Episode 1
「ったく、ノアのやつは一体どこにいるんだ?」
今日はこの広場に、街の住人が全員集まる。
朝一番に来てからずって探しているものの、どこにも見当たらない。
思い返せば、昨日のレッジの見送りでも見かけていない。
「まあ、アイツのことだ。まだ寝ぼけてるんだろう。」
そうぼやくと、魔法粒子の塊3つが接近するのを感じた。新しく誰か来たらしい。
オレは駆け足でその方向へ向かった。
「ゲッ、なんだよ、お前達か・・・。」
そこにいたのは、ソーク率いる3人セットだった。
「おぉ、『なんだよ』とはなんだ、えぇ?朝っぱらから喧嘩売ってるのか、おぅ?」
ソークが対面早々、沸騰寸前なっている。
「へっ、売ってねぇよ。そもそも、お前みたいなヤツが買えるほど、つまんねぇものは取り揃えてないんでね。」
オレは中指を立てた。
「ふヒャヒャ、1ヶ月くらいかぁ?お前には全く修行をつけてやれてなかったからなぁ。」
ソークが炎をまといながら、ゆったりとこちらに近づいてくる。
「ちょ、ソーク!こんな人前で、やめてください!」
ウドーが止めに入ろうとするも、力の差がありすぎた。近づくことすらできていない。
周りのヤツらは、いつの間にオレ達から離れて、ただ見ているだけだった。
突然、炎の壁で観客達が見えなくなった。
意識を集中させて、魔法粒子の流れを読み取る。
「なるほどなぁ、中途半端に変換させた魔法粒子を飛ばして、それを地面にぶつける衝撃で一気に炎へ遷移させてるわけか。」
レッジのところで学んできたことが、感覚で理解できる。
「意味わかんねぇことベラベラくっちゃべってねぇで、これでも喰らって頭冷やすんだなぁ!」
ソークは中間体の塊を飛ばした。それが後ろの方で炎の壁に衝突する。
衝突地点から、炎の刃が飛んできた。
スピードはそんなに早くない。簡単に避けることができた。
「チッ、避けられちまったか。だが今のは試し撃ちに過ぎん!ソーク様の出来立てホヤホヤの、必殺技でも喰らえぇい!」
そう言って、ソークは同じような塊を四方八方に撒き散らした。
この技の原理もなんとなくわかる。最初に炎に接触した中間体が変化して一気に燃え上がる。その衝撃で推進力を得るのと同時に、残りの中間体を炎に変換させているようだ。
意識をより集中させると、粒子の組み立て方で、向きを調整しようとしているのもわかる。
「ヘッ、チンプーなくせに、よくこんな複雑な魔法粒子の操作ができるな。これがセンスってやつか?嫉妬しちまうぜ。」
「今更後悔してももう遅いぜぇ、ノゾムよぉ。しっかり痛い目にあってよぉ、テメェの無能さを噛み締めるんだな。」
余裕そうな態度を保っているが、ソークの目線には少し焦りが見え始めている。
当然だろう。例の中間体は炎の壁に接触することなく、全て空中で静止している。
オレの魔法は、中間体も支配できる。レッジの予想通りだった。
「おいおいソーク、必殺技とやらはまだか?」
「まぁ、そう生き急ぐこともねぇだろ?せいぜい束の間の安息を満喫してな。」
ソークは慌てて例の塊を再び放出する。しかし、炎の壁を維持するのがラクではないようで、ほんの数個しか出てこない。それらを追加で支配するのは苦ではなかった。
ソークの息が荒くなる。
「ハァ、ハァ・・・。ひ、必殺技はやめだ。気分が変わった!直接ぶん殴る!」
ここで支配している中間体を、一気に炎の壁に接触させた。
炎の刃がソークを四方から襲う。
「最初からそうしてりゃあ、お前が勝ってたんだけどな。」
崩れ落ちるソークを見ながらつぶやいた。
炎の壁が消え去り、視線がオレ達に集まってくる。
「ほわぁ、あのノゾムまでも、とうとうオシショーに勝っちまったわぁ。」
マーチャが近づいて来た。どうしてか、少し嬉しそうだ。
「えぇなぁ。どんどん強い子が増えてくわぁ。ノゾムぅ、今度ウチともヤってほしぃわぁ。」
そう言いながら、マーチャは腕を絡めてくる。オレはそれを迷うことなく払い除けた。
「そ、ソーク!大丈夫ですか?」
遅れてやって来たのはウドーだ。
ウドーはソークをひとしきり揺さぶり、ソークが咳き込んだのを見て、胸を撫で下ろした。
安心し切った表情で、チラリとオレの方を見た。その顔色が次第に変わっていく。
「あ、えっと。まぁ、ほら。昨日の件もありますし、ソークもカリカリしてたんだと思いますよ。許してやってくれませんかね。フヒッ。」
オレはゆっくりと近づき、ソークの顔面を踏みつけた。
「コイツだけがカリカリしてるとでも思ってんのか、なぁ?」
ウドーはゴニョゴニョと何かを口ごもるだけだった。
「ノゾムやぁ、それはやり過ぎじゃぁあらへんか?オシショーはもう動けへん。試合終了やろぉ?」
マーチャが臨戦体制にならないのは、強者ゆえの余裕だろうか。すでにソークと互角以上にやりあっていただけはある。
「何もかも、お前らが勝手に始めたことだろ?終わりまでお前らが決めるっていうのは、ちょっとワガママなんじゃねぇか?」
オレはマーチャの魔法粒子の流れを注視しながら、脚に力を入れた。
「コレ、何をしてるか。」
不意に、そんな声と同時に後ろから頭を叩かれた気がした。
振り返っても、誰もいない。マーチャはオレを怪訝な様子で見ていた。
「チッ、わかったよ!」
ソークは仲間に支えられながら、立ち去っていった。
3人組が見えなくなったところで、急に眩暈に襲われた。
あんな量の魔法粒子を支配したのは初めてだったんだ。無理もない。
オレはとりあえず、広場の端の方へ寄って休むことにした。
傍観者達が勝手にオレを避けてくれたので、実に歩きやすかった。本当に。
しばらくして、誰もが広場の一点へ集まり出した。
その中央には、ひときわ圧縮された魔法粒子の塊があった。
「いやぁ、スマン。遅くなってしまった!とにかく、集まってくれたことに感謝する!」
顔は見えないが、この声は小さい頃から何度も聴いてきたからわかる。この国の王の声だ。
あたりが王を讃える歓声で溢れる。
「さぁ、みんなも忙しいだろう。さっさと用件を済ませよう!と、その前に。確か今年の卒業生で、音の魔法を使うヤツがいたろう?ウドーだったっけか?ちょっと来い!」
情けない返事がどこかから聞こえてくる。
「いやぁ、いつもなら大声で話し続けないといけないからな、実に助かるわい。ハッハッハッハッ!」
さっきよりも鮮明に声が聞こえるようになった。
「さて、まずは昨日の件。もうみんな知っているだろう。レッジが死んだ。」
あたりが急に静まり返る。王は続ける。
「アイツは長い間、実にたくさんの頼もしい仲間を育ててくれた。もう、大半がアイツの教え子なんじゃなかろうか。正直ワレは、そんなに頭が良くない!アイツの素晴らしさは、きっとみんなの方が何倍も理解していることだろう。」
辺りから啜り泣きがちらほら聞こえてくる。
「そして、だからこそ。だからこそ!レッジの残してくれたものを守り抜かんとならん!そんなことは言うまでもないはずだ!」
ここで王の涙腺が限界を迎えたようだ。
「だからこそ、次のインクレムどもの被害は0にしたい!アイツの魂が安心できるように、どうか今年も、力を貸してほしい!」
王の泣き喚く声を民衆の歓声がかき消した。
歓声が静まり返るのを待って、王は再び話し出した。
「と、言うわけで。今年もインクレムの討伐隊を募集する。もちろん、強制ではない。残って畑を耕すのであれ、家を守るのであれ、それらも立派な戦いだ。ただ、レッジの教え子には頼もしそうな者が実に多い。腕に自信のあるものは、ぜひ奮って応募してくれ。以上!」
そう言うと、王は帰っていった。民衆達も、興奮に声を震わせながらも、ひとり、また一人と広場を後にした。
「・・・討伐隊か。」
つい1ヶ月前まで、全く魔法が使えなかった。
そんなオレでも、討伐隊に参加できるだろうか。
強くなって、オレを蔑んだ目で見る奴らを見返せるだろうか。
顔が引き締まっていくのを感じる。
「やってみるか。・・・おいジィさん、見てろよ!あんまりの頼もしさに腰抜かさねぇよう、気をつけるんだな!」
オレは山に向かってつぶやいた。
山の木々はもうすっかり新緑に染まっていて、風になびいている。
一瞬、葉っぱの光の反射が、金属のように煌めいたように見えた。