知り合いの子孫
千明はちょっと漏らしてしまったらしいが、そのまま帰らせた。ギャン泣きしていたが、全然可哀想だと思えん。春清は青い顔をしていた。引退後だろうと、元魔王の殺気などレアだろうしな。
「殺しとかなくて良かったんですか? 徒党組んで殺しに来られたら面倒でしょ」
「こちらの魔王殿にチクっておいたし、あんなでも安倍の……あの狐の子孫だ。あまり大げさにするのもよくなかろう。次はないが」
私たちのような者が魔族などと呼ばれるように、人の姿のまま超常の力を得た人間を変異者、あるいは魔法使い・魔女、強種などと呼ぶ。他にも呼び名があったかもしれんが忘れたな。
私でも、あの古代の変異者を敵に回すのは避けたいところだ。
「この国には、私よりも古い化け物がちらほらいる。そのうちの一人と事を構えるのも、な」
「……そのバケモン、アンタより強いんですか」
「戦えなくはないだろう」
それどころか、肉体的には私の方が強いだろう。
「陰陽術や仲間の多さ、戦術の多彩さ。それらを考えるとこちらも相応の痛手を負うだろう。勝てるかどうかは五分五分だろうな。それでなくても、たかだか喧嘩程度でお前たちに何かある方が辛いに決まっている。幸い、気に食わんジジイではあるが、話のわからない相手ではない。今回のように我々が被害者であることがわかる案件ならば手を出してくることはない」
世の中には力を持ちつつ、他人の言い分を聞かない存在もいる。それに比べると会話になるだけマシというものだ。つくづく日本は恵まれている。元々の資質や変異した種族にもよるが、大きな力を得た存在の中には、力に溺れて醜悪になる輩もいるが、安倍のジジイや魔王がきっちり粛清している。
「面倒事は片付いたし、夕食の準備をせねばな。今から準備をするのも億劫故、ピザでも取るか?」
「……ピザ。いいっスね」
それにしても、あの小娘。学園で何を学んでいるのか。
とりあえず学園の方には此度のことで小娘の成績を確認させてもらうとするか。
そもそも、ラウルも同じ学園の生徒なのだが顔を見たことがなかったのだろうか? 保護者の私から見ても、ラウルは背が高く、顔も整っており、勉学の方も優れている。それに、私の下で育ったため、戦いも得手だ。人狼であるための障りや方向音痴という欠点もあるが、基本的に優等生だ。つまり、学園にいればそこそこ目立つ存在だと思うのだが、何も言及がなかった。学年が違えばわからぬものなのかもしれないな。
「フェリクス、味は何にします? 俺はこの具が四種類のやつと、季節限定のやつと……」
「ふむ。ラウルに任せる」
どうせ、ほとんどラウルが食べるものだ。私も成人男性相応の量は食べるが、ラウルはなんというか……もっとたくさん食べるからなぁ。思えば、離乳食も十人前は食べていた。それでいて、腹も壊さなかったのだからあれがラウルにとっての適量だったのだろうな。さすがにレトルトを使うのを諦めたのは今となっては笑い話だ。
「にゃあ~」
「そうだな。先にアルテの食事を用意するか」
白猫姿に戻ったアルテが嬉しそうに鳴く。やはりこの姿が一番愛いな。
「そういや、夏季休暇の課題でD級までの魔物を狩って証明書出してもらわないといけないんスけど、何かちょうどいいの出てませんかね?」
「D? ふむ……一応あるぞ」
廃校になって暴走した『トイレの花子さん』の討伐依頼が出ていた。あれが確かDかEランクの魔物だったはずだ。
「後で詳細を渡そう」
「ありがとうございます!」
それくらいなら、ラウルひとりで行っても問題なかろう。その間に少し厄介な方の任務でも終わらせるか。『メリーさん』というのだったか。普段なら自業自得であるから放置するのだが、こちらも持ち主を呪い殺した後、暴走しつつあるらしいからな。