17 歪な事実
なんで…そんなことを言うのかわからない。
「今日まではのうのうと生きていられたかも知れないけれど、今日からは違う」
「おかあ…さま?」
そう言った途端キッと睨みつけられる。そこにあるのは憎しみの感情か。母のその様子に怯んでしまいそれ以上言うことができなかった。
「いいこと?私は貴女の母などというものではないの。お前はご当主のお慈悲でここに居られる!ただの乞食よ」
「そんな…こと」
母は優しくなかったけれど、父は違う。
父は…自分のことをいつも気にかけてくれていた。直接会うことはかなわなくても、細々としたことに世話を焼いてくれていた
母の言葉を否定したのが気に食わなかったのだろう。今まで母だと思っていた人間が目の前にやってくる。
「お前は、父親が外の女に孕ませた子、残念なことに母親が交通事故で亡くなってしまったんですって。あの人も私というものがありながら外に女を囲っていたのよ。私は、良い笑い者だったわ」
「死?」
だから私はバケモノだったのだろうか。
この母だと思っていた人物にとって自分は邪魔な存在でしかない。
自分が弟の様に愛されないのは、普通だからとか、そんな問題ではなかったんだ。
自分にとってこの人は、赤の他人。自分から夫という存在を横取りした人の…憎いだけの子?
「おか…おくさま?」
今までのように『おかあさま』そう言おうと思ったがその言葉は出てこなかった。出てきたのは目の前に居る女の人を他人と認定する呼称
「そうよ。今度から私のことを母などと呼ばない様に。それと、貴方の進路と婚約者も決めてあります」
「婚約ですか?」
「これは当主命令です。今まで何もしないでも生活していくだけのお慈悲を与えられていたんだから、それぐらい役に立ちなさい」
その人は去っていく時もとても綺麗だった。
自分が関心をひきたかった女性。
女性にとって私という存在は自分の夫を奪った憎い人の子どもでしかなかったのに。
元から歪なこの関係に愛情など欲しても無駄だったのに。
「姉さん」
あの人と一緒に出て行かなかったのか弟だった人の声が聞こえる。
そういえば、こんな時も私は涙すら流れないのか。
「ごめん」
それだけ言ってその人も消えていく。
父は、私の親でいいのだろう。
なんだろう。確かに悲しい、なのに。
わからない。
苦しいのに…胸がこんなに張り裂けそうにいたいのに。
私のココロはもう涙すら出そうとしない。
ココロのどこかでわかっていたからだろうか。
愛されることなど、遠の昔に諦めた自分にあの女性の言葉はあまり効き目がなかったようだ。
いまさら。
今までだって会えば罵詈雑言が飛んできた。ただそれがひどくなったというだけの話。いつもと変わらない。
思い返せば、いつだってあの人は私に憎しみを向けていた。
気付かないふりをしてた、だけ。
誰も残っていない場所。家政婦もきっと母屋の方に向かったのだろう。
部屋に帰って着替えよう。
そう思うのに、身体が思う様に動かない。
気付かぬうちに手を握りしめていたらしく白くなってしまっている。
私の本当の母がいないと言った時のあの女性の微笑みは嫌なものがあった。
母ではないというだけでこんなにもあっさりと切り捨てられてしまう。それだけの存在だった彼女なのだ。
「戻ろう」
今度こそ椅子から立ち上がる。一つ深呼吸をして瞳を閉じる。
開いて見えたのはまったくと言っていいほどの違う景色――。