忘れされられたサービスステーション
俺は、逃げていた。
狭い通路、壁や天井は無数のパイプが根っこのように絡み合っている。
ところどころにちらつく照明が輝いているが、パイプの裏は陰になって見えない。
普段ならその陰に何かが潜んでいるかもと警戒するところだが、今は知ったこっちゃなかった。
後ろから俺を追いかけている奴よりヤバい奴は、パイプの裏みたいな狭い所にはいない。
俺の手は血だらけ。全て自分の体から流れ出した血だ。
腹には突き刺さった金属片、パイプか何かの欠片。
「ぐっっ……」
視界に光がちらつく。
それでも俺は足を進める。さもなければ死ぬからだ。
背後からギシギシと重い足音が聞こえる。敵が迫っている。
俺はアサルトライフルを再確認する。
AR-9
旧式の、重くて命中精度が悪くて貫通力が低い武器。
弾丸は残り10発、予備マガジンなし。どう考えても足りない。
逃げるしかない。だがケガをした俺の足では逃げきれないだろう。
ギシャリ。
床に転がった残骸を踏み潰す音。
俺は振り返る。
敵が姿を現す。
ブルタンク。
巨大な金属装甲に覆われた牛のような化け物。やたらと硬い装甲に身を包んでいる。この装甲は、俺のアサルトライフルの弾丸では貫通できない。
関節のあたりは装甲が薄いとか、聞いたような気もするが……
認めたくないが、俺は回収者の中でも下から数えた方がいいぐらいのザコだ。
中級の魔物と戦っても勝ち目はない。
『アアアアッ?』
ブルタンクは、俺に向かって威嚇するような声を上げ、ゆっくり近づいて来る。
ズシリ、ズシリ、ズシリ。
数トンはある金属の巨体。ただの体当たりを食らうだけでも、俺の命を終わらせるには十分な威力があるだろう。
「くそっ……」
俺は震える手でアサルトライフルを構える。
狙うのは頭部。硬い装甲の隙間で輝く目。そこなら弾丸が通るかもしれない。
引き金を引く。
最初の何発かは外れた。一発が頭部にあった。
だが、ブルタンクは少し頭を傾けるようなしぐさをしただけで、何事もなかったかのようにこちらに向かって歩いてくる。
こんなボロ銃。何の役にもたちやしない。
「くそがっ!」
俺は苛立って、ブルタンクに向かってAR-9を投げつけた。
それが結果を変えたのは偶然だ。
その時、ブルタンクは、俺に向かって突進を繰り出してきていた。
そして俺の投げつけたAR-9はブルタンクに当たり、地面に落ち、それをブルタンクの足が踏みつけた。
頑丈さだけが取り柄のはずのAT-9は、真っ二つに壊れた。
そしてブルタンクは足を滑らせる。
俺の真横を通り抜けて、壁に激突した。
ガシャンボギボギボギグシャァァン
ブルタンクは勢い余って、壁の配管を破壊し、そこに頭を突っ込んだ状態で動きが止まった。
『ガァァァァァッ?』
助かったか? いや、ダメだ。
ブルタンクは暴れている、周囲の配管がミシミシ音を立てて破壊されていく。
移動が阻害されているのは長い時間ではない。
やつが壁から頭を引き抜いた時が、俺の命の終わる時になるだろう。
「ああ、こんなところで死ぬのか……」
俺は何かないかと辺りを見渡す。
そして見つけた。
俺が進もうとしていたのと反対側に、妙な扉がある。
やたら厳重そうな金属の扉だ。後から追加されたような配管で塞がれかかっているが、開きさえすれば中に入れるだけの隙間はありそうだった。
「あの扉の向こうなら……」
俺は最後のチャンスを信じて、その扉に向かう。
扉に手を掛ける。中央に金属製のハンドルがついた水密扉。さび付いているのか、ハンドルが回らない。
「おい! 開け! 開けよ!」
俺はハンドルを何度も殴る。
それからもう一度回すと、どこかの錆がわれたのか、動きそうな気配があった。
「開け! 開いてくれ!」
ガキッ、と音がした。少しずつ、ハンドルが回り始める。
後ろの方で何かが崩れる音が聞こえた。
見なくてもわかる。ブルタンクが鉄パイプを叩き壊して、壁の拘束から脱したところだろう。
俺は必死で力を籠める。
ガリガリガリとハンドルが回る。
「開けっ! 開いたっ!」
パイプの間を通り抜けて、開いた扉の隙間に潜り込む。
迫ってくる足音。
ガシャンボギボギボギグシャァァン
ブルタンクは俺が通り抜けたパイプを一撃で全て破壊した。
だが図体が大きすぎて扉を通り抜けることはできなかった。
『アアアィ?』
顔だけを突っ込んで威嚇してくる。
「くそが。そこで吠えてろ……」
俺は言って、知らない通路の奥へと歩く。
視界がゆがんできた。
腹の傷も無視して全力で扉を開けたせいで、出血がひどくなった。
ブルタンクからは逃れたが、この傷のせいで、遠からぬうちに死ぬだろう。
せめて、あの畜生の目の届かない所まで行きたかった。
数分も歩いた頃、妙な扉があった。
白磁のような壁に金属で作られた飾りがつけられている、奇妙な豪華さ。地下に似つかわしくない不自然な風貌。
「なんだここは……?」
人生で一度だけ行ったことがある上層の都市の大通りには、こんな感じの店があった。中で楽し気に談笑している人々を見て、いつか俺もこの世界で暮らせるようになってみせると意気込んだものだ。
そんな俺だから、死に際になってこんな夢を見てしまったのか。
夢ならそれで知ったことか、と。俺は扉に手を掛けた。
厳重そうに見えた扉は、触れた瞬間に自動で開いた。
扉の向こうは赤いじゅうたんが敷かれていて、電気の光で煌々と照らされている。
現実とは思えない光景の中、俺はその場に座り込む。
赤い血が、じゅうたんを汚していく。
「お客様……」
急に誰かに声を掛けられた。
こんな場所に人がいるのか? ふと上を見上げると、
巨大な目玉のような球体が俺を見下ろしていた。
「な、なんだ?」
目玉は金属製のアームのような物で天井からぶら下がっている。
「いらっしゃいませ、お客様。メガテク社、サービスステーションへようこそ」
「メガテク社?」
「お怪我をされているようですね。医療キットが必要ですか?」
「あ、ああ……」
「どうぞ」
機械のアームが弁当箱ぐらいの大きさのパックを差し出してくる。
俺は震える手でそれを受け取った。
開けてみると、ナノマシンの充填された自動注射器が入っていた。
本物か? 本物のわけがない。俺の十年分の稼ぎをつぎ込んでも買えないような貴重品だぞ。
だが、もうどうでもよかった。
信じられない思いで、それを腕に突き立てる。
即座に全身の痛みが消えていく。少なくとも麻酔効果だけは本物のようだ。
「ちょっと失礼しますね」
機械のアームが俺の腹に突き刺さっていた破片を引き抜く。
ものすごい激痛が走るはずだが、何も感じなかった。
俺は目を閉じると、そこに横たわった。




