番外編 メイランの思い
「初めまして、お嬢様」
何十回も呟いた定例文を言う。
前回は、旦那様と呼んでいる、現在の雇い主の時だ。
メイドになったのは、アイツを見つけるまでの暇つぶしだった。まさか、アタシが自ら誰かに仕えるなんてね。
あの頃のアタシが見たら、食事の手も休めるんじゃ…いや、それはないか。良くて、ペースダウン。
むしろ、そのまま食べ続けているだろう。
周囲をドン引きさせるほどの大食漢であり、給料の大半を食費で消えているのはよく知っている。
止まることはまずあり得ない。
それはさておき、
アタシは子どもは好きだ。
無邪気によく食べ、自由に遊び、欲が小さく、無垢である。
「メーラン」
シャルルは拙い舌で、現在名乗っている『メイラン』を呼ぶ。毎回、考えるのは面倒だと思いながらも、人の社会で働くことを続けるアタシもどうかしている。
ただ今回、不満があるとするならば、シャルルがメイランを見つけるたびに頭突きやら、体当たりやらをしてくることだ。
シャルルの体当たりは当たりどころが悪くない限りは、そこまで痛くはない。
しかし、身体は大丈夫でも、精神的にくるものがある。
シャルルに止めるよう散々言った。
成果としては、感情が昂らない限りは時が経つにつれしなくなっていった。
ある日、シャルルが行方不明になった。
正しくは、自分でふらふらと興味のある物の方へと行って迷子になってしまったようだ。アタシがいない間に。
シャルルに対し過保護気味なアイツの親に探してくると言って、アタシはシャルルを捕まえに行った。
シャルルを見つけたが、一緒にシャルルがお姉ちゃんと慕っている子どもがいた。
驚いた。
あの頭の硬い大精霊が嫌悪していた、“加護”などという呪いをかけていたのだから。
“加護”はそれは自分のものだと主張する呪いだ。
受けた側からしてみれば、便利な力を貰ったでいいだろうが、魂は授けた者のものとなる契約だ。
受けた側が自分の魂だと主張していたとしても。
同時に、それほどまでの時がこの世界で過ぎたのか。
あぁ、惨めだ。
いまだ、アイツを見つけるためにこれほどまでの時間がかかっている。その間に精霊は新たなあり方を次々と見出しているのを知っていた。
あの時から、足を踏み出せずにいたということが、惨めだ。
その加護持ちが今度は男の姿でシャルルと婚約した。
それからシャルルは恋する乙女の顔で毎夜、毎日。今日はルードとどこに行った。こんなことを話した。こんな物をくれた、等々。ルードの話ばかりをしていた。
今まで老若男女問わず仕えてきたが、恋やら恋愛やらの話になると思うことがあった。
ああ、もうそんなに大きくなったのか。
アタシにとって人の成長は魂の成長だ。
怒り、悲しみ、喜び、憎しみ、もちろん恋も。
感情が人の心も魂も成長させる。アタシはそれで人の成長具合を見ている。
アタシらにはそれが判る。そういうものだから。
しかし、ルードは顔を合わせるたびに不審な者を見る目で見ているのに気づいていないのだろうか。
巧妙に隠してても、アタシにはわかる。
何度も、向けられる目だからね。
ルードは加護のこと、仕事のことを話してないようだ。
案の定、シャルルは暴走して離婚なんてことまで考え始めた。
アタシは何人も結婚したことを後悔した人を見てきた。
泣く泣く、愛人を認めた者。使用人や両親からの重圧に耐えきれず、逃げ出した者。他にもたくさん。
だが、アイツらの場合は違う。
互いに思い合っているからこそのすれ違い。
帰ってこないルードも悪いが、シャルルも手紙を書いておけばよかったものを。
アイツは真夜中こっそりシャルルの部屋に侵入していることをアタシは知っている。
隠し事は他人の口から言われる方が惨めで恨めしい。アタシはそれを知っている。
思い合っているのなら、なおさら。
取れる行動は一つ。
ルードのいる場所に直接、現状を書いた手紙を送った。ついでに、今まで世話になった謝礼として『手助け』もしてやった。
これで帰りやすくなっただろう。
シャルルにはそのことを踏まえた上で日時を指定した。
もし、ルードが間に合わなければ、そこまでの縁だ。
結果は、想像以上だった。
まさか、私兵まで動かすとは。
アイツらならば驚くことなく見ていたかもしれないが、アタシは場面の先読みを得意としない。
アタシは気配一つ残さずその場から立ち去った。
タイミングを見計らい入る予定なため、最後に庭を散歩する。
気まずいからな。
アイツのように痴態を晒すことに何も抵抗がないわけではないだろう。思い出すととんでもない環境にいたのだ。
アイツら全員随分と会っていないが、元気だろうか。
雲一つない夜空に月はない。新月だ。
彼女の夜は明けられたのだろうか。
アタシらを置いていった彼女は先へと進んだ。
アタシはまだ、そっちにはいけないのか。
ぽっかりと空いた心の闇はまだ、明けることはない。
夜明けが近くなると、流石にと思いバルコニーの手すりに降り立った。
案の定、シャルルはベッドで潰れていた。
ルードとの取引はスムーズにいった。
最後に、メイランの関係者の記憶を喰らう。
いつもしていたことだが、何か衝撃があると記憶が戻ってしまうのは固有能力の特性上、仕方のないことなのだが、どうにかならないかと思う。
きっと、出会わない。時の流れも違うから。
しかし、ここに一つ手向けるべき花ができている。
さようなら、メイラン。
その後、アタシはまた別の屋敷で仕えることとなった。
「初めまして、奥様」
本編は完結しましたが、追加でメイランのシャルルに使え始めてから、居なくなるまでの独白を書きました。
訂正ですが、始めの、探している『アイツ』と後半のルード待ちの待ち時間で出てきた、痴態を晒す『アイツ』は別人物です。ややこしくてすみません。
ここまで、読んでくださった皆様に最大級の感謝を!




