トマトスープ
帰った俺は縦穴をエレベーターで上がって、討伐管理局の出張所へと行く。
持ち帰った銃と弾薬を布でくるんで一見しただけでは何かわからないようにしてから、管理局の有料ロッカーに預けた。
この後どうするかは、あまり考えていないが、流れで何とかするしかないだろう。
夕食でも取ろうかと、窓口の横を通り過ぎようとした時。女が叫ぶ声が聞こえた。
「100ゴダンなんて納得いきません!」
トラブル、などとは思わなかった。
この程度、ここでは日常だ。要求が通らなかったら、誇張でもなんでもなく本当に死ぬからな。誰だって騒ぐ。
「こっちは死にかけたのに! 弾代を払ったらそれで終わりじゃないですか!」
「そう言われても、決まりだからね……」
受付の人はダルそうな顔で相手をしている。
新入りか? 最初はうまく行かないのが常だが……なかなか苦労しているようだ。
死にかけた、というのも多分嘘ではないだろう。
新人ハンターの半数は一か月以内に本当に死ぬ。生き残っているのは運が良くて用心深い奴だ。
新入りの女は、灰色のコートを着ていてフードを被っている。
ここからは後ろ姿しか見えないが……武器を持っていない。
いや、拳銃ぐらいは持っているのかもしれないが……ほとんど役に立たない。
俺も最初はそんな感じだった。連射できないしマガジンサイズが小さいし、そもそも装甲を貫通できないし……何一つ役に立たない。
もうちょっといい武器を使わなければいけない。
KN5は無理だとしても、AR-9ぐらいは必要だ。
まあ俺の知ったことじゃないな。
俺は今日の夕食をどこで取ろうかと考える。
上の方まで行くつもりはなかった。
毎日そんなことをしていたら、悪目立ちしてしまう。
昨日まで食事をとっていたような、普通の食事処に行くことにする。
ラガイグ停。
特に語るようなところもない、ごく普通の料理屋だ。
値段が安くて量が多いので、ハンターたちには人気の店だ。
俺は店に入り、トマトスープを注文した。
料理が来るのを待っていると、一人のハンターが俺の隣に立つ。
イオガ。特に仲良くはない。
「よう。ロイ、最近調子はどうだ?」
イオガは、テーブルに手をついて進路を塞いで俺をせせら笑う。
「ボチボチだな」
俺は適当に答える。こいつもデクスみたいに、何か感づいているのか?
「その割には」
「そんな言い方するなよ……」
「この前、でかいヤマで稼いだって噂は嘘だったのか?」
「誰がそんな噂流してるんだ?」
「みんな言ってるぜ。なんだよその銃……」
イオガは俺が背負っている銃を睨みつけている。
「拾ったんだ」
「嘘をつくなよ。金持ちのハンターを殺して奪ったんだろ?」
「見たこともねぇよ、そんな奴……」
俺はイライラしながら答える。
「なら、そんなのどこに落ちてるんだよ?」
「おまえも最下層を探せばいい。お宝は思わぬ所に転がってるもんだ」
「……おまえ、独り占めしようってんだろ?」
イオガは不満そうに言う。
「お客さん。ケンカは困るよ」
料理を持った店員がやってくる。
「空いてる席について注文して、おとなしく待つんだ。店内でケンカしたら殺すからね?」
店員はニコリともせず言う。どこまで冗談なのか、判別がつかない。
イオガは舌打ちすると、ドタドタと大きな足音を立てて出ていく。
「はい、トマススープ定食だよ」
店員は無表情で俺の前に料理を置くと厨房に戻っていった。
「……はぁ」
毎日あんなのが来るのかと思うと、先が思いやられる。
〇
食事を終えた後は、泊る所を探す。
あまり値段の高い所には泊まりたくないが、寝ている所を襲撃されかねない。
最低でも、鍵のかかる個室で寝泊まりするべきだ。
どこに行くか、だが……。
迷った末に、俺はケレス街に足を向けた。
ケレス街はこの辺りでも、人気のない場所だ。
この辺りの屋台は値段が安い代わりに料理がクソまずいのだ。毒とか腐ってるとか言われても納得するレベルで。
実力のないハンターが落ちぶれて死んでいくように、実力のない料理人も落ちぶれてこういう所に流れ着くのだろう。
死ぬほど金がない人間以外は、まず来ない。
おかげで人が寄り付かなくて、宿屋の個室が常識的な値段で利用できるという穴場だったりもする。
焦げて隅になったような串焼き肉が並んでいる屋台の横を通り抜ける。
ちなみにここの商品は、肉とは言っても、よくわからない「肉」だ。どこかの工場から大型の缶詰に詰め込まれた状態で出荷されてくる。
広場の隅で、一人の少女が顔をしかめながら、串焼き肉を食べていた。
この辺りでは見たことのない美少女だ。
特に髪が綺麗だった。長い黒髪は埃を被ったような色をしているが、まだどこか艶があるようにも見えた。
ここに来る前はいい暮らしをしていたのだろうな、とどうでもいいことを思った。
と、少女は俺に気づいたのか顔を上げた。
俺が食べ物を盗もうとしているとでも思ったのか、睨みつけてくる。
「……あげませんよ」
「おまえ。さっき、管理局の受付で揉めてたやつか……」
「……」
あてずっぽうで言ってみたら正解だったのか、少女はさらに不機嫌そうになる。
「あっちに行ってください。あんまりしつこいと警察を呼びますよ」
信じがたい発言が飛び出して俺は驚いた。
「……おまえ、まさか本当に上層から来たのか?」
「は?」
「覚えとけ。ここには警察はいないぞ」
「えっ?」
少女の顔が青ざめる。
「だからあんまり大声を出さない方がいい。変なのが寄ってくるからな」
「……」
俺は少女との会話を打ち切って、宿探しに戻る。
宿はほどなくして見つかった。
一泊500ゴダン。昨日泊った所の半額だが、小さなベッド一つがあるだけの狭苦しい部屋だと思うと、割高な気もする。
こんな部屋でも500ゴダンもかかる。
100ゴダンしか稼げなかったあの少女は、どうやって夜を明かすつもりだろう?
まあ、俺の知ったことじゃないな。
なるようにしかならないだろう。




