0-1 始まりの一夜
思い付いたので書いてみました。
それは、ステラ・ヴァイスが6歳のとき。
3人いる弟妹のうち、まだ弟のヨシュアしかいなかった時分のこと。
ステラの生まれ育ったローゼンバラ王国ラ・ソワ村近くの森で、小規模の魔物暴走が発生した。
小規模、と。いっても普段魔物騒ぎとは無縁の村にはたまったものではない。
村と森をつなぐ獣道や、それ以外からも現れる魔物、魔物、魔物。
村長が連絡魔法で近くの騎士団へ緊急事態を伝えれば、騎士団が拠点をおく街にも魔物が押し寄せているほか、複数からも応援要請が来ており、1番遠いラ・ソワ村へ辿り着けるのはいつになるか分からないとの返事がきた。
そうなると戦う以外の選択肢は残されていない。
村の男衆は、魔物を村に1歩も踏み込ませまいと思い思いの武器を握り、村の外へと飛び出した。
クワやスキを武器とした者が多かったが、素手よりはマシだ。
ステラの父、アーサーは冒険者である。
手にしたのは、長年振り続けた剣。装備は使い慣らされ、体にきちんと馴染んでいるもの。魔法の扱いにも長けている。
その実力で村の警護を担っている人だ。
しかしだからこそ大丈夫というわけではない。
誰よりも前に出て、誰よりも多く魔物を屠る分、誰よりも命の危険が付きまとっていた。
ステラは、子供だ。
そんなステラができることは、ほかの子供達と一緒に村の中央にある集会所に集まり、身を寄せ合うことだけだった。
「ねぇね、こわい」
ぴと、と。ヨシュアがステラにくっついてくる。
集会所へ来た当初、窓から見えていた太陽は、もうすっかり見えなくなっていた。
2歳年下のヨシュアは、小さなステラよりさらに小さい。
その体をぎゅっと抱き締め、頭を撫でてやりながら、ふと、ステラは違和感に気付いた。
――お母さんが、いない。
よく見れば、女衆は子守係であろうばあ様以外、誰もいないではないか。
いったいどこへ行ったのか。
ステラはくっついて離れないヨシュアを連れてこっそりと集会所から抜け出し、そして、見た。
「火を消すんじゃないよ!」
「じゃんじゃん水持ってきて火にかけな!」
「水がなくなったら魔法で出すんだよ! 火もね!」
「家中の毛布全部持ってきな!」
集会所前の広場で、忙しなく動く人、人、人。
怒ると怖いと評判のおば様達が大勢怒鳴り声のような大声を出していて、しかし身をすくめている者は誰もいなかった。
足腰が弱いからと戦闘に参加できなかったじい様が、ケガで運ばれている人に真面目な顔で回復魔法を施している。
見ればステラより年上の、10歳以上の子供達が、大人達の怒鳴り声ともいえる指示のもと、右へ左へ走り回っていた。
戻ってきた男衆が、。しかし子供達から手渡された熱いおしぼりと温かいスープで生き返り、再び戦場へと戻っていった。
そのなかでステラの母、ウィルマは常に周囲を見回し、ときに怒鳴る女性達に指示を出しながら、大鍋をかき回していた。
その場にいる全員を安心させるような笑みを浮かべながら。
――あ、これ……。
ここが、ウィルマが崩れたら、すべてが終わる。
ステラはなんとなく理解した。
お母さん、と。声をかけてはいかない。
今ある流れをすべて止めてしまうことになる。
「ねぇね?」
ヨシュアが不安げにステラを見上げた。
そして母のもとへ歩み出そうとしたヨシュアを、ステラは優しく止める。
「ヨシュア、じゃましないように見てようね」
ステラが言えたのは、それだけだった。
それが、今のステラができる精一杯のことだった。
「……わかった」
困惑した様子でステラとウィルマへ交互に視線を向けていたヨシュアが、こくん、と頷く。
ステラは邪魔にならないように端によって、しかし眠気も忘れて母の勇姿を見守った。
「すごいねぇ」
「ね、すごい」
ヨシュアの呟きに、ステラは素直に応じた。
ステラ同様眠気はどこかへ飛んでいってしまった様子だ。
松明と焚き火の灯りで照らされた広場。
そこへ何度かアーサーが戻ってきて、休んで、また戻っていく。
その間もウィルマは笑顔で立ち続け、休むことはない。
ステラとヨシュアは、静かにすべてを見続けた。
そして、数時間後――。
「ボスを倒したぞ!」
誰が言ったか、言われたか。
その報告に、誰ひとり欠けていない状態で、村人は歓声を上げた。もちろん、ステラとヨシュアもだ。
ボスとは、魔物を生み出す魔物のこと。ボスを倒したということは、つまり魔物暴走が終わったということ。
応援が来る前に、ボスを倒した。村が守られた。それを喜ばない者は誰もいない。
――すごい! すごい!!
ステラは、飛び出したヨシュアを追いかけるように走り出した。
目指すは、ウィルマ。そしてその隣に、しっかと地に足をつけ立つアーサーのところだ。
「おとうさーん!」
「っ、お母さん!」
嬉しそうなヨシュアの声にアーサーが、遠慮がちなステラの声にウィルマが気付き、同時に子供達を見る。
すぐに受け止める体勢を取った2人の背に、ゆらゆらと空へ昇っていく太陽が見えた。
「ヨシュア!」
広げられた両手のなかに飛び込んできたヨシュアをアーサーが抱き留め、そのままの流れで抱き上げる。
きゃあ、と。ヨシュアが甲高い声を上げた。
抱き上げたほうも、抱き上げられたほうも嬉しそうだ。
「ステラ」
広げられた両手のなかに辿り着く直前、ステラはスピードを落として、むぎゅっ、とウィルマに抱き着く。
すぐに背中に回ってきた手の温かさに、ステラは静かに息を吐いた。
夜明けを告げるように、雲雀が鳴く。
【ローゼンバラ王国同時多発魔物暴走】
のちにそう名付けられ、後世に言い伝えられるほど悲惨な出来事を自分達が体験したのだ、と。このときのステラは知る由もない。
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