18 欠片
母は、私が母だと思ってきた人は母ではなかった。
今までそれなりに一生懸命母親という存在から関心が欲しかった。少しでも弟に与えられているソレが、欠片でもいいから欲しかった。
包み込んでくれる愛情。そんな大層なものでなくていい。ただ…せめて同じ空間にいることを許して欲しかった。
父は、確かに優しかった。でもその父と言われる人に会ったのは小学校の時だけ。中学に入る頃には母だと思っていたあの人が嫌がったのだ。
少しでも私という存在に父が近づくことを。
そのたびにあの女は私のことを罵りに来ていた。いくら、バケモノと蔑まれ様と私は弟が当たり前に享受しているソレに触れたかった。
そういえば、あの人たちのところで目覚めたときは父様かと思っていたのに、あそこに居たのは弟だ。
よく思い返せばわかったはずなのに今まで気づかないふりをしてた。
ああ、あの人。
大切なヒトたちだったのに――。
「お待ちしておりました。巫女」
一人の男が紫音の前に歩み出る。澄み切った青の髪が印象的な人だ。優しい相貌が紫音の顔を覗き込む。
「巫女姫、貴方の名前を私たちにお教え願いたい」
恭しくその男は紫音の前に膝を折り頭を垂れる。それに倣うかのように後ろに控えている大勢の人たちも頭を垂れる。
明らかに紫音の今までいた場所とは違う。真っ白い石が幾重にも積み重ねられ作られている建物。
「紫音」
紫音というこの名は…そう言えば誰がつけたのだろうか。
あの女ではないだろう。本当の私の母親か、それとも父か。この紫音という存在はどうして生まれおちたのか。
頬を一筋伝うものを感じて指で触れると湿り気を帯びている。
自分は泣いているのだろうか。
母親だと思っていた人間にいくら罵られようと枯れた様に出なかったこの瞳から出ているのは、涙なのだろうか。
頬に伝わるものが増えていく。ついに視界までも涙は浸食する。
「シオン、なにか悲しいことが?」
とめどなく溢れてくるその涙は床をも濡らしている。それに気づいてシオンを見ようと顔をあげたのだろう。
「なに…っも」
嗚咽が混じる。
そんな感傷に浸っている場合ではないはずなのに、自分の意志に反してこのどこともわからない場所にいるというのに。
シオンの頭の中を占めるのは自分の世界で今まさに起きていたことを反芻すること。
今この場所に誰もいないなら。
こんなどこともわからない場所でないなら。
声をあげて泣くことができたのに。
あの世界では、泣きたいと思っても出なかった涙が、今はこんなにも簡単に目の前で流されていく。
その涙は今までの分だと言わんばかりに流れ続けた。
止めようと思っても止めどなく流れてくるそれに奔流されるように泣いていた。
――シオン、無理するな
流れ出るその涙の隙間から見えるその姿を知っている。
一瞬見えたのは翠玉の綺麗な瞳。
いつだって私を受け止めてくれた存在。
そこに居ると思うだけで安心する。
『シオン…起きて。』
その声は四方から聞こえてくる。キョロキョロと周りを窺うように見ても誰もいない。
自分の行動をまったく気にしていない様に目の前の青年は何事か言葉を発している。
身体を誰かに揺すられる感覚。
左腕に触れられた感覚があるのに、触ってみても何もいない。
なんなのか、目の前の人に尋ねようとしても自分の口からは違う言葉が紡がれている。
その言葉に返答をする青年。
確かに自分はここにいるのに、置いていかれているような
私に…イマフレテイルノハ、ダレ?