Episode 14
ようやく回復してきたところで、ボクはヒナを探していた理由を思い出した。
そうだ、ドニスのところへ行かなくてはいけない。
ヒナは一通り泣いた後、眠ってしまった。
こんな状態だし、ボク達の特訓は少しばかりお預けになるだろう。でも、だからと言って、黙ってほっぽってしまっては後が怖い。ドニスがこの状況を、見ているだろうけどもだ。それで何回、ドニスやローズにどやされたことか。
ボクは渋々、今ある力を全部振り絞って、ドニスの元へ向かった。
ドニスは、アフーラのすぐ近くに、自分の空間を作り出していた。
「おぉ、ノア。やっと来たか。大変じゃったのお。」
「・・・やっぱり見てたんだ。それなら、助けてくれてもよかったんじゃない?」
ボクはヒナを降ろした。それをドニスが尻尾で自分の方に引き寄せて、膝の上にのせた。そのまま、ドニスはヒナの鼻をつまだり、頬をつついたり、遊び出した。
「いやぁ、あのノゾムとかいうヤツ。全然強くなかろう?あんなのにワシが手を出したとなれば、ワシのプライドに関わる。それに、オマエだって、ヤツに苦戦することはなかったじゃろうて?」
ドニスは、後ろを振り返って、「なぁ?」と賛同を求めた。
その視線の方にいたのは、マーチャだ。膝を抱えて、俯いてしまっている。
「知らんわ・・・。」
マーチャの声はか細かった。
「・・・マーチャに何かしたの?」
「いやぁ、アイツがあんまりにも、うるさかったもんでな。で、ちょうどヒナ襲われていたもんだから、見せてやったんじゃ。いやぁ、大興奮で見てくれてのお。すっかり疲れ切ったみたいじゃ。」
ボクの質問に、ドニスはにこやかに答えた。
「ふっざけんなや!」
マーチャが叫んだ。
「あんなもん見せられて、楽しいと思っとんのか?アンタら、仲間なんやないんか?」
マーチャは身体中から炎を少し、チョロチョロと吹き出させながら、叫んだ。
ドニスはため息をついた。
「嫌ならば、泣き叫ぶばかりでなくて、助けに行けば良かったではないか。そもそも、オマエはここから出すよう頼んだが、ちょっとイジワルで断られただけで、それもたった一回断られただけで、みすぼらしく縮こまってしまったではないか。さらには、自力で外に出ようという気概すらなかったではないか。」
マーチャは、ドニスを睨みつけた。でも、その険しい表情は哀に染まって、泣き崩れてしまった。
「ま、まぁ、皆んな無事だったんだから、いいじゃん!ね?」
マーチャは何も答えてくれなかった。・・・気まずい。
「あ、そうだ!ちょっと、ノゾムが心配だから、見てくるね!」
ボクは空間に穴を開けて、ここから逃げ出した。まだ身体が回復しきる前に魔法を使ったせいか、腹の底が刺されたように痛んだ。
意識が飛びそうになるのを堪えて、どうにか、ミルの家があった場所に飛び出した。
ノゾムがいるであろう地下への入り口は、なぜか扉が壊れて外れていたので、すぐにわかった。
穴を覗き込むと、ノゾムはミルの首を絞めていた。
それを見て、ボクは一瞬、助けに行くのを躊躇してしまった。
なぜなら、ミルは首を絞められているというのに、穏やかな表情のまま、ノゾムを抱きしめていたからだ。
これは噂に聞くところの、「そういうプレイ」なのかと思った。でも、よく見ればミルの顔が真っ白になっていた。
ボクは地下へと飛び降りて、ノゾムを吹き飛ばそうとした。でも、今度はヒナの時よりもずっと強い力で締めているのか、ミルも一緒に飛ばされてしまった。
それを皮切りに、ミルは胴体を激しく膨らませては萎ませて、涙を流し始めた。
無理をしてまで、空間を突き破るんじゃなかった。もう、ノゾムの意識を消す力はない。まあ、無理をしなければ、ここに来れていないんだけれども。
ノゾムの手を、指を引き剥がそうとした。でも、ノゾムの握力は強かった。ボクが疲れ切っているからかもしれないけど、ビクともしない。
ミルの収縮がさらに激しくなった。でも、その目はノゾムを見つめ続けている。
その眼差しに、ボクは恐怖を覚えた。どうしてかはわからないけれど、サニアの王がローズと対峙した時を思い出した。
気がつけば、手を止めてしまっていた。ボクはハッとして、またノゾムを引き剥がそうとした。
剥がれない。
ミルの瞳が、縮こまった。そして、濁り出す。
ヤバい。ボクはヤケクソになって、ノゾムをただただ殴っていた。
顔を、胴を、脚を殴った。でも、ノゾムは緩まなかった。
思えば、昨日の夜から、ずっと動きっぱなしだった。すぐに息が上がってしまう。
どうすればいい?どうすればノゾムは止まる?
必死に考える。でも、何も浮かばない。
そのとき、ミルがノゾムの方へ、手を伸ばした。
頬を撫で、耳元を辿り、首の後ろへ手が回る。そのまま、ノゾムを引き寄せる。ノゾムはガッチリとミルの首を離さないと言うのに、素直に引き寄せられた。
ミルは、口を動かした。きっと、何かを言っているんだけど、首を絞められているのだから、音になることはなかった。
そして、ミルはノゾムと唇を重ねた。
ミルは、満足そうに微笑んだ。直後、その全身の力が抜け落ちてしまった。
同時に、ノゾムの手が緩む。そのまま、倒れ込んでしまった。
何が何だか、よくわからなかった。目の前で倒れたのだから、何かすべきなんだろうけれど、困惑のあまりボクは二人をただ眺めていた。
「いやぁ、あのときは、本当に大変だったんだからね!」
ミルが大爆笑で語ったのは、オレがミルを殺しかけた日のことだった。
ここは病院があった場所の地下室。地下室といっても、ここは他の建物とは違って、普段から使われていたようで、設備が充実していた。
例えば、檻。オレはあの日、発見されてからすぐにここに入れられたそうだ。まあ、そりゃそうだ。
こんな様になっても、ミルはオレに会いに来てくれた。それも、1日に何度もだ。
ここに来てから2日ほど、ミルは来るたびに「おはよう」と声をかけてきた。朝も昼も夜も、ときにはここを去ってから20フンも開けずにまたきた時でさえ、「おはよう」といった。ものすごい悪い滑舌で。
だいたい、4日が過ぎた頃、ようやくミルと会話ができるようになった。というのも、それ以前は、ミルはオレの目の前でニコニコしたり、たまに首元を抑えながら息を荒げたり、はたまた、檻にベッタリとくっついてオレを見つめてきたりと、ただそこにいるだけと言った感じだった。
久しいミルとの会話は、ミルの「ごめんね」から始まった。そのときは、逆にオレの方が何も話せなかった。まあ、元からミルにかける言葉なんて、オレには備わっていなかったのだが。
ミルは長い時間、息を吸えていなかったので、身体がおかしくなったそうだ。ヒナの魔法で治せるらしいが、すぐには全快とはいかないらしい。ミルの状態がかなり悪いというのもあるが、街には負傷者が多く、死にそうなヤツから対処していくと、ミルは後回しになってしまいがちなんだそうだ。
それから10日ほどは、ミルの「おはよう」は、1日に4回ほどになった。前日にされた話を全く同じことを聞かされた日があった。幼児のような話し方をすることもあった。
ミルの状態を目の当たりにするたびに、死にたくなった。もちろん、ミルに会いたくないわけじゃない。むしろ、ミルだけが今の安らぎとも言える状態だった。でも、こんな自分に安らぎがもたらされているということに、罪悪感が強かった。
オレをとびっきり罵倒してくれれば、ラクだったのだろうか。ミルがオレに絞首を施してくれれば、幸せだったろうか。
そして今、ミルはすっかり普通に喋れるまでに回復した。ただ、まだ手がうまく動かないようで、鉄格子越しに重ねた手のひらが、震えていた。
「はぁ。自分で治せればいいんだけどね・・・。そうすれば、今すぐにノゾムの手の温度だってわかるようになるのに。ヒナって本当にすごいのね。」
鉄格子の隙間から、オレはミルの手に指を絡めた。ミルの指が強く震えながら、指を曲げようとした。
ミルの顔が歪む。指がちょっと曲がっては戻ってを繰り返す。
気づけばオレの手も震えていた。オレの指にも力が入らなくなっていた。
重なった手が、離れた。オレが離した。
「あ、えっと・・・。ごめんね。」
ミルは涙を拭いながら、そう言った。
オレは、何も返すことはできなかった。それなのに、ミルは次の日も、さらに次の日も、ここに来てくれた。
あの惨劇から季節が二つ変わって、ようやく街が戻ってきた。
元の情景を取り戻しつつも、一部、奇抜な色合いの建物が並ぶ地帯があった。そこは、ドニスが復興させた場所だ。
ボクやマーチャを鍛えているとき、ふとアフーラの復興作業を見て、面白そうだと思ったらしい。すぐに、ドニスは広場のすぐ近く、よく目立つ場所に、好きに建物を建てさせてくれなんて言いだした。
初めは皆んな嫌そうな顔をしていたけど、ドニスが他の部分を手伝ったおかげで、あっという間に街がなおっていくので、次第に誰も文句を言わなくなった。
街があらかた戻ってきたところで、またインクレムがやってきた。あの大惨事のときと似たような形のそれは、今度は炎だけでなく、水や金属を飛ばしてきた。
でも、街はほとんど無傷で戦闘が終わった。ドニスは自分が造った建物が壊されたくないと、街の皆んなを徹底的にしごいたからだ。
その後も、何度もインクレムはやってきた。本来であれば、とっくにもうやってこない時期だったのにも関わらず、やってきた。でも、そのたびに街中が奮起して、やっぱり街は傷つけられることは無くなった。
「なぁ、ドニス。そろそろ、魔法粒子の霧を調べに行かせてくれへんか。」
インクレムを撃退して、まだまだ余力のあるマーチャは、ドニスに発散させてもらっていた。
「そうは言ってもなあ。オマエは、まだ弱いじゃないか。今日だって、インクレムの攻撃を2、3度、避けられておらんかったろう?」
「あんだけ数がいれば、仕方ないやろ?それに何度も言ってるやろ。早い方がいいって!」
マーチャはドニスの胸の前に手のひらをかざし、ドニスを包み込むくらいの炎を出した。
「ホレ、焦るからこうなる。ちゃんと集中していれば、あの時も避けられたろうて。」
ドニスはいつの間にかマーチャの背後にいた。そして、マーチャの頭をポカッと叩いた。
「何度も言っておろう?その程度の魔力の感知力であれば、あの魔力の暴力ともいえる空間は生き残れん。無駄じゃ、無駄。ワシ、一番嫌いなんじゃ。『愛する人のため!』とかほざいて、出来もしないことをやるヤツ。」
マーチャはいつものようにドニスを睨みつけた。でも、ドニスもまたいつものように、遠く深い目を一瞬、チラつかせる。そして、マーチャが舌打ちして、背中を向けてしまうまでがお決まりの流れだ。
「あぁ、そうだ。ノゾム。オマエなら、もう余裕で探しに行けるじゃろうて。マーチャもうるさいし、ちょっと行ってこい。」
「そ、それなら、ウチもついて行かせて欲しいわぁ。えぇやろ?」
唐突のドニスの指名。マーチャは必死な顔で、「なぁ?なぁ?」とボクに迫ってきた。
「ハァ・・・。ノゾムよ。このバカは気にしなくていいから、さっさと行ってこい。オマエが実際に見てきて、それを聞けば、このバカも大人しくなるじゃろう。」
ドニスは疲れ切った声でそう言いながら、マーチャ腹のあたりに尻尾を巻きつけて、宙に持ち上げた。
当然、マーチャは暴れた。自爆もいとわないと、炎を尻尾にぶつけまくる。それだけでなく、ドニスの尻尾に噛みつくこともあった。
これらがドニスにダメージを与えることはないけれど、こんなに手のかかる相手は初めてだそうだ。ここ数日、どうしていいか分からずに頭を悩ませるドニスを見ることができた。
ドニスなら、マーチャを半殺しにしてでも言うことを聞かせることができるはずだ。でも、前にそれを聞いてみた時、ドニスは、それじゃあ面白くなかろう、なんて笑っていた。よくわからない。
そんなことを思い出しながら、ドニスとマーチャを眺めていると、さっさと行けと言わんばかりに、ボクに向かって、手で空を追い払って見せた。
街が半分ほどなおった頃、オレは地上へ移された。
とは言え、相変わらず檻の中だった。魔法を微塵も使えないのも、相変わらずだ。
檻に入ってどれくらいの時間が経ったかよく分からないが、ミルは変わらず、毎日、何度も何度も来てくれた。
ミルはすっかり元気になったようで、いろんな話を聞かせてくれた。
例えば、山の木々は生き残っていて、葉が赤らいできたこと。
畑が燃えて残念だけど、その跡はいい肥料になるので、次の作付けが楽しみということ。
ドニスが造った変な建物が一部で妙な人気を得ていて、ソイツらがドニスを崇拝し出したこと。
魔法粒子の霧に突っ込もうとするマーチャとそれを追いかけるドニスが街のいつもの風景になっていること。
ザードがローズと仲良しなあまり、ミルとはあまり関わらなくなってきたこと。
ヒナは回復魔法と愛想の良さから、街の人気者になってしまったこと。
すっかり寒くなってきたこと。
寂しいこと。
「ノゾム・・・。ノゾムのために、アタイにできること、ないかな。こんなこと聞かれても、困っちゃうんだろうけど、何かあったら、いつでも言ってね。」
ミルはそんなことを言って、泣いている。ここ最近はずっとこうだ。
「・・・ねぇよ。オレはクズだ。わざわざ毎日会う価値なんてねぇんだよ。それに、ヒナほどではないにしろ、回復魔法がメキメキと上手くなってる、とか言ってたろうよ。ヒナと一緒にいた方が、楽しいんじゃねぇの?」
オレは背中を向けたまま、またこんなことを言ってしまった。
残念だけど、オレはこんなクソッタレな物言いしかわからないんだ。ミルの優しい言葉にどうにか応えようと、何度も考えたんだ。何十日も考えた。
でも、オレにはできない。というか、またミルを壊してしまいそうで、怖い。そんなことに、気づかざるを得なかった。
「ノゾム、アタイは来ない方が良かったかな?」
オレはまた答えなかった。卑怯者。
ミルは静かに待っている。オレは自分の呼吸が聞かれるのが嫌で、必死に口を押さえていた。
そうして、しばらくしてミルが去っていくのが、これまたいつものことだった。
「また来るね。」
そんな日々が続いていたある日、ちょうどミルが来ていた時間、インクレムが襲ってきた。窓からよく見えた。
インクレムどもは前回と同様に、街を襲いかかった。
でも、街のヤツらは妙に強くなっていた。街はほとんど傷つかなかった。
何があったのだろうか。オレはミルに聞いてみようと、振り返る。
空っぽの椅子。
ミルはいなかった。・・・まあ、そうか。そうだよな。
街中に、インクレムの鳴き声が響き渡る。
出ろ。手伝え。出ろ。ミル。殺す。殺す。殺す・・・
そんな意味を携えて、オレの元へ届く。
でも、なんだか何もかも、どうでも良くなった。オレはうずくまって、耳を塞いだ。
それから何度もインクレムがやってきたけど、次第に何も感じなくなってきた。




