0-2 領域衛生師
応援部隊である騎士達がラ・ソワ村に辿り着く頃には、村は復興作業に勢力を注いでいた。
なにせ被害と呼べるものが、木壁の部分的な破損と、ほんの少し穢れが残っている程度である。
その復興作業も、さすがになにもせずに帰るのは悪いと思った騎士達が手伝ってくれたことにより、あっという間に終わったのだった。
しかし穢れはそのまま。
聖女でなければ穢れは浄化できないからだ。
神殿に連絡しておきます、と。申し出てくれた応援部隊の騎士達が帰っていって、数日後。
辺鄙という言葉がなんとも似合うラ・ソワ村に、なんと王都から大聖女がやってきたのであった。
「大聖女様だ」
「きれえ」
集会所の広場にて、村長とやりとりを行う大聖女を見ながら、頬を赤らめた少女がほう、と息を吐く。
聖女さえ見たことがなかった状態での『大』聖女である。
ステラを始め、村の子供達は大興奮だ。
アーサーが見張っていたおかげか、残っていた穢れは大きくなることも、新たな魔物を生むこともなく黒い靄として森を包み込んでいる。
その穢れを大聖女が浄化したことにより、ラ・ソワ村の魔物暴走は本当の意味で終焉したのだった。
「ステラ、ヨシュア」
「お母さん!」
ステラとヨシュアは、ウィルマに手招きされて子供達の群れから離れた。
集会所のなかへ入ってしまった大聖女御一行を、もう1度見たいがために、みんな家に戻らず広場に留まっているのだ。
ステラももう1度見たがったが、母から呼ばれたのだから仕方がない。
「家に帰るわよ。ルドヴィカ様が会いたがっているわ」
「……ルドヴィカ様?」
ステラはきょとん、と目を丸くした。
ルドヴィカ様とは、大聖女の名前だ。
ルドヴィカが会いたがっているのも不思議だが、それで家へ帰る理由がイコールにすることができない。
ステラの頭のうえにクエスチョンマークが生まれた。
「ええ。集会所でお話が終わったからって、転移魔法で今家に来ててね」
「なんでおうち?」
眉間にシワを寄せたヨシュアが、こてん、と首を傾げる。
ヨシュアもステラ同様、展開についていけていないのだ。
「昔ね、お母さん、神殿でルドヴィカ様と働いていたのよ。だからヨシュアは初めてだけど、ステラは産まれてすぐのときに抱っこしてもらったこともあるの。久しぶりに会いたいって、だから行きましょうね」
嬉しさと、懐かしさと。ほかにも温かいものを感じる笑みを浮かべながら、ウィルマが言う。
初めて知る事実に、ステラはヨシュアと顔を見合わせた。
***
ルドヴィカが我が家にいることを、子供達にバレてはいけない。
ステラはなにげない顔をしながら、頭のなかはA級クエストに挑む冒険者のように家へと帰った。
「た、ただいまぁ」
「おかえり」
「あらぁ、ちっちゃいウィルマとちっちゃいアーサーね。そっくり」
リビングにてアーサーと話していたルドヴィカが、ステラ達に気付き、たおやかに微笑む。
ルドヴィカの躑躅色の目に収められて、ステラとヨシュアはピシッ、と固まった。
目と同色のインナーカラーが目を引く烏羽色の髪。化粧によってより目尻が強調された目。真っ赤な紅に彩られた唇。服装は、集会所に消えたときと同じ、白を基調にしたマーメイドドレス調の聖女服。
ウィルマが嘘を吐いているとは思っていなかったが、本当にいた、と思ってしまうのは仕方がないことだ。
見慣れたソファに座るルドヴィカに、ひどい違和感に襲われる。
しかしいつまでも入り口で立ち尽くしてなどいられない。
とん、と。ウィルマに背を押されたのを合図に、ステラはふらふらと誘われるようにヨシュアとともにルドヴィカへ近付いた。
「こ、こんにちは……ステラです」
「ヨシュア、です」
ルドヴィカの隣にちょこん、と座って、恐る恐る挨拶をする。
ルドヴィカはとても嬉しそうだ。
「ふふふ。ルドヴィカよ。こんにちは、ステラ。大きくなったわねぇ。ヨシュアは初めまして」
いい子いい子と、当然のようにルドヴィカに頭を撫でられて、ステラの頬はカッ、と赤くなった。
ヨシュアなど照れてアーサーのもとへ走り逃げる始末だ。
「どこぞやの田舎者が、私の領域衛生師を横から掻っ攫ってったときは男を呪ってやろうかと思ったけど……こんな可愛い子達をウィルマに授けたって思えば、あのとき本当に呪わなくてよかったわ」
「……ルドヴィカ様」
ウィルマが苦笑を漏らしながら咎めるように名前を呼ぶ。
しかし当の本人はどこ吹く風で、アーサーに抱き着きグリグリと顔を押し付けるヨシュアを見つめたまま、頬に手を当て、はふり、と息を吐くだけだ。
ステラは、子供である。
大人達の話は、昔のことも絡んでいて、難しすぎて分からない。
ただ子供だからこそ、興味をそそられる物事を見つける能力は、この場にいる誰よりも高かった。
「りょーいきえーせーし?」
初めて聞く言葉だ。ステラはルドヴィカを見つめながら、首を傾げる。
「ルドヴィカさま」
「ヴィカでいいわよ」
「ヴィカさま、りょーいきえーせーしってなぁに?」
隣にいる人がどんな人であるかも忘れて、ステラは問いかけた。
アーサーやウィルマが、ステラが反応した言葉に慌てた様子を見せるが、お構いなしだ。
「ふふふ。そうねぇ、領域衛生師はね」
ルドヴィカが内緒話をするかのように唇の前に人差し指を立てながら、笑う。
「みんなの心が折れないように、戦う人と戦わない人の間に立って、息ができるように酸素を回す仕事にしている人のことをいうのよ」
どこか誇らしげで、愛おしげなルドヴィカの声が、ステラの体にじわじわと染み込んでいく。
――だからお母さんは、あのとき笑えたんだ!
ステラのなかで、あの夜のウィルマと領域衛生師がイコールになる。
あの夜のウィルマが、きらきらと輝いて色鮮やかに蘇った。
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