昔話と子どもの声
さて、豆太はアルテがせっせと世話を焼いているのである程度放置でも大丈夫だろう。私も生活習慣を合わせるくらいはするがな。豆太もたぬき故、夜の方が元気なようだが、この者の本性はあくまでも『人』の方だ。私も、豆太が人の姿を維持できるようになれば、学校に放り込もうと思っている。なので、今から生活習慣を昼に合わせていく必要があるのだ。道満殿は豆太に合わせていたようだが、長期的に考えるとその方がいいと考えている。
「……しかし、それはフェリクス様が無理をする理由になりますの?」
朝からしっかり起きている私に驚いていたヘスティアに色々と説明したところ、少し怒り気味にそう言われた。
「ラウルが幼い時にもそうしていたし、特に大きな負担にはならん。まぁ、確かに夜に活動する方が種族的に楽ではあるが」
「そうでしょう? せっかく子どもが大きくなって本来の生活に戻れそうでしたのに」
「構わぬ。こういうのは助け合いだ。私も道満殿には世話になっている」
薬や病院の斡旋等、本当に世話になった。これくらい、ちょっとした恩返しにしかならんよ。まぁ、相手が道満殿だったからこそ、というものだ。
すでに一時間くらいは人でいられるようになったようだし、このまま豆太には頑張ってもらおうと思う。あとは……小学校の紹介は神前女史に相談すればなんとかしてもらえるだろう。もしかしたら、代わりに仕事を頼まれるかもしれんが、まぁ、そのくらいならば暇つぶし程度で終わるだろう。
「……私も、フェリクス様がよいのでしたら今回の件はこれ以上何も言いません。ですが、こういったことを続けていると託児所にされますよ。あなたの思う以上に突如身内に現れた変異者や魔族と呼ばれる存在に手を焼く者は多いのです」
ヘスティアにそう言われて苦笑する。
実際の所、そういった話はフェリクスの元にも届いていた。しかし、この日本という国では第六天と呼ばれる魔王が割としっかりまとめ上げている。専用の保護施設まである以上、わざわざ私に預けようと思う人間の方が少ない。
「他国では、捨てられた変異者や魔族が手を組んでテロリストになっていることもあるのですからね」
「……それは、そこまで放っておいた為政者たちにも問題があるだろうな」
「それは、本当に」
災厄の魔女の件もあって、そのあたりは少し難しい話になってくる。
以前、夜の魔女と呼ばれていた優しく、穏やかな魔女がいた。彼女は暗い森に居を構えており、そこで捨てられた子どもを拾って育て、人の世界に返していた。
しかし、ある時、彼女が居ないときに森は焼かれた。集会から帰ってきた彼女が見つけたのは焼けた森と炭になった家と、人。育てていた子どもたちは、炎の中で死んだのだと知った彼女は、おかしくなってしまった。
そして、彼女は災厄をまき散らす魔女となった。
あれは、本当に胸糞悪い事件だった。
森を切り開いて土地を欲しがっていた資産家による犯行だったが、やつは立ち回りが上手く、公に罪に問われなかったのだ。
まぁ、だから。
魔女にかなり酷い拷問を受けて死んでも「まぁ、仕方がないな」と思ったものだ。
厚顔無恥にも、狂気に呑まれた彼女の討伐を、と依頼を出してきた者がいたが無視をした。あの優しい女を、ああしたのだ。みんな殺されても仕方がないのではと思ったのだ。
結局、おおよその犯人が死んだ後に殺しに行くことになったが。
殺してやるのも、慈悲だったと思ったからだ。
決して、そうしたかったわけではない。
要らんことをしたり、必要なことをしないからそういった存在が生まれるのだ。
昔よりはかなりマシな世の中になったが、差別というのは簡単に消えるものではない。ああいった話を聞くたびに少し悲しい気持ちになる。
とはいえ、この国に問題がないわけでもないがな。
「どうされました?」
「いや、少しばかり悲しいことを思い出しただけだ」
そんなことを考えていると、視線の先で「たぬきちゃんやるじゃない!」という楽しそうな声が聞こえた。
「騒がしいのは嫌いじゃない」
「……そうですね。私も、昔を思い出します」
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