第二話
教室の窓越しに空を見る。
梅雨の時期らしく雨が強く降り、グラウンドを濡らす。
授業中ではあるが、先生の話はろくに聞かず、たまに気が向いたら黒板の内容をノートに写す。
来年には受験生となる者がこのマインドだといけないのは分かるが、やはり授業は退屈であり、真面目に聞く気はない。時計を見つめ早く終わることを願う。
チャイムが鳴り授業の終了を告げる。今日の学校はこれで終わりだ。
帰りのSTが終わると、部活も入っていない僕は荷物をまとめ、教室を後にする。
学校から家までは徒歩で20分程度。
近くもなく遠くもない。ただ、今日みたいな雨の日や冬に雪が降った日なんかは辛い距離だと感じる。
傘を差しているので濡れることはないが空の暗さと雨の音が僕の気持ちを重くさせる。
雨は昔から嫌いだ。したがってこの梅雨の時期というのは僕が一年で最も嫌いな時期になる。
これ以上嫌な気分にならないように足早で家に向かう。
家に着き自室に入り服を着替える。
その後珍しく勉強をしてみようと思い、椅子に座り机に教科書やペンケースを置いて問題を解いてみようとしたものの、15分程度ですぐに集中力がなくなる。
やはり勉強は苦手だ。もうこれ以上は無理と判断し机の上の物を片付け本棚から本を一冊取り出し、読む。
勉強はできないが読書は好きだ。幅広くいろんなジャンルの作品を読む。
5年程前に一度読書にハマってから、自分の本棚に新しい本がかなりのペースで増え続けている。もう本棚の空きスペースも少なくなっている。そろそろ新しい本棚を買わないと。
気がつくと空が暗い。時計を見ると19時を示している。本を読み始めてから2時間以上経過している。没頭しすぎたようだ。いつも本を読むと時間の感覚がなくなる。一日中本を読み続けてしまったことも何度もある。
この集中力を勉強でも発揮できれば良いと思うのだがすぐに無理だと悟る。
元々勉強に熱意など割けず、今の高校も家から一番近いという理由で選んだぐらいだ。このままではいけないのは分かるがもうほとんど諦めている。来年の受験も既に爆死の匂いがする。
今日は朝に母から遅くなると聞いていたので自分の夕飯は自分で用意しないといけない。
父は常に仕事で忙しくまだまだ帰ってくるような時間ではない。
冷蔵庫の中を見てみたがめぼしい物は何もない。
そうなると外に出て買い出しに行かないと行けないのだが、本に没頭していたせいで外は暗くめんどい気持ちが非常に強い。しかしお腹は空いているので重い腰をあげ、玄関を開ける。
ここから近くのコンビニまでは徒歩20分。
僕の家から学校に向かう道の反対にある
外はやはり暗いが雨は降っていない。止んだようだ。しかし湿気が高くじめじめいている。このかんじも自分が梅雨を嫌いな一因である。
コンビニで弁当とカフェオレを買い、後にする。
早く家に帰りこれを食べた後はすぐに本の続きを読もう。
家に向かうペースを早めていると前からおぼつかない足取りで歩く老人が見える。
こんな暗い日に大丈夫かと思う。
この辺りには街頭もそんなにない。
酔っぱらいかなにか知らないが、邪魔だと思いすぐにすれ違ってしまおうと思ったが自分の買った商品が入った袋が老人の足に当たった。最悪だと思いながら謝ろうとしたがその前に老人が僕に対し怒りを露にしながら「何、当たってんだ。」と大声で怒鳴る。
近くにくるとアルコールの匂いが強くする。
こいつ大分飲んでるな。
僕は「すいません。」と謝ったが老人の怒りは収まらない。僕に怒りを向けながら怒鳴り続ける。
このままだと老人の声を聞き誰かが来るかもしれない。そうなると余計に面倒なことになる。
僕は老人を無視してその場を立ち去ることにした。後ろを向き離れようとしたところやはり老人は僕の肩を掴み「なんで逃げようとしてんだ。」
と話す。これ以上面倒になりたくない。その気持ちが強かった僕は僕の肩にある老人の手を強く掴み振った。すると老人は地面が雨で濡れていたのもあっただろう。足を滑らせて頭から地面に衝突した。僕は冷や汗が大量に出るのを感じながら老人に駆け寄る。少し揺すってみたが反応はない。
これはまずい。そう感じた僕は袋を持って走ってその場を後にした。
家まで走れば10分もないはずだが僕には永遠に感じられた。
家に着くと安堵からか全身の力が抜け玄関に腰をかける。
その後壁にもたれながらなんとか自室に入る。
その瞬間バタりと倒れこんでしまった。
そしてあの老人が倒れた瞬間のことが思い出させる。あの瞬間確かに老人の手を強く振ったが全くあんなことになるとは思いもしなかった。
あの時の老人に意識は無かった。僕は最悪の状況を考える。
老人が死んだ場合僕は人殺しになる。
そう考えると吐き気がする。
いくらあっちの方から絡んできたとはいえ正当防衛が成立するわけがない。なんなら走り去れば逃れられた状況だ。なぜ最初から逃げる選択肢を考えなかったのか。自分を責めるがもうどうしようもない。
だが老人が倒れている場合、すぐに見つかり通報されるだろう。そうなればすぐにでも犯人探しが始まるはずだ。
辺りは暗く人通りも少ないとはいえ老人は大声で僕を怒鳴っていた。
誰か聞いていてもおかしくはない。
考えれば考えるだけ頭が痛くなる。
一旦落ち着こうと椅子に座ったときあることに気がつく。
袋の中にカフェオレがない。
あの時落としたのか?
もしあの現場でカフェオレが見つかったら…
ちょっと前にコンビニで同じカフェオレを買っている僕が犯人と考えられる可能性も十分にある。
まずい。あまりにもまずい。
ただでさえバレる可能性があるというのにさらに可能性を高めてしまっている。
どうすれば良い?自首?
しかし一度逃げていることも考えれば何かの刑に処されるのは間違いない。
思えば僕は常に最悪の選択肢を選び続けている。
結局その日はもちろん何も喉を通らず、買ってきた弁当は捨て、一睡もできないまま朝を迎えた。
時計が朝の7時を示す。
今日も学校があるので準備をしないといけない。
もちろん行く元気などあるわけがないが親に何て説明すれば良いか分からず学校に行くしかなかった。
親と共に朝食を食べ、学校に向かう。
足取りが重い。気持ちの面もあるが、一晩中老人のことを考え続けていたので眠っていなく体調も芳しくない。
朝、親から顔色が悪いと言われていたが自分でも嫌というほど実感している。
学校で授業を受けている間も全く話は聞けずノートも一切とらない。
常に同じことしか考えていない。
昨日一晩中考えたがやはり黙っておくことしかできないと結論づけた。
周りも夜で暗かったので誰も見ていない可能性にかけるしかないと思った。
ただ気がかりなのはあのカフェオレだ。
あれだけは見つかるとまずい。
朝学校に行く前に反対方向に向かい昨日の現場に行ったが老人の姿もカフェオレも無かった。
僕は老人が生きており自分で帰路に着いた可能性を願った。
昼休みになるとスマホを取り出しニュースを見る。
見るのは僕の地方のニュース一覧だ。
もちろん昨日の一件がどうなったか確かめるために。
朝から時間があれば自分のスマホでチェックしている。
するとNEWの文字の横に『70代の老人死亡。殺人か。』という一文を見つける。急に鼓動が早くなり指が震える。
僕はその震えた指でそのニュースを押す。
すると昨日僕が老人に絡まれた場所と同じ場所の写真が挿入されている文が掲載されていた。
読むと昨日の深夜に70代の老人が道端で倒れていたのが発見され通報。その後病院で死亡が確認させたらしい。
僕は急な吐き気を催しトイレに駆け込む。
人を殺した。その言葉が脳内を駆け巡る。
なんとか息を整え頭を落ち着かせ教室に戻る。
もう昼休みも終わる時間だ。
教室に入ると既に次の授業の先生が準備を始めていた。
授業中はずっと自分が人殺しになったことに気持ち悪さを覚えその度になんとか我慢することを繰り返し続けた。
僕は人殺しになった。
もし僕が犯人と分かれば実刑は免れない。
人生が終わる。
そして僕が犯人と推測されるのも十二分にありうる。
僕の頭にはこれからどうすればよいのかという不安の気持ちしか無かった。
今日最後の授業が終わり、僕は荷物をまとめすぐにでも教室を去ろうとした。
一刻も早く家に帰りたい。自分を落ち着かせ、その後これからを考えよう。
僕が席を立とうとするとクラスメイトの大貫さんが僕の机の前に来る。
「ちょっといい?」
大貫さんが僕に話しかける。
大貫さんは美人であり、スタイルも良い。
皆の人気者であり、僕もいつもなら喜んで何?と聞くだろうが今日はそうはいかない。
「ごめん、明日でいいかな?」
そう言いその場を去ろうとしたが大貫さんが僕の手を掴み彼女が反対の手からペットボトルを取り出す。
そのペットボトルを見た瞬間僕は目を見開いた。
昨日僕がコンビニで買ったカフェオレと同じものだった。
大貫さんは微笑み、
「これ、西岡君の落とし物だよね。」
僕が動揺で何も話かけられずにいると、
「この後、少しお話できるかな?美術室に来てね。」
そう無理矢理約束して、その場を去った。
僕は椅子に座りこみただカフェオレを眺めることしかできなかった。




