15 どうして
王に対しての基礎知識はあるつもりだ。そうは言ってもすべてシルバから教えてもらったことだが。
シルバの情報によると、長らくの戦争という名の大戦時代だったこの世界を平定に導いた君子。その傍らには巫女姫という少女の存在。
遠い異世界という名の場所からきたその少女は女の身で在りながら戦場に赴き我が国の軍と行動を共にし、勝利に導いた。
「なのはいいんだけど」
シオンがこの王宮の中に監禁か軟禁かという生活を送り始めて三日が過ぎようとしていた。その間に訪問してくるだろうと思っていた自分をこの場所につれてきた存在。
その存在は一度もシオンの元を訪れてはいなかった。
最初こそ部屋の中に入ろうものなら罵詈雑言浴びせ挙げ早くここから出せ、と息巻くつもりだったのだが、日にちがたつにつれシオンのその決意も徐序に薄まっていく。
初日こそヴィンスとのことがあったので部屋すらも出してもらえなかったが二日目には私付きの侍女だとかいう女の子が庭園を見せてくれた。そして、今日である。
侍女だという少女は部屋の片づけでもしているのか先ほどから部屋を行ったり来たりを繰り返している。
その様子を寝台にゴロゴロとしながら瞳だけ動かしてみている。
王城の支給品だろう黒い制服。というかメイド服。スカートもエプロンも膝よりは長くなっているがそれでも邪魔にならなそうな所で布地は終わっている。
侍女の持つ赤銅色の髪は結んであっても彼女が動くたびに彼女の動きに併せて揺れる。
「あの、シオン様?」
至近距離に先ほどまで遠目に見ていた赤銅色の髪がある。
「あっはい?」
「なにか、御用が?」
じっと見られ続ける所業に耐えられなくなったのだろう侍女が側にきて声をかけてくる。
「帰りたいんですけど」
「……それ以外は」
「ないです」
口を開けばこの言葉。シオンはまだここに連れてこられた理由すら聞いていない。意に沿わない客人だったとしてもこんなにほっておくのはいかがなものなのかと考えてしまう。
シルバは、ユフィはどうしたのだろうか。あの店は私なんていなくてもまわっていくだろう。でも、シルバは私がいなくなったからって旅に出てしまっていないか。
シルバのことを考えると無意識に彼からもらったペンダントを握る。ギュッと握ると冷たさを持っていた石が仄かに温かく感じられ、ドクンッと脈打ったような感覚。
「そろそろ、準備が整います。我らがシオン様」
「準備?」
「サーエフを抱きとめし時から発動していたのですが…遅効性の物でしたから」
「え?」
なんで、ここでサーエフの存在が出てくるの。
「彼女は私どもが作りし幻影。貴方を探すために作られたのです」
「それって、どういうこと」
寝台から起き上がろうとしても自分の思い描いている速度よりもゆっくりとその身体は動いていく。
もっとはやく。早く。そう願ってもまるで目の前でスロー再生が始まったかのよう。
「なにを…」
寝台からやっとの思いで床に足をつけようとするその速度もないものの様にゆっくりで、着いたと思った足はシオンの体重を支えきれずにそのまま床に座る格好になる。
侍女はシオンの傍らにたつと膝を折ってシオンと視線を合わせる。
「シオン様。あなたの記憶を取り戻しましょう」
侍女がなぜ知っているのか。自分が記憶がないということはシオン、ユフィしか知らないはず。それを知っているということは
声を出したつもりなのに唇から出てくるのは音にならない言葉。
「次にお目覚めになる時は――」
――プツンと黒い靄に囲まれる中侍女の言葉も最後まで聞けずに。
私はその場から意識を手放した。最後にみた彼女は一体どんな顔をしていたのだろうか。
それすらもわからない