その9(side ルード)
「今宵は、いい夜を過ごせたようでなによりだ」
突然、誰もいなかったところから全てを見ていたかのような声が振る。
口角を上げ、ルードを見下ろす妖艶な女性。
その格好が気に入っているのか、フードの下はいつものメイドの服装だ。
メイランと名乗った女性は、何年も年老いてない。霊族や魔族などではなくだ。
彼らには特徴がきちんとある。
霊族は尖った耳を持ち、魔族は完全に擬態したとしても、瞳孔が縦に伸びていたり、時々尻尾などを出さないと違和感を感じるなどの人間とは違う部分が出てしまう。
それに加え、このメイランという女には不気味なほど出生、以前勤めていた場所など本来あるはずの情報が一切ない。
しかし、シャルルの懇意にしているメイドを切り捨てるなど、ルードにはできるわけがなく。
結局、何の害もないため放っていたのだ。
「手紙はちゃんと、理解してくれたようでなによりだ」
「あれは、手紙ではなく、脅迫文だと思うんだけど」
「シャルルの心内がしれたんだから本望だろう」
すかさず、ルードが訂正するが、そうか?と首を掲げられた。
そうだ、と言いたかったが、これでは平行線を辿る。
ルードの諜報先に直接送られてきた、早く帰ってこないとお前の妻が消えるぞ、という脅しの文面。
それを受け、ルードは急いで帰ってきたのだ。
上司(現魔王)に結果だけを報告して、今頃はどこかでサイレンが鳴っているだろうな。と他人事のように思っている。むしろ、今まで数々の潜入をしてきたが、シャルルが離婚を考えていると知った時の方が、心臓が止まるかと思ったほどだ。
「意外だったよ、君は何も言わずにシャルルと私を離すものだと思っていたからね」
「その言い方には棘があるように聞こえるが。
まあ、たとえ秘密だったとしても何も知らず、置いていかれる方も傷つくからね」
遠くを見つめている、彼女はきっと自分のことを言っているのだろう。
「君は、もう行くのかな?」
彼女に手には、大きなトランクケースが握られている。彼女はシャルルが逃亡するにしてもしないにしても、ここを出るつもりだ。
「もうそろそろ、アタシに違和感を持ち始めてもおかしくないからね、アンタみたいに」
言わなかったし、あったのも数回だけだったが、それでも彼女はルードが違和感を抱いていることに気づいていたのを知っていた。
「アタシの忘却は万能じゃない。思い出してしまったら、シャルルを連れ出そうとしたっていうことで言いくるめてくれ」
「それはいいけど。君の本当の名前は教えてくれないのかな?」
ルードはメイランというのは偽名ということを知っている。最後くらいは、知っておきたい。妻の友人であった人物のことを。
「シャルルの友は彼女専属メイドだった、メイランだろう。アタシじゃない」
「そう」
ルードの意図を理解したのか、それとも言いたくないのか。彼女はそう言い残す。
もう、メイランは居ないのだと。
ルードはその言葉だけで十分だ。
「また会えるかな?」
「さあな」
男勝りな口調で、彼女はバルコニーの手すりに足をかけた状態だったため、そのまま背を向けて、飛び降りた。
きっと、メイランには会うことはない。
ルードはそう直感した。
翌日、夫婦としてきちんと持ち直すといいことを使用人たちにいうと、彼らは歓喜していた。ここで、自分の罪の重さを再確認したルードだった。
当然この場にはかのメイドの姿もその痕跡、記憶でさえもルード以外誰一人としてなかった。
もちろん、シャルルにも。
次回、最終話。
19時更新。




