Episode 7
「ぶぉっふぉっふぉっふぉ!まさかこの短時間でここまで精度が上がるとは!圧縮を極めたかつての戦士どもでも、ここまでできたことなど記録にないというんじゃぞ?」
レッジは腰を労わりながら、ヨロヨロとこっちに近づいてきた。
「ヘッ、スゲェだろ!ただ、これを魔法粒子一個だってわかるジィさんも大概だぜ?自分で作ったものじゃなかったら、コレが魔法粒子一個だって信じてねぇもん。」
「いやはや、お前さんは、本当にすごい!よくやってくれたのぉ・・・。」
そう言ってレッジはオレの髪をもみくちゃにした。
「おい、やめろって。」
悪い気はしなかったが、少しばかりこそばゆい。レッジは素直にやめてくれた。
「いやぁ、1年はかかると思ってたんじゃがのぉ。ふぉっふぉっふぉっ。」
「アハハハ、オレって信用ねぇのな!」
ここまで心が軽くなったのは、いったいいつ以来だろうか。今ならなんでもできるような気がする。
試しに、空いている手で魔法粒子一粒を用意しようとした。
驚くほど簡単にできてしまった。
「ほぉ、もう一つ作りよったか。若者の成長は、一味違うのぉ、」
両手のひらで、魔法粒子が高速で回転している。
「ジィさん、もう1もう一つ成長する様を目に焼き付けてやるよ。」
魔法粒子を回転をどんどんと早めていく。一粒しかないのだから、簡単に速度が上がっていく。
「む?お前さんもしや、さっそく魔法粒子をくっつけようと考えておるのか?」
オレは満面の笑みを返事とした。
「ふぉっふぉっふぉっ。ワッルい顔してるのぉ。じゃが、もうお互いヘロヘロじゃ。何かあった時に対応しきれん。だからノゾムよ。今日のところはもう帰ろう。な?」
「まあまあ、黙って見てなって。きっと面白いもんが見れるぜ。」
そういって、オレは迷うことなく、魔法粒子を衝突させた。
今回は魔法粒子一つ同士の斥力しか働かない上に、超高速で動いているんだ。これなら魔法粒子が粒子だろうが、波だろうが関係ないはずだ。
予想通り、魔法粒子同士は完全に一体化した。
しかし、同時に目を潰さんとばかりに真っ白な光が当たりを包んだ。思わず目をつぶってしまう。
そして間髪入れることなく、オレは何かに押し倒された。
鼓膜をつんざくほどの轟音が鳴り響く。
気温が急激に上がり、身体が干上がりそうだった。
吹き荒れる風が、これらの衝撃を増している。
苦しい。
レッジの言う通りにするんだった。レッジは無事だろうか。
ようやく辺りが落ち着きを取り戻したところで、周りを見渡してみる。
オレを囲うように、背の低い金属の壁が地面から生えていた。
上の方はボロボロに崩壊していて、足元には金属片が転がっている。レッジが魔法で守ってくれたようだ。
「そうだ、ジィさん!おい、ジィさん、どこにいる?」
返事はない。
「あんたのことだ、無事なんだろ?なぁ、趣味悪いぜ。返事してくれよ!おい!」
オレは慌てて立ち上がり、周囲に目を行き届かせた。
すると、足元でグシャリと何かが落ちた。どうやら、身体に何か乗っていたらしい。
呼吸が荒くなる。恐る恐るそれに目をやる。
それはレッジだった。真っ赤に染まった後ろ姿が痛々しい。
ふと、オレも身体中が真っ赤であることに気がついた。しかし、身体のどこも傷まない。
「ゲホッ、ゲホッ。ノゾムや、聞こえるか?き、聞こえてるなら返事をしてくれぃ・・・。」
今にも消えそうな声でレッジがそう言うのが聞こえてきた。
慌ててレッジを仰向けにして、腕で支えた。
「へっ、なんだよ。生きてんじゃねぇか。今、街まで運んでやるから、もう少しばかり辛抱してくれよ。」
レッジは震えていた。いや、震えているのはオレの腕だった。
「ふぉっふぉ・・・。残念じゃが、ワシはここまでのようじゃ。すまないのぉ。」
「お、おい。なに弱気なこと言ってんだよ!なんで謝るんだよ!いいから、もうしゃべるな。」
レッジの顔に水滴が落ちる。
「ノゾムや・・。最期に随分と、すごいものを見せてもらえた。あんなことができるなんて、もうお前さんはちっとも弱くなんてないじゃろうて・・・。」
「最期なんていうなよ。なぁ、オレはどうすればいい?あんたなら、こっからどうにかする方法、知ってるんじゃねぇのか?なぁ!」
「ふぉっふぉっふぉ・・、ゲホッゲホッ。すまないのぉ、お前さんの攻撃は凄すぎた。自信を持て。」
オレは何も言えなかった。
「ホレ、あんなにすごいことを成し遂げたって言うのに、何をしけた顔しとるんじゃ・・・。」
レッジは弱々しく腕を伸ばして、オレの頭に乗せた。
「まぁ、あれだけの力を振るうとなると、怖かろう・・・。じゃが、魔法粒子の衝突速度を小さくするなり、魔法粒子で何層か壁を作ってやれば、ちょうど良くなるんじゃないかのぉ・・・。」
レッジは苦しそうに、何度も咳き込んでいる。
「こんな時に何言ってんだよ!ジィさんがこんなになったのは、オレのせいだ!それなのに、それなのに・・・、どうして優しくしてくれるんだよ。」
「言ったじゃろう、お前さんは可愛い教え子じゃと・・・。お前さんだけがほんの少し心残りじゃった・・・。だが、ノゾムよ。お前さんは本当にすごい。ワシはもう安心して死ねるわい。」
「死なないでくれよ、ジィさん。おい、ジィさん!」
レッジの手が落ちた。
「お、あそこに誰かいるぞ!って、なんじゃこりゃぁ?!」
レッジの安らかな顔をぼんやりと眺めている間に、誰か来たらしい。
「おい、なんだよコレ・・・。ノゾム、何があった!」
声の方を見てみると、そこにはソーク達3人組が勢揃いしていた。
ソークがオレを激しく揺さぶりだす。
「なぁ、なんでレッジは血まみれでぐったりしてるんだ?なぁ、なぁ!」
「ちょっと、ソーク。落ち着いてください。」
ウドーがマーチャと共にソークを引き剥がした。
「あぁ?落ち着いてられっかよ?まさかウドー、お前はコレを見てなんとも感じないって言うのか?」
ソークはパニックのあまり、身体中のところどころから炎が吹き出していた。ウドーはオレをチラチラと見ながら、ソークの迫力に押されていく。
「オシショー、ウチからもお願いや。一瞬、落ち着いてぇや。ノゾムの顔見てみぃ?あんなにグチャグチャや。その上、服まで血まみれで・・・。あの爆発からまだそんなに経っとらんやろぉ?きっと、ノゾムもウチらと変わらん、単なる目撃者かもしれん。なんなら、被害者だったかもしれんで。・・・うぷっ!」
マーチャは言い終わると同時に、吐いてしまった。
無理も無い。こんなに血生臭いのだから。間近にいる自分が吐かないでいることが不思議なくらいだ。
ソークはマーチャの背中をさする。ようやく解放されたウドーが近づいてきた。
「ノゾム、大丈夫ですか?何があったか話せそうですか?」
オレは声を出せなかった。
しばらくして、マーチャは調子がいくらか良くなったらしく、ソークに支えられながらこちらにやって来た。
「ノゾム、悪かったな・・・。ちょっと取り乱しちまってよぉ。」
ソークがそう言ってくれたが、オレはまた声を出せなかった。
静寂が当たりを包み込む。
「し、しかし、レッジ先生がこんなに突然、亡くなってしまうとは思いませんでしたね。とりあえず、街へ運びましょうか。いつまでもここにいては、真っ暗になってしまいます。」
ウドーがそう言うと、オレ達は何かに操られているかのように、黙々と山を降りる支度を始めた。
「・・・レッジのやつ、こんなに軽かったんだな。」
山を降りる最中、ソークがポツリと言った。
レッジをチラリと見た。ソークの大きい背中に背負われているせいか、妙に小さく見えた。
「講義中に好き勝手するソークを抑えていたなんて、とても信じられませんね、ハハハ・・・。」
ウドーがマーチャを支えながら、空っぽに笑った。
「ウチもこのジーさんに教わると思っとって、ちょっと楽しみにしてたんやけどなぁ。」
再びしばらくの沈黙。
「レッジは、オレが殺したみたいなもんだ・・・。」
ふと口に出した言葉が、全員の足を止めた。
「ちょっと待て。ノゾム、それってどう言う意味だ・・・?」
ソークの顔が怒りを帯び出した。
「ハァ、オシショーやぁ。ちょっとは頭を使おうや。ウチらが発見した時の状況、どう考えたって、ジーさんがノゾムをかばった形や。ジーさんて確か、金属の魔法を使うんやろ?ノゾムを金属の防御壁で囲ったような跡があったやん。インクレムでも山に潜んでて、それに見つかってもうたってところやないやろか?」
「うぅむ、まぁ、そうとも考えられるがよぉ・・・。」
マーチャに言いくるめられたソークはバツが悪そうに口を弄び出した。
「お二人とも、気持ちはわかりますが、もう、ノゾムにこれ以上詮索するのはよしましょうよ。ノゾムはおそらく、目の前で先生に死なれてしまったのでしょう。ワイらよりもショックも大きいはずです。」
街に着くと、住人達が集まっているのに遭遇した。どうやら、山で起きた爆発はこちらからもバッチリ見えていたようで、レッジの身を案じた住人が探しに行こうとするところだったらしい。
事の顛末は、主にウドーとマーチャが説明してくれた。だから、誰もオレがレッジを殺したことを知ることはなかった。それでも、内心オレのせいだと思うヤツは少なく無いだろうが。
レッジは身体を綺麗に拭かれ、真っ白な服を着せられた。死んだヤツが着せられる服だ。
レッジが死んだ。そのことが改めて、鮮明に心にのしかかる。
そのままレッジは、街の中央にある、神聖だかなんだか言われている台に乗せられた。
レッジのそばで、オレは膝から崩れ落ちて泣いた。人目も気にせずに泣き喚いた。
周りでも、レッジの教え子と思われるヤツらが泣いていた。
啜り泣くヤツ、黙って涙を流すヤツ、誰かを慰めながら泣くヤツ。
本当にいろんなヤツがいた。レッジはコレだけたくさんの、いろんなヤツを育ててきたんだ。
やがて日が沈んだ。真っ暗闇の中、誰もがレッジを見守っていた。
ポツリ、ポツリと優しい光が、レッジの身体を包み出した。
「・・・きれいやね。」
後ろでマーチャが呟いたのが聞こえた。
「えぇ、先生は本当に尊敬できる御方でした。これだけ眩い光を放っているのは、当然と言っていいでしょう。」
「・・・オレも、死んだ時はこれくらい光に包まれたいもんだぜ。」
ウドーとソークが、どうしてか少し誇らしげに、そう言った。
光が増していくにつれて、レッジの身体が徐々に消えていく。
「ジィさん!・・・いや、先生!」
レッジが後は頭だけとなったところで、オレは居ても立ってもいられずレッジに呼びかけた。
だけども、次の言葉はなかなか出てこない。
「・・・ごめんなさい。」
レッジが完全に消えて、ようやく言えた言葉。
いつかはちゃんと言おうと思っていた言葉。
もう絶対に届くことのない言葉。
また涙が溢れてきた。心臓が破裂しそうだった。
・・・いっそのこと、本当に破裂させようか。
オレは身体の中で、魔法粒子を回し始めた。
しかし、他の粒子が邪魔をしてなかなか速度が上がらない。
周囲のヤツらがひとり、またひとりと帰っていく。
身体のまわりに魔法粒子の壁をふたつ、みっつと作った。
「ん?ノゾム、あんた急に何しとるんやぁ?」
マーチャが魔法粒子の異常に気付いたのか、声をかけてきた。
「あぁ、オレは本当に、何をやってるんだろうな。」
つい、自嘲気味に答えてしまう。
マーチャは不思議そうにオレを見ていた。
「マーチャ!今日はもう遅い。さっさと帰ろうぜ。」
少し離れたところで、ソークが大きな声で呼びかける。
「あんた、こんなに魔法粒子が操れるんやねぇ。今までずっと、ソークにボッコボコに負けてたけど、こんなすごいもん持ってたなんて、知らんかったわぁ。」
そう言い残して、マーチャはソークの元へ走り去っていった。
去り際の、涙の跡が残った陰りのない笑顔が、妙に印象深かった。
オレは一人になった。
あまりにも静かで、この世界で自分しかいないように思えてくる。
「ノゾムよ。お前さんは本当にすごい。」
突然、そんな声が聞こえた。振り返ると、そこはレッジが寝かされていた台だった。
「自信を持て。」
また声が聞こえた。ここでようやく、それがレッジの声であることに気づいた。
オレは魔法粒子の支配をやめて、この場を立ち去った。