0-3 夢
「領域衛生師はなり手が少ないからいつも争奪戦なのよねぇ。ステラが領域衛生師になるって言うんなら、いつでも言ってちょうだいな。喜んで私の領域衛生師にするわよ」
冗談なのか。本気なのか。ルドヴィカがステラをむぎゅりと抱き締めながら上機嫌で言う。
突然のことに、ステラは頭も撫でられたうえで、いい匂いだなぁと思うことしかできなかった。
「ルドヴィカ様!?」
「頼むからうちのステラを囲おうとすんのはやめてくれ!」
慌てるウィルマと、頭を抱えるアーサーがなにを言ってもルドヴィカは右から左。
わあわあ。途端に騒がしくなった大人達を静かにさせたのは、ずっとアーサーにしがみついていたヨシュアの一言。
「ねぇねをはなせ! ねぇねはヨシュアのねぇねなの!」
ギッ、と。目に涙を溜めて大聖女を睨む4歳児。
父から体を離し、しっかと仁王立ちしてルドヴィカに対峙するヨシュアは、さながら魔王と対面した勇者のようだった。
「あらやだ、可愛い。姉弟で領域衛生師と聖騎士になってもいいのよ? ウィルマの子なら大歓迎」
「やああああああ!!」
「ルドヴィカ様!」
その勇気ある姿も、ステラを片腕に収めたままのルドヴィカにむぎゅっ、と捕らえられた瞬間、大号泣に変わったのはご愛敬である。
***
ルドヴィカが王都へ戻って数週間後。
何日も遅れて届く新聞で、ステラは今回の魔物暴走が【ローゼンバラ王国同時多発魔物暴走】と名付けられたのだと知った。
――あの日の魔物暴走って、そんなにすごいことだったんだ。
住人が全滅した村や、生き残っても穢れの酷さに住処を追われた者もいるらしい。
それを知ると、なにごともなかったかのように時間を刻み続けるラ・ソワ村がおかしいのだと、嫌でも理解してしまう。
――それもこれもお母さんが回したからなんだ……。
きゃーきゃー。広場で鬼ごっこをしているヨシュア達を丸太椅子に座って見守りながら、ステラは、はふん、と息を吐く。
時間が経って、ようやくステラはルドヴィカが言っていたことを理解できるようになった。
――お母さん、格好よかったなぁ……。
ふと、思い出しては胸がきゅうっ、と締め付けられる。
まぶたを閉じていても、開けていても思い浮かぶのはウィルマの優しくも勇ましい姿だ。
魔物暴走の原因となったボスを倒したのは、父アーサーであるらしい。
すごいな、と。思う。
穢れを浄化してくれたルドヴィカも、とても神々しかった。
しかしステラの心はウィルマに向いている。
――お母さんみたいに、なりたいなぁ……。
ふわふわと夢を見ているような感覚がして落ち着かない。
はふん。ステラは再び息を吐く。
「ステラちゃーん、あそぼー」
「ほっぺ、真っ赤! どうしたの?」
「もしかして好きなひとでもできたの? だれ? まさかダニー!?」
「きゃー!」
ステラを取り囲み、勝手に騒ぎ始める友達にも反応できない。
ダニーは確かに村で1番足が速い子で、みんなのリーダーだ。
みんなからの好意の矢印が集中しているが、今のステラはダニーなどどうでもいい。
そうしているうちにステラは、ウィルマのまだまったいらなお腹のなかに、ヨシュア以外の弟か妹がいることをアーサーから教えてもらった。
――私、もっとお姉ちゃんになるんだ!
それならたくさんお世話をしたい。いっぱい優しくして、遊んであげて、お姉ちゃんらしいことをしたい。
――お母さんみたいに! お母さんみたいな!
ステラの心が、期待と使命感で膨らんでいく。
ふわふわ、ふわりん。夢見心地の感覚がさらにひどくなって、ついにステラのタカが外れた。
「わたし、お母さんみたいな領域衛生師に、なる!」
「ぼくは、ぼうけんしゃ!」
グッ、と。拳を握って、ステラは宣言する。
目は爛々と輝き、頬は真っ赤だ。
将来の夢を発表する場面かと勘違いしたらしいヨシュアも、ニコニコとステラに続く。
「え!?」
「……領域衛生師?」
両親はヨシュアの夢には「そっかぁ」と答えたが、ステラの夢は必死に止めた。
ヨシュアのはもはや口癖のようなものであるのに対して、ステラのは本気だと理解してくれたからこその反応である。
「あのな、ステラ。領域衛生師は回される人のことをなんでも知ってなきゃいけないから、たくさん勉強して、いろんな魔術を知っててないとなれないんだぞ? ヴィカに囲われるぞ!? あいつは冗談を言わない女だぞ!?」
両親の、特に必死なアーサーの話を聞けば聞くほど、ステラの世界が色鮮やかになっていく。
ちかちか、キラキラ。世界が眩しくて、ステラはより一層ウィルマと領域衛生師への憧れが募っていった。
――領域衛生師って、すっごく格好いい!
将来の夢をひとつに絞ったステラはもう止まらない。
領域衛生師への道を両親が、というか、アーサーが反対するのなら、行動で納得させるまでである。
春に入学したばかりの学び舎でステラが目指したのは、テストでの100点満点。成績1番。
魔物暴走中、ウィルマが1度も座らなかったのを思い出して、体力作りのために朝夕2回走り込みもするようになった。
もちろん魔法もいろいろ習得して、と。ならなかった理由は、魔法は魔術学校で習得していくものだとローゼンバラ王国の法律で決められているからだ。
しかし知識はあっても困らない。ステラは学舎の図書室にある魔法に関する本を読み漁った。
そして数ヶ月後、ウィルマのお腹ですくすくと成長した命は、ついに元気な女の子としてヴァイス家に加わった。
ステラにとっての、初めての妹だ。
ハンナと名付けられた妹は、ステラの夢への道をさらに強く、濃くしていく。
さらに数年後、もう1人、末っ子となる妹のエヴァが誕生する頃には、アーサーもステラの熱意を受け入れざるを得なくなった。
夢へ向かって夢中で走り続けて、気付けば【ローゼンバラ王国同時多発魔物暴走】が発生した日から6年。
ステラは12歳となり、村の学舎を卒業し、魔術学校へ入学できる年齢になっていた。になっていた。
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