛り付けると二人の前に置く。他にも数個取り分けるとそれをもって他の侍従たちに配りに行き、それが終わった帰りだ。

 カルスはパイに手を付けているのだが、シオンは全く手を付けていなかった。

 

「そのままでは近いうちに必ず体調を崩します。食べたくなくても、ご飯は入らなくてもお菓子ならどうです?」

「いつも、料理を作ってくださってありがとうございます」

「今日のパイは会心の出来なのですよ、でシオン様の好きな料理は?今日の晩御飯にさせていただきます」

 

 その様子をカルスは見ているだけだ。楽しそうに近くにいる侍従たちに声をかけ助け舟を出す様子すらない。

 

「ええっと…」

 

 特に気にしたこともなかった。食べるものはいつも決められていて、家政婦がだしたもの以外食べるのを禁じられていた気がする。

 というより、シオン自体が食べるということにそこまで深く考えたことがなかったのだ。

 ただ栄養を摂取するというだけの行為でしかない。いままでそう考えてきたのだ。

 

「なんか食べたいなぁ、とか思うのありませんか」

「野菜ですかね」

 

 食べていて好きなモノ、肉か野菜かと問われたら野菜。その後の細かいことは別になんとも考えられないけれども。

 

「野菜ですね」

「は…い」

「腕によりをかけて作らせていただきます。では、お先に失礼します」

 

 料理長は要らない皿などを両手に持つとさっさと王宮の中に入って行ってしまう。

 

「夕飯、少しでも食べてやってよ。シオンが食べないの相当気にしてるみたいだ。私がハンストしたときでも直接なんて聞きに来なかったくせに」

「…」

「ま、その前にパイもね」

「はい」

 

 一口サイズにパイを切って口に持っていく。その光景を満足気にみるのはカルスや使用人たち。

 

 なにも知らない。無知な自分が過ごしていた、温かな時間だった。

 シオンという存在はこの国を勝利に導くためにあるのだということをまったく考えていなかった。

 異世界という特殊な場所に飛ばされたのに…その使命を。

 

 

 


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