第三話
結局大貫さんに弱みを握られている僕は大貫さんとの約束をすっぽかすことはできず、教室にしばらく残り、美術室に向かうことにした。
廊下の窓越しに見える外は曇天で暗く、雨も強く降っている。
僕の今の気持ちを表すにはこの上ない天気だろう。
まさかあの現場をクラスメイトが見ているとは。
わざわざ僕にカフェオレを渡してきたんだ。
間違いないだろう。
話とはなんなのだろうか。
僕のことを責めるのだろうか。
しかしあの微笑みを見るとそうではないと思う。
第一カフェオレを回収する意味が分からない。
あの現場でカフェオレを見つけたのならそのままもっておきすぐに通報でもすれば良かったのだろう。
考えれば考えるほど分からなくなる。
彼女は何をしたいんだ?
気付くと美術室の前に僕は立っている。
美術部の部活はオフなんだろうか。
一切の音が聞こえてこない。
わざわざ人のいない所に呼んだんだ。
大きな声では話せないことなんだろう。
僕は大きく息を整えドアノブに触る。
そしてひねり扉を開ける。
中には一番奥の机にある椅子に座る大貫さんがいた。
「ああ、来たね。こっちに来て。」
大貫さんは笑顔を見せながら、手で招く。
僕は大貫さんの方へ向かい見合う形で椅子に座る。
そして開口一番
「やい、人殺し。」
微笑みながら大貫さんが話す。
その瞬間僕の心臓がドキりとする。
分かってはいるがやはり人に言われると急に落ち着かなくなる。
「……なんのこと?とはごまかせないよね。」
もう僕も腹を括り内容を聞くことにした。
「うん。君が老人を倒した後、走って逃げた所は見てたから。そしてあのカフェオレを落としたのも。」
やはり大貫さんはあの現場を見ていた。
「いやー、君そんなことするような人には見えなかったからびっくりしたよ。」
「……」
僕は黙ることしかできなかった。
誰かに見られていたという最悪なシナリオが現在進行形で進んでいる。
僕は捕まるのだろうか。
大貫さんが現場を見ていたのは事実のようだし、大貫さんが警察にでも言えばすぐに僕に向けて調査が始まるだろう。
しかし…
「なんであのカフェオレを回収したの?」
僕には疑問があった。
そうあのカフェオレを回収した理由。
そこだけが府に落ちなかった。
「ああ、それね…」
大貫さんはしばらく無言になった後、一息吸って話す。
「君の弱みを握りたいと思ってさ。」
そうくるか。確かに僕は今確実に大貫さんに弱みを握られている。
それを理由に何かを要求する。ありえない話ではないように感じる。
「…何をすれば良い?」
もう直球で質問する。
わざわざぼやかす必要もないだろう。
「ずいぶん呑み込みが早いね。少しは動揺してもいいと思うんだけど。」
「大貫さんが僕にカフェオレを渡したときからもしかしたらこんな展開になるかもとは少し考えてたからね。」
もう僕は逃げようとは思わない。
逃げれないし。
だったら大貫さんのことを素直に聞いているほうがまだ助かる可能性はあるだろう。
「それで大貫さんの要求は?」
すると大貫さんは立ち上がり僕の隣にくる。
そして僕のことをまじまじと見つめる。
顔が近い。こんなに近いと少なからず緊張する。
そして大貫さんは軽く微笑んだ後、教卓に登り僕を見る。
「西岡君、私ね…」
始めて僕の名前を彼女が呼んだ気がする。
そんなこと考えている次の瞬間
「君に殺されたいんだ。」
頭がフリーズした。
しばらくの沈黙の後
「西岡君、聞いてた?」
「………あぁ。」
何とか声をふりしぼり返答する。
君に殺されたい?そんなアホな。
何を言っているんだ。冗談をと言おうと思ったが、彼女の顔はいたって真面目である。
その顔を見ると冗談でしょとは言えなかった。
「なんで殺されたいか教えてくれる?」
もう話が一気に進んでいる気がするがどうでもよい。全く何の接点もないただのクラスメイトに殺されたいと話す理由を知りたい。
「うーん。そうだな…それは君が私を殺すとき話すよ。」
どうやら僕には理由すら教えてくれないらしい。
「今日から君は私の言いなりになってもらう。
そして最終的に私を殺してもらう。」
何て無茶苦茶な。
「でも西岡君、君にも悪い話とは思わないけど。
あの現場を見てたのは私だけだし、物的証拠も回収した。つまり私を殺せば君が見つかる可能性はぐっと減ると思うよ。」
「確かにそれはそうだがだからといって人を故意に殺すのは……」
「大丈夫、大丈夫。一人も二人も変わらないよ。」
何を言っているんだ。彼女は。一人も二人も変わらない?そんなわけないだろう。
第一あれは故意ではないし、好き好んで人をころしたいとは当然思わない。
大貫さんには僕がどう見えているんだ?
しかし残念なことに僕に拒否権は存在しない。
僕がやるメリット、デメリット以前にあの現場を見られている大貫さんに従うしかないのだ。
僕の無言を承諾と受け取った大貫さんはもう一度僕の前に近づき笑顔で話す。
「ねえ西岡君。
私を殺してくれる?」
その笑顔は悔しいが綺麗だと思った。




