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空っぽ二人は箱庭で踊る  作者: ボチノ・ギウセッペ
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Episode 15

 魔法粒子の霧に入るのは、難しそうだった。

 試しに指を突っ込むと、指先が燃えるように熱くなったので、身体が勝手に指を引っ込めた。そして、やっぱり帰ろうかな、なんて頭によぎった。

 ソークとウドーを探しに行かなくてはいけないのはわかってる。ただ、魔法粒子の霧の中にいるなんて思えなかった。どういう訳か、マーチャは二人がこの中にいると確信しているようだったけれど。

 確かに、消去法で考えれば、ここしかない。ただ、ここに来る理由は?ボクが知らないだけで、何かあるのかな。そういえば、ノゾムがこの紫の霧の中から出てきたことがあったけれど、何のためだったんだろう。ノゾムが元気だったら、教えてくれたのかな。

 ふと、空間の抜け道を通る時を思い出す。あそこも魔法粒子で満ちているけれど、こんなに身体を痛めつけるような感覚はなかった。ただ、魔法粒子が身体の中に入って、苦しくなるだけ。

 「まあ、考えてもしょうがないよね。」

 ボクは紫の中へ手を突っ込み、モヤモヤを消した。結構頑張ったつもりだけれど、どうにか自分一人が入れる隙間しかできなかった。

 消え去った物量に対して、あり得ないほどの魔法粒子が身体の中で溢れ出した。

 身体がはち切れそうだった。頭がチカチカした。膝が地面についた。手もついた。

 ボクは無理やり息を吸って、身体の中と、空間の壁の向こう側をつなげた。体内の魔法粒子が、一気に流れ出す。

 なるほど、これを続けていけば、しばらくは魔法粒子の霧の中を探索できそうだ。

 そう思って、顔を上げてみると、せっかく作った隙間は、もう紫が補充されていた。

 うっすらとモヤがはみ出して、ボクの鼻をくすぐった。思わず咳き込んだ。

 おかしいな。ドニスは余裕だって言っていたのに。何か見逃しているのかな。

 考える。霧が揺らぐ。考える。霧がうごめく。考える。

 「・・・よし!」

 ボクはとりあえず突っ込むことにした。やってみたら見えることもあるかもしれないし。

 魔法粒子の塊を、消してはそこへ駆け込み、消しては駆け込んだ。

 身体に特濃の魔法粒子が流れ込んでは、空間の向こう側へと流れ込む。呼吸みたいに、身体が膨らんでは、ギュッとしぼむ。

 とりあえず、まっすぐ進む。進行方向なんて考えていられなかった。

 不自然なほどに、静かだった。地面を強く蹴っているはずなのに、足音が聞こえてこない。

 息が上がってきた。でも、止まればあっという間に身体に染み込んでしまいそうなので、進んだ。

 苦しい。あの二人が本当にこんな場所にいるならば、もう探す意味もないんじゃないか。そう思った。

 でも、進むしかない。この不吉な紫の隅から隅まで探さないと、マーチャは納得してくれないだろうな。そうなれば、ドニスから、また探してくるように言われてしまう。まあ、隅があるかもわからないのだけれど。

 突然、視界が開けた。開けた穴の向こう側に、白くてさっぱりとした感じの空間が広がっている。

 その奥の方で、誰かが座っている。誰だろう。ソークでも、ウドーでもないけれど、もしかしたら何か知っているかもしれない。

 ボクはそちらへ呼びかけようとした。その、白いな空間へ飛び込もうとした。

 前面を全力でぶつけて、初めて壁があることを知った。それは、透明な壁。今まで見たことがないような、透き通った壁。

 特に強くぶつけてしまった額を撫でた隙に、視界は紫に染め上げられた。

 呼吸が。

 ボクは目の前にあった壁を消していた。壁の向こう側で、呼吸を整えながら、そのことを理解した。

 すぐ横の穴は、紫の空気を吐き出している。それは床へ緩やかに広がる。その流れに視線を乗せてみると、すぐそこは床が途切れていて、魔法粒子が流れ落ちていた。

 ちょっと気になって、その落ちてゆくところを覗き込んでみた。

 ずっと先、すごく深いところに、また床が広がっていた。落ちたらあっけなく死んでしまいそうな高さ。そこへ渦巻く紫がゆっくりと降り立って、底を侵略していく。それは広がるたびに薄まっていって、いつか消えてしまった。

 そこに、何かが突っ込んだ。すごく大きい。同時に、あたりが暗くなる。

 紫に突っ込んだそれは、とても大きい。霧は広がっているとはいえ、その全貌を隠しきれない。

 視界に入ったのは、その先端。それを奥へ奥へと辿っていくと、上へ上へと伸びる柱があった。さらにそれを辿ると、同じような柱がもう一つあったみたいで、その合流地点が目に入った。

 ここで、何だか下半身みたいだな、と思った。じゃあ顔はあっちの方にあるな、と考えられる方を見上げる。それはほとんど真上だった。

 目が合った。

 巨大な顔はゆっくりと近づく。それを追って、ボクは真正面を向くことになった。

 「そちらから来てくれるとは思わなかったよ。いやはや、助かるな。」

 その巨大なアンスローは、目を細め、穏やかな、しかしちょっと辿々しい声で言った。

 「えっと、誰?ボクのこと、知ってるの?」

 「あぁ、よく知ってるよ。そしてだからこそ、君、というか君たちアンスローたちに教えなくてはいけないことがたくさんある。」

 そして、「ちょっと失礼するよ」と聞こえたかと思うと、巨大な手がボクを包み込んだ。ドニスと初めて会った時を思い出す。でも、その時よりもずっと大きく、でも、優しい手だった。だから、抵抗する気にはならなかった。

 ボクは手のひらに乗せられた。そして、大きな箱を一望することになる。

 「さて、君が何を知っているかなど、私は知らないし、確認するのも面倒だ。だから冗長かもしれないけれど、ゼロから説明させてもらうよ。」

 箱の側面の一つ、下の方。ボクが開けた穴がある。相変わらず、妖しいモヤを吐き出している。ボクはあの箱から出てきたのだと、改めて思い知らされた。

 「もう気づいているかもしれないが、この箱の中身は、君たちが生きてきている世界だ。Kを名乗る科学者が作り出し、原始のスープとやらから生き物を発生させ、時間加速で進化を促す。君たちはその経過だ。」

 「カガクシャ?ゲンシノスープ?じかんかそく?えっと・・・、よくわからないな。」

 「少なくとも、今はその辺りはわからなくてもいい。重要なのは、君たちはKの実験の結果として生じた生き物だ、ということだ。」

 大きなアンスローは、箱の上面にある突起をスライドさせた。後で聞いたことだけど、こうすることで箱の中の時間の速さを変えられるらしい。

 「生き物を作り出すかぁ・・・。何だかすごいことをしてるね。」

 ボクはちょっとワクワクしていた。しかし、振り返って見えたのは、悲しいというか、諦めというか。とにかく、ボクと同じように感じてはいなさそうだ。

 「生き物を作るというのは、私たちの世界では、禁忌だ。なぜ、とは問わないでくれ。私だって、明確な答えを知っているわけでもない。答えがあるかすらもわからない。」

 「でも、それはいいことじゃないかな?仲間が増えるって、幸せなことじゃない?」

 ボクの問いかけの答えは、薄い青のような、嘘の笑顔だった。

 「幸せなら、よかったさ。たとえ、誰も彼もがKを批判したとしても。だが、あいつは、Kは、その幸せを成り立たせるほどの強さはなかった。そもそも、私たち自身、そのような種類の強さを持っていないのかもしれない。」

 「えぇっと、何の話?」

 しばらくの静寂。冷たい静寂。

 「・・・今のは忘れてくれ。それは本筋ではなかった。あれを見てくれ。箱の下に、鉱石が敷き詰められているだろう。」

 身体をひっくり返して、その指差す方を見た。箱の下はちょっとした空間があって、その中には石が敷き詰められていた。魔法粒子の霧を思わせるような、いや、それよりも深い紫。崩れずに不自然な積み上げられ方をしているけれど、よく目を凝らしてみると、あの透明の壁があった。

 「あれはKが見つけてきたものだ。あいつはヌォーヴォ・ソーレなんて洒落た名前で呼んでいたかな。まあ、面倒なので新鉱石と呼ばせてもらうが。それでだ。新鉱石は膨大なエネルギーを秘めているそうだ。だが、なぜエネルギーを有しているかはわからなかった。まあ、あいつの専門は生物進化創造学とかいうゲテモノだったし、無理もないだろう。」

 ボクは、その何とかソーレという石に目を奪われた。指先のギリギリに立って、顔を乗り出したところを、「危ないからやめてくれ」と止められたくらいに。

 吸い込まれるような紫。エネルギー。箱の下。つまりそれは、ボクが生きてきた世界の地面の下。

 「もしかして、大地の恵みって、あの、何とかソーレから出てるってこと?」

 大きな顔に問いかけると、口角がグイッと上がった。合っているらしい。

 「話が早くて助かるよ。Kのやつ曰く、大地の恵みは生物には、本来、致死的なものだ。Kはそのエネルギーを利用するために、自身の専門も踏まえて、その毒とも言えるエネルギー下で生物を作り出すことにしたんだと。知識というのは、深すぎると精神的な視野狭窄でも起こすのだろうかね。」

 なあ、と問いかけられたものの、よくわからないので、はにかんでおいた。

 「ふむ。難しかったかね。・・まあ、一度、最後まで話させてもらおう。話を中断するのは好きではない。」

 そう言って、巨大なアンスローはボクを手のひらに乗せたまま歩き出した。ボクが出てきたあの箱に背を向けて、まっすぐに歩く。2、3個ほど、似たような箱の横を通ると、目の前に透明な壁が現れた。

 その向こう側は紫のモヤは無く、向こう側がよく見えた。

 何が見えたかと言えば、4本の木。でも、木に見えたのは形だけで、よく見れば肉のような柔らかさがありそうだった。そっと呼吸をするときの胸元のように蠢いていたからわかった。

 「これは、Kの実験の成果だ。同時に、君たちに謝らねばならないことでもある。」

 「謝る?一体、これは何なの?」

 巨大なアンスローは髪をグシャグシャといじりながら、大きくため息をついた。そして、何か話しそうな口元をしてから、もう一度ため息をついた。

 「・・・あれは、ソーク、ウドー、リモス、そしてネローの成れの果てだ。」

 「・・・そっか。」

 「『そっか』・・・か。もっとこう、激昂すると思っていたのだがね。」

 足元が、つまり大きな手のひらがジンワリと湿り出した。

 「まあ、ソークとウドーはずっと探してて。でも見つからなくてさ。だから、マーチャには、あ、ボクの仲間のことね。マーチャには言わなかったけど、もう生きていないんだろうなって思っていたからさ。悲しくないわけじゃないけど、まあ、そこまで驚かなかったかな、って。」

 「ハハ。何ともドライな。まあ、私は嫌いじゃないよ。あっさりと信じてしまうところも、可愛いじゃないか。」

 「うぅん、そんなに変なこと言ったかなぁ・・・。まあ、でも、これはケーがやったことで・・・。えっと、名前、聞いてなかったね。」

 名前のわからないアンスローを振り返ると、目は合わなかった。どこか遠く、壁の向こう側を見透かそうとしているみたいだった。

 「・・・じゃあ、あいつに倣って、Oとでも名乗っておこうか。」

 「オーがやったわけじゃないんだから、謝ることはないでしょう?そんなに悲しそうな顔をしないでよ。」

 「だからこそさ。もっと、あいつと関わってやっていれば・・・。おっと、それはいい。もう一つ話さなければいけないことがあるんだ。」

 今度は、ボクたちはまた箱の前に来た。それはボクが入っていたものとは反対側の壁にあって、底には紫の石はなかった。だから、箱の中には魔法粒子の霧はない。でも、見たことのない植物が鬱蒼としていて、結局、中は良く見えなかった。

 「これも、Kが作ったものだ。ただ、君たちの世界とは違って、こちらは新鉱石のエネルギーを与えていない。そのかわり、昼夜の温度差を極端にしたり、重力をメチャクチャにしたりで、要するにヒドい環境にしているというわけさ。」

 ここまでの話を聞く限り、ケーは生き物を作っていたらしいことはわかった。でも、こんな環境に生き物なんて生まれるのかな。

 説明の続きを待ちながら、箱の中を眺める。すると、葉がガサガサとしているのが見えた。風が吹いたんじゃなくて、いろんなとこが自由にガサガサしている。

 そのうちの1箇所を見つめていると、何かが顔を出した。羽毛で包まれた頭部には真ん丸とした眼がついていた。視線が合うと、その生き物は嘴をカチカチと鳴らし出した。

 そして、木々に隠れていた羽を大きく広げ、こちらへ迫ってくる。その胴体は脚が4つついているみたいで、その走り方はコヌーを思い出す。

 大きく口を開けたまま、その生き物が迫ってくる。それによって、その生き物が大きいことがわかってくる。脚だけで、ボクの身長を追い越していそうだ。

 明らかに、ボクを襲いに来ている。でも、何もする必要はない。だって、予想通りに、その生き物は透明な壁に激突して、その場に倒れてしまった。それはよく見れば、アフーラを襲ったインクレムの一種だった。

 「まあ、見た通りだよ。Kはこの箱庭で物理的強度を誇る生物を作り出して、君たちの街を襲わせていたのさ。」

 「へぇ、そうだったんだ。でも、なんで?」

 オーはまた、小さくため息をついた。

 「何だか、あっさりとしすぎじゃないか?説明するだけだというのに、調子が狂うな。」

 「まあ、いいじゃん。それで、なんでケーはそんなことしたの?」

 「・・・君たちの文化水準を上げるためさ。記録によれば、君たちの祖先は魔法に頼り切った生活をしていて、科学技術は未発達だったのだと。だから、魔法で対処不可能な事象を起こそうとしたわけさ。まあ、その結果として、魔法が発達したのは何とも滑稽なことだ。」

 オーはひとしきり笑ってから、「まったく、あいつらしい」なんて暗く呟いた。

 「えっと、要するに、もうアフーラにはインクレムは来ないってこと?」

 「まあ、そうではあるが・・・。話は聞いていたのか?」

 「大丈夫!」

 オーは目元を抑え、頭を横に振っていた。

せっかくここまで読んでくださっているのに、遅くなって申し訳ないです。

書いていると頭がおかしくなりそうなときって、どうすればいいんでしょうか。

フシギ。

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