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Episode 4

 「朝から随分と楽しそうやないか。どしたん?」

 「あれ、昨日の聞いてなかったの?ソークたちと一緒に魔法の練習をするんだよ。」

 ミトコンが急に顔を引きつらる。

 「昨日のあれって、マジで言ってたん?本当にノアはアホ丸出しっちゅぅか・・・。どう考えても、いじめっ子といじめられっ子の構図やったやん!それを下剋上して、ザマァ見ろ的な展開やったやん!」

 「あれはただの修行だよ。魔力のないボクたちを何とかしようと、ソークなりに頑張ってくれてたんだよ?そのおかげで、こうして魔法も使えるようになったんだし!」

 「ちょっと待てぃ!それはこのミトコン様のおかげやないんか?なぁ?」

 「もちろん、ミトコンにも感謝してるよ。あ、あそこにいるのってノゾムじゃない?おぉい!」

 「ちょい、あっさりしすぎちゃう?!」というミトコンを無視して、ノゾムの方へ駆け寄った。

 「ん、あぁ。ノアか。」

 「って、よく見たら酷いクマがある!顔色も良くないし。大丈夫?家まで送ろうか?」

 「いや、少し眠れなかっただけだ。それより、何か用があるんじゃないのか?何もないなら、オレはもう行かせてもらうぞ。」

 「えっと、これからソークたちと一緒に特訓をするんだけど、一緒にどうかと思ったんだ。でも、そんな調子じゃムリだよね。」

 ノゾムはカッと目を見開いて、ボクを突き飛ばしてきた。

 「うるせぇよ、わかってるんならハナから誘うんじゃねぇ。」

 そう言って、おぼつかない足取りでどこかに去ってしまった。



 「うぅん、こんな朝っぱらから誰じゃ・・・。」

 扉が開き、レッジが現れた。すかさずオレは頭を下げた。

 「あんたの知恵が借りたいんだ!頼むよ、もうオレにはあんたしか当てがないんだ・・・。」

 返事はない。当たり前だ。オレがここをどんなふうに飛び出していったか、お互い忘れる訳がない。

 「あんときは本当に悪かったよ。色々と頭の中がゴチャゴチャしてたっていうか、その、」

 「ふむ、何のことかのぉ。」

 もう少しで頭を地面に擦り付けようとしたところで、レッジがそんなことを言い出した。

 「ま、玄関で話すのもアレじゃ。入りなさい。さ、お茶を入れてあげよう。」

 顔を上げると、そこには優しい笑顔があった。

 レッジはキッチンで何かごちゃごちゃやりだした。それを近くのテーブル席に座って眺めていた。何だか楽しそうだ。

 「ほれ、待たせたのぉ。」

 目の前にティーカップが置かれる。この前とは少し違う匂いがする。

 「ワシは起きてからまだ何も食べてなくてのぉ。こんな時間じゃ、お前さんもまだなんじゃろ?」

 そう言って、パンだけでなく、色々なおかずを用意してくれた。

 レッジから何か聞いてくることはなく、オレたちはただ黙々と食べていた。

 「これ、好き嫌いせず、それもちゃんと食べんか。」

 レッジが指さしたのは、今までの食卓で見たことのない植物を茹でたであろうものだった。

 「そうは言っても、何だよコレ。本当に食べれるのか?」

 「なんじゃ、コレを知らんのか。コレはじゃなぁ・・・。ハテ?何じゃったかのぉ。」

 「へへ、何だよボケちまったのか?そんな意味わからないもん、食えねぇよ。」

 「ふぉっふぉっ、生意気な小僧じゃ。なに、名前が思い出せんだけじゃよ。山を走る川の源流のあたりに、ちょうど今ごろの時期によく見かける、ホラ、アレじゃよアレ。まあ、食ってみぃ。」

 ほんの少しだけ口に入れてみる。噛み締めると徐々に、口いっぱいの苦味が広がった。慌ててお茶で口を洗い流した。

 「おや、お前さんにはちょっと大人な味だったかのぉ。」

 「おい、ジィさん。本当にこれ食いもんなのか?不味すぎるぜ!」

 「そりゃそうじゃよ。『魔の食道は苦味から』なんて聞いたことあるじゃろう?その元となった植物がまさにコレじゃからな。」

 「聞いたことねぇよ。魔力に効くって意味なのか?というか、あんた、毎日こんなもん食ってんのか?」

 「まさか。そんなマズイもん、朝から食べんわい。そもそも、お前さんらに食わせてやろうと採ってきたものじゃし。」

 「へ、へー。そうかよ。」

 オレは残りを一気に口に放り込んだ。先ほどとは比べ物にならない不快感が口どころか、喉や鼻にまで充満する。カップに手を伸ばしたが、お茶は空っぽだった。

 「おやおや、気に入ってもらえたのかのぉ。」

 そう言って、レッジは嬉しそうにお茶のおかわりを入れてくれた。すかさず、それを口に放り込んだ。



 「おぉい!ソーク!お待たせ。」

 街の西の方には、滅多に人が来ない空き地がある。そこには既に、あの3人組が揃っていた。

 「お、おう。本当に来るとは思わなかったぜ。まあ、か、歓迎するぜ。ハハハ・・・。」

 ソークはいろんな方向へ視線の先を遊ばせている。

 「どうしたの?何だか落ち着きがないけど、何かあったの?」

 「あぁ、いや別に何でもねぇ。それよりやるなら、さっさと始めようぜ。位置につけよ。」

 今までは一方的に攻撃を受けるだけだったけれど、今日はついに、対等に戦うことができるんだ。

 歩いて10歩ほどの距離でボクらは向き合った。

 「おいノア、気をつけぇよ?見てみぃ、あのひっくい姿勢。こっちが魔法消せることはバレてるんや。きっと、一気に近づいてきて、消される前にどうにかしようって魂胆やないか?」

 そのミトコンの予想通り、ウドーの「始めっ!」の合図とともに、ソークは一瞬で距離を詰めてきた。

 同時に迫り来る爆音と熱波に怯んで、ついソークを見失ってしまう。

 「後ろや!」

 ミトコンの叫びで、あわてて振り返る。

 ソークは炎の斧を頭の上まで振りかぶり終えたようだった。

 「あぁ、おっしぃなぁ!オシショー、やったれー!」

 刃を間一髪で避けたところで、そんなマーチャの声援が聞こえてきた。

 「ノア!外野を気にしてる場合じゃないで!下手すりゃお前、死ぬで!」

 ミトコンが頭をポカポカ殴りながら訴えてきた。正直、こっちの方が気が散る。

 ソークと距離をとって、また睨み合いになる。

 「もういっそのこと、ソークの頭でも消し飛ばしてやればえぇんちゃう?」

 「ダメだよ。そんなことしたら、ソークが死んじゃうよ!」

 「んなこと言ってる場合かいな!こっちが死んじまうって言ってんねん!」

 「おいおい、何一人でブツブツ言ってんだ?随分余裕みたいだなぁ、おぉ?」

 そう言うと、ソークは炎の塊を十数個ほど投げつけてきた。

 どうにか避けていたものの、地面に炎が残ってしまって、最後がすぐに避けられない。大きいけれど、床に散らばった炎を消すよりは早いはずだ。ボクは両手を交互に、何度も振りかぶって、頭上の炎をかき消した。

 しかし、消えた炎の向こうにはソークがいた。

 そのままボクに馬乗りになり、顔面を何度も殴ってきた。

 「ふ、ふヒャヒャヒャ!やっぱり、やっぱりな!やっぱりお前はその程度なんだよ!ちょっとした偶然で調子に乗りやがって!ふヒャヒャヒャヒャ、ふヒャヒャ!」

 殴られたところが少しずつ熱くなってくる。

 「おい、ノア、聞いてんのか?もうこいつの腹に風穴開けて、ハラワタ飛び出させてやれぇや!おい、ノア!ノア!」

 ミトコンがソークのお腹を指さして泣き喚いている。

 「大丈夫だよ。」

 「オイオイオイ、何が『大丈夫』なんだって言うんだよぉ?こんなに一方的にボコボコにされてるだけじゃねぇか!」

 そう言ってソークはそのままボクを殴り続けた。そのせいか、段々と息が荒くなってきていた。

 「ハァ、ハァ、ハァ。こんだけ殴ってればもう限界だろ?ハァ、その涼しそうな顔も、そろそろキツくなってきてるだろ?」

 「そうだね、そろそろ限界かもしれない。だから、やめてもらうよ。」

 「それは、オレに命令してるのか?・・・ナマイキなんだよぉお!」

 ソークの拳が急降下すると同時に、ボクは自分だけが落ちるように地面を消した。

 そして、拳が空を切ったところで、ソークも落とす。上半身全部で振りかぶったからか、顔面から落ちていった。

 「イテテテ。テメェ、何しやがった・・・。」

 ソークは立ちあがろうとするも、すぐに膝をついてしまう。

 「申し訳ないけど、説明してる余裕はないかな。」

 実際、魔法粒子が身体に溜まりすぎて、立っているのもやっとだった。

 でも、今しかない。ボクは残った力を振り絞って、ソークの顔面に拳を打ち込んだ。



 「なぁ、ジィさん。ちょっと聞きたいことがあるんだ。」

 メシを食わせてもらってから、カップを3回くらい空けたころ、ようやくオレは本題に入ることができた。

 「ほぉ、お前さんがワシに聞きたいこととは。珍しいことが続くのぉ。」

 レッジはものすごく嬉しそうだった。いつの間にか目の前に菓子があることからも、上機嫌であることが窺える。

 「実はさ、オレ、プロタンティスが来たんだよ。それで、オレの力も理解した。」

 「おぉ、そうかそうか。それで、どんな力だったんじゃ?」

 「魔法粒子を操る。・・・それだけだってよ。しかも、オレの身体には魔器官が無いらしいぜ。笑えるだろ。」

 実に最高の喜劇だ。だから、オレは泣く必要なんてないんだ。そうだろ、ノゾム?

 レッジは何も言わない。辺りは歪んでしまって、その表情はよくわからない。

 「なぁ、ジィさん。オ、オレ、なんとか強くなれねぇかな。こんな弱っちぃままじゃぁ、オレは、オレは・・・。」

 「そぉか。やっぱりお前さん、ワシのところで働かんかね?」

 その言葉は、オレの心臓を強く握りしめた。

 「チクショォ、そんな気はしてたけどよぉ。あまりにも理不尽すぎやしねぇか?」

 「何を勘違いしておる。お前さんが強くなれないと言ったわけじゃなかろうに。」

 「え、?どういうことだよ。」

 思わず顔を上げると、レッジはタオルを渡してくれた。

 「お前さんの力については、前例もなく何ができるかはまだ見当もつかん!じゃが、純粋に魔法粒子について研究をした先人はいるし、彼らの功績は残されている。」

 オレはタオルで顔を覆ったまま続きを待った。

 「それを学ぶなり、お前さん自身が研究しみるなりすれば、何か進展があるんじゃなかろうか。そのためにはここで働くのは都合が良い。ワシもいくらか助けてやれるじゃろうて。」

 「ジィさんは、オレを助けてくれるのか・・・?」

 「そりゃぁ、当たり前じゃ。というより、ワシを頼りにしてきた張本人が、何を言ってるんじゃか。」

 部屋にレッジの笑い声が広がった。

 オレはまだ顔からタオルを外せずにいた。

・魔の食道は苦味から

私たちの知る、「良薬は口に苦し」とほぼ同義。

昔々、とある戦士が食べるだけで強くなれないものかと思い、世界中の食べ物を食べて回る旅行記に由来する。その旅路でシガームという植物が紹介されていて、それが少なくともこの文献の中では唯一、魔力を増強させる効果があると語られている。ただし、シガームは大人でさえも顔をしかめるほど苦く、そこからこのことわざが生まれた。

派生して、「まずいものを口に放り込まれたくなければ、真面目に魔法の鍛錬をすべき」という意味で使われることもある。特に、若い世代ほどこの用法を用いりやすい傾向にある。

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