化け狸の豆太
この子狸の名は信楽豆太というらしい。
化け狸である彼は親と死別しているらしく、道満殿が預かっていた。しかし、この度、道満殿が危険地帯への出張を行うことになったため、我が家に預けられることとなった。
ただ、この豆太。化け狸なのに化けることができないのである。
「難儀っスね」
「可愛い子狸。写真撮りたい」
「嫌だってよ」
「しょんぼり……」
とりあえず、意思疎通はできるようなのだが、見た目は狸なのでこうやって普段動物に怖がられて近寄ってもらえない子どもたちが大喜びで取り囲んでいる。だがまぁ、ラウルは大きいし、小娘はスマホを起動させて近付いてくるし、今まで経験したことのない雰囲気に少し怯えている。ちなみに、小娘のスマホは少々ネットリテラシーについての講義をした後、私が買い与えた。
それにしても、あの道満殿を動員せねばならない仕事とは何だろうな。私にも声がかかる可能性はゼロではないか……。まぁ、ラウルはもう留守番くらいできるだろうから家は心配ないな。現状、私は呼ばれていないということは、おそらく適材適所、というものなのだろう。要するに私は子育ての方に適性が……いや、さすがにそれはないか。私が出る場面は暴力が必要な場面であろうな。
「信楽豆太です。よろしくです」
「まめちゃん……! かわいい……」
「にゃっ……」
私にしがみつく豆太を撫でていると、小娘が少しばかり羨ましそうにしている。
このままではずっと『こう』だな。元々、本性としては『人』の方だと思うのだが……。
「アルテ」
「にゃ~おぅ? (なぁに~?)」
「化け方を教えてやることはできるか?」
できないのなら、まぁ清明の伝手を使って誰かしら探すとするが。あいつのところは妖狐を保護しているだけあって、その中には化けるのが得意な者もいると聞くからな。
「いいよ! アルテ、お姉さんだからお世話してあげる♡」
くるりと一回転したアルテは人化してぱちんとウインクした。
「アルテちゃん、とても可愛い」
「そうよ! フェルのアルテは、猫でも人でも、とびっきり可愛いんだから。可愛いを名前にしてもいいくらいなんだから!」
確かに可愛いが。猫時代に少々可愛いと言いすぎたか? いや、私のアルテは世界一可愛いが。
「ふふーん! たぬきちゃんをさっさと人化させて、フェルの腕を取り戻すんだから! 上にいるかどうか、抱っこしていいかは別として、フェルはアルテのだもん♡」
使い魔はアルテの方なのだが……猫は可愛いから仕方がないな。うむ。
「フェリクスさん」
「なんだ、豆太」
「いい人なんですねぇ……」
なぜそうなる。
私はそう思っているが、ラウルと小娘も頷いているので何とも言えぬな。個人的にはそうは思わんのだが。
「とりあえず、部屋は……人の姿をとれるようになるまでは私の部屋でいいか」
「よろしくです」
「私の部屋でもいい」
「ダメに決まっているだろう、小娘」
お前、一応女なのだから幼くても異性を部屋にいれようとするのではない。というか、小娘は若干その手の危機意識が足りない気がするな……。だが、こればかりは私が言っても不思議そうな顔をして終わる気がする。ヘスティアに頼んでおくか。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
ちなみにアルテは普通のにゃんこ時代からずっとフェリクスに「可愛い」と言われて生きている。猫時代は「可愛いアルテ」「私の可愛いアルテ」を自分の名前だと思っていた。猫は可愛いから仕方がないね。
〇信楽豆太
蘆屋道満が引き取って育てている化け狸の男の子。
両親は不運な事故で亡くなっている。親族が子だくさんで誰も引き取ることができる余裕がなかったことから道満が家に置いている。
素直で優しく、可愛い子狸。一応、両親は人である。道満を含め変化に詳しい人間が近くにいなかったこと等から十歳の今に至るまで時々しか人に戻れないという困った体質を持っている。なお、道満は清明と縁を切っているので陰陽師界隈とあまり関われていないという事情も少しだけある。そして、友人でもあるフェリクスが子どもを育てていることも知っていたのであまり頼るのもどうかと悩んでいた。最終的に、断れない筋から頼まれた仕事で海外に渡ることになり、フェリクスに頭を下げることになったのが、今である。
これからアルテちゃんの指導を受けることになる。




