10 王都の外
「今日は連れがいるのか、めずらしい」
「そうでもないだろ、変なこと言うなよ」
「はは、できるだけ早く帰ってきてくれよ。今日は特に警備が厳しくなるから」
「…帰ってくるのは夜だ。開けとけよ」
「無茶言うなよ」
王都の城壁を守る門番とシルバは顔見知りの様で会うなり声をかけていた。
シオンは手にユフィの作った特製弁当のバスケットを持って、日陰に入って少し休んでいる。シオンにとってこれが初めての王都の外。
王都の中に馬車や人が忙しなく入って行っている。城壁の入場ルートに居る門番はひっきりなしに検閲を行っている。
それに比べて…王都から出る人間は少ないようで、シオン達の他には数名ちらほらといるぐらいだ。
それもほとんどが常連らしく皆一言挨拶をしていくとどんどん通って行く。
シルバと話している男の人は流石王都の城壁を守っているというだけあって随分とたくましい男の人だった。身長もシルバと同じぐらいだが、筋肉隆々といった出で断ちに甲冑の様なものを着て槍を一本持っている。
「じゃ、俺も行くから」
「ああ、今日はきっと人が居なくて良いぞ」
「だろうな」
そういってつかず離れずといった位置で休憩していたシオンの方に向かっていつもの裾のボロボロになったローブを翻す。
「お待たせ、行こう」
「うん」
小走りでシルバの方に駆け寄る。
「城壁の外も綺麗に整備されてるんだね。歩きやすい」
「前は悲惨だったけど、ここ数年で随分ここも変わったんだよ」
「そうなの?」
「前までここ草生え放題」
そういってシルバは地面を指す。
「しかも、あの城壁なんて壁が崩れちゃってて。前の方が入りやすかったのに。あそこも綺麗に直したんだよ」
「ね、今日ってどこ行くの」
「しいて言えば」
「言えば?」
「大自然の中でのんびりしよう、みたいな」
「景色は綺麗?」
「それは保障するよ」
予想外にもその場所は近くだった。お昼御飯を食べてのんびりするつもりだったならもう少しのんびりしてユフィの家を出てくれば良かったかもしれない。
「きれい」
小高い丘の様になっていて大木が何本も連なっている。花はつけていないようだけど、視界が一面緑色でとても綺麗で、木漏れ日の中から指す陽光は穏やか。
「いつ来ても綺麗だ。ほら、座ろう」
「うん」
ユフィの作ってくれたお弁当のバスケットを横に置く。一本の大木を背もたれにシオンの座った隣にシルバが座る。
「誰もいなくて丁度いいな」
「ね、こんな良い場所なら子どもが遊んでそうなのに」
「今日は…みんな王都の中だろ」
「…」
まどろみが気持ちよくて眠気に襲われる。そう言えば楽しみでなかなか寝付けなかった、と思いいたる。
「眠いなら寝てもいいよ」
シルバの手が頭に触れたかと思うとゆっくりと身体が傾けられていく。
「俺のこと枕にして」
抵抗することもなくシオンの身体はシルバに預けられる。シルバの適当に伸ばされている足に頭がのると優しい手が髪を撫でる。
「…気をつけて」
他にも何か言っているのに聞き取れない。瞳を閉じる直前シルバが昨日くれたペンダントが視界に入る。
――石の中央は、何が彫られているのか、起きたらシルバに聞いてみよう
シオンは眠気に誘われるままにそのまま瞳を閉じた。
「やっと…寝ましたの?」
「随分頑張ってたけどまだ君にはかなわなかったみたいだ。アクロディーテ」
二人の座っていた大木の上から下りてきた一匹の青い鳥。シオンのもつペンダントに嘴をつければその姿は女人へと変わる。
深い青の長い髪。切れ長の意志の強そうな瞳は髪と同じ色の青。その姿形はまるで天女を思わせるように美しい。
重量を感じさせない羽衣は自由に空を飛びまわっている。
「最近の…この子の仕業なのですわよね」
「うん」
「皆、喜びに心奮わせてますわ」
本格的に眠ってしまっているシオンはアクロディーテに触れられても微動だにしない。
「わたくし達、精霊にまで影響させるなんて。素晴らしいけれど諸刃の剣となりますわ」
「だから俺が調節してるだろ」
「もし…この子が負の感情の儘にこの力を奮ってしまったら、世界の均衡がまた崩れてしまいます。今は、違うけれど」
「そうならないようにしたい、けど。この子はこれからが試練なんだ。だから今は少しばかりの休息」
「この子をあの愚人に渡すおつもりなの?」
アクロディーテはシオンに触れるのをやめシルバを見つめる
「この子の…記憶のために」
「わたくしは、賛成しかねます。これ以上――」
「約束したから。一緒に旅に出るって」
「ですが、シルバ!」
「怖いね。自分を選んでもらえないかもしれない状況を作るってのは…」
「わたくしができ限りこの方をお守りいたします。この刻印の刻まれた宝玉と共に」
「俺は、なんて愚かなんだろうな。アディ」
「そうね確かに貴方も愚かですわ。その選択を取ってしまうなんて…」
アクロディーテは毅然と言い放つ。
「でも、あの愚人の様には決してならないでしょう?わたくしがお守りいたしますわ。この宝玉にこの方の精霊が生まれるその時まで」
「アクロディーテ…もしものときは頼むな」
それは命令。シオンを守るための
「御意に。わが主」
アクロディーテは薄く笑う
「シオン。俺が本当は知っていたと言ったら――」
この場に存在している精霊や使い魔。意思あるモノたちがシオンという存在に浮足立っている。普段なら無関心の自分たちのしたいように天候を変えるその存在たちがシオンの為に居心地の良い環境を作ろうとする。
すべてはシオンの為に。
「それにしても、綺麗って言うよりシオンは可愛い、ですわよね。」
「アディ!」
「ああ、それユフィのお弁当ですわね。わたくしも頂きますから」
「あのな…食べなくてもいいだろ」
「わたくし、シオンともお話したいの。」
「…」
「今まで誰かさんの言い付けでいい子に籠ってましたのに、いつになっても詠んでくださる気配もなくて、勝手に出てきてしまいましたわ」
「まさか、今日出てくるとは思わなかった」
その後、二人はシオンの寝顔を見ながらのんびりと過ごしていた。朝早くでてきてこの丘に着くまでさほど時間もたっていなかったのでお昼になるまで時間がかかった。
「シオン。そろそろ昼にしよう」
太陽も頂点に登ろうとするときシルバはシオンの肩を揺らす
「そうですわよ。あまり眠りすぎると夜眠れませんわ」
アクロディーテはシオンに顔を近づける
「シオン~起きてくださいまし、わたくしユフィのご飯をはやく食べたいんですのよ」
「ん…シルバ何言ってるの」
シオンが目を開けると目の前は海にでも入った青。手を伸ばしてみるとそれが髪の毛の様だとわかる。
「ふふ、わたくしの勝ちですわ」
「だれ?」
シルバの髪は銀。
「わたくしアクロディーテ。気軽にアディと…」
「アディ?」
横になっていた身体を起こして眼をごしごしとこする。視界をクリアにしてみると目の前に絶世の美女。
「シッシルバ!」
今まで枕にしてしまっていたであろう人物の所在を確認するようにシオンは名を呼ぶ
「ここにいる」
「まぁシオンわたくしをもっと良く見てくださいまし」
そういってアクロディーテは目の前からふわりと二人の間に挟まるようにして移動する。腕はシオンに絡る。
「おい」
シルバが少し不機嫌そうに言う
「ふふ、シオン」
「あの、どうなってるの?」
一人状況について行けていないよう
「ま、飯食ってのんびりしようぜ」
応えてくれるはずのシルバはどうでもいいという様にユフィのお弁当を広げていく。
「じゃ、アディってシルバの精霊なの?」
「そうです。わたくし、シルバに仕えるようになってもう長いのですわ」
「本当にこの世界って何でもありだね」
「ふふ、そうですの?この世界にはすべてに生命が宿っていますわ。瞳を凝らしてみてみればその存在をシオンもきっと感じることができるはずですわ」
「そうかな?」
「いまですと、この辺一帯はかなり集まってますのよ。みんな貴女を見たくて集まってきてしまったのね」
しょうがない子たち、とアクロディーテは笑う。
「シオンもそのうち見えるようになりますわ」
シルバはもくもくとお弁当を食べていく。時たま食べすぎだとアクロディーテに怒られている姿。のどかな時間。
ペンダントに熱が集まり仄かに温かくなっていく。
シオンにはシルバとアクロディーテの存在しか見えていないがそこには無数の生命が彼らを見守っている。