20 誘い
眼下には部屋の中に籠り泣いているシオンの姿。
シオンは今、まるで自分の身体から抜け出たかの様に自分のその泣きじゃくっている姿を見ていた。
もう何日も籠り続けている。記憶の中の夢のような場所。そこにはつい先日みた侍女もいる。
スウッと導かれるようにシオンは自分の身体に誘われる。
二人が重なり合う。
「巫女姫様、少しはお食事を召し上がってくださいまし」
何日も出されたものを食べようとしないシオン。急激に食べても胃がびっくりいない様にという配慮もあって最初は固形物が出て来ていたが、次第に粥の様な汁物が多くなってきた。
食事をする気分には到底なれなかった。たまに出された飲み物に口に含む、その繰り返し。
学校にも行かない。あの母と思っていた人物と会わない。家政婦の視線に苛まれることもない。シオンの前に現れる人達は総じてシオンを心配し、声をかけてくれる。
何故なのか、侍女に問うと『巫女姫』だから。
この国に平穏を、安寧をもたらしてくれる存在が巫女という存在。シオンが暮らしている場所では日々静かに時が過ぎているが、この国は今他国との戦の真最中なのだそうだ。
王は軍師としての才は群を抜いていたが、今は代替わりしたばかりで国のすべてを掌握できているかと言ったらまだまだ。
その隙をつくように侵略しようと攻め込んできた他国。
王という立場に君臨してしまったかつての軍師は、今や第一線で活躍することはできない。王宮内でいくら戦略をたてたとしても前戦に伝えるという時間のロスが生じ、まったくの無意味。
先王の急死。年齢的に王位につけるのはその軍師だけだったのだという。軍師は今やお飾りの王。それを脱却すべく異世界から現れるという『巫女』を召喚したのだという。
戦場に自らが赴く、そんな巫女を思い描いて。
「シオン今日も何も食べていないのか」
音もなく部屋の中に入ってくるのは青い髪を持つ青年。この世界に来た時初めて目にした人物だ。
「カルスさん…」
彼が入ってくると毎度侍女や、その他にこの部屋にいる人々は礼をとり、青年は一つ微笑みを浮かべると「よい」そう一言。その後は何事もなかった様に皆また動き始めるのだ。
最初こそそんな彼に敬服するのを見習わなければいけないのかと思って聞いてみたところ、別に要らないことだといわれたのだ。
「あまり食べなさすぎも良くないぞ。若い子に今流行りのダイエットをしているわけじゃないだろう?他のことが気になってご飯も喉に通らないんだろうね」
「すみません。こんなに良くしてもらっているのに…」
目の前の椀に入っているモノを食べようとしても喉を通らない。口に含んでみても変わらない。無理に食べようとしてその場で嘔吐したこともある。
「そんなシオンに、今日は午後のお茶にでも誘おうと思って来たんだ」
「お茶のお誘いですか?」
「そう。料理長の腕によりをかけた甘いパイと、紅茶のお茶会。裏庭でやるんだ来てくれる?」
「…私で良かったら」
何度となくカルスはこれまでにもシオンを何とか外に連れ出そうと画策していたのだがそのどれにもシオンが頷くことはなかった。断っても断っても次の日には何かしら用意して誘ってくるカルスにシオンは仕方なしに頷く。




