Episode 13
「ねぇ、ノゾム。あの頃みたいにさ、いろんなことを、また話そうよ。そうすれば、きっと、うまくいくよ。」
ノアが、オレの肩に手を置いた。わざわざ、両方の肩に。
静かになった。
視界が急に真っ白になったかと思うと、次の瞬間には、ノアが尻もちをついていた。
オレの両腕が、まっすぐに伸びている。あぁ、オレが突き倒したんだ。
「えっと、どうしたの?教えてくれなきゃ、わからないよ。」
ノアはやっぱり、軽い笑顔をオレに向けてくる。
やめろよ。
オレだって、もうわからねぇんだよ。どうすれば良かったんだよ。
ノアが、一歩近づいてくる。オレの喉元が、恐怖に染まった。
精神は、たまに身体からはみ出ているんじゃないかと思うくらいに揺らいでいる。でも、それを自覚できるほどに、頭がスッキリとしていた。
魔法粒子を高速回転。その数は、ちょっと数えるのがめんどくさいくらいに至る。
苦しかったのが嘘のような、万能感を感じた。今ならなんでもできる気がした。ノアを殺せる気がした。ヒナも殺したくなった。
ノアがさらに、歩みを進める。
魔法粒子の操作が少し乱れた。後ろの方の二つが衝突した。
その瞬間、レッジが死んだ瞬間を、オレが殺してしまった瞬間を思い出す。でも、それは特に感情を伴うことなく、ただの事実として頭を、口を、喉を、胸を通り過ぎていった。
オレはいつの間にか、後ろに魔法粒子の壁を作っていた。
また、レッジの顔が浮かぶ。かき消した。
これだけの密度で、5、6層も。オレはこんなにも力があったのか。
イケる。もう惨めったらしいのは終わったんだ。今度はオレが、見下してやる番だ。
ノゾムに突き飛ばされた。
ローズが出会った頃、ボクに浴びせてきた魔法を思い出す。あれはヒナがいなかったら死んでいたと思う。
あれからローズは、ずいぶんと変わった。もうボクに当たることは無くなった。特訓の時を除いて。
ローズはこっちにきてから、楽しそうだ。だから、ノゾムだって変わるべきだ。
とりあえず、何か声をかけた方がいい気がする。
ノゾムに近づこうと、一歩。すると、ノゾムを取り巻く魔力が、急にザワザワしだした。
ローズに何度も殺されかけた時のことを思い出す。でも、大丈夫だ。ローズに比べれば全然怖くない。
また一歩進むと、ノゾムの後ろで爆発が起こった。
不思議なことに、ノゾムの背後に透明な壁があるみたいに、爆発は平たく途切れていた。
もしや、ノゾムも空間をいじくれるのかな。だとしたら、ちょっと大変かもしれない。
ちょっと後ろを見てみる。ヒナはまだ苦しそうだ。でも、きっとヒナなら大丈夫。
そう思ってノゾムの方を向き直すと、あのザワザワした魔力が、ボクのすぐ目の前まで迫っていた。
ノアが後ろを向いた。隙ができた。
魔法粒子を、こんだけわかりやすく回しているっていうのにだ。
舐められてる。見下されている。オレなんて、オマエにとっちゃ、片手間で済む存在だとでも言いたいのかよ。
死ね。もう、死んでくれ。オレの目の前から、消えてくれ。
魔法粒子を全部、ノアの方へ飛ばした。
目標地点は、ノアの喉元。全部を一箇所に送り込んで、同時に魔法粒子を崩壊させる。
魔法粒子がノアの元へ到達するまで半分のところで、そんな精密操作はできないだろうと、ちょっと冷静になった。
そして、急激に、膨大な後悔がオレを飲み込んだ。
残り4分の1といったところで、オレはそれを振り払った。オレがこうなっているのは、オレのせいじゃない。オレのせいじゃないんだ。Kがこんな世界を、この箱庭を作ったのが悪いんだ。
全ての魔法粒子が、一点に収束する。
爆発は起こらなかった。起こるはずだったその瞬間、ノアは収束点でちょっと片手を振りかぶっただけだった。
魔法粒子が、消えた?
オレがようやく到達した、全力の一撃を、消した?
オレは、ノアの片手間で済む存在だっていうのか?
認めたくない。そう思うよりも先に、オレはまた、魔法粒子を飛ばしていた。
今度は、ノアの額と胸元に半分ずつ。
さっきよりも、少しばかり複雑な操作。今度はイケると思った。
でも、結果は同じ。ノアは一歩後ろに引いて。今度は腕を縦に振り下ろした。それだけで、オレの攻撃は無かったことにされた。
なら、3、いや、4箇所同時なら!たった二つの魔法粒子の衝突でさえ、あれだけの威力があったんだ。
狙うのは、二つの二の腕と、片目と、片足。
しかし、それはオレの限界を越える操作だった。魔法粒子は反発し出す距離にすらならず、ただノアを横切るばかりだった。
ノアは、辺りを警戒している。
もうやめてくれよ。オレは失敗したんだ。もう、何もねぇんだよ。
ノアは警戒を解かない。オレなら何かやりかねないと言わんばかりに。
オレは、オレは・・・!
オレはノアへ殴りかかっていた。きっと、魔力抜きであれば、勝てると思ったのかもしれない。
でも、ノアには魔法を使わない理由はない。
オレの拳が空気を擦った。そしてすぐに、後頭部に軽い衝撃を受ける。
レッジがオレを小突いた。そう思えるような、感触。
それだけなのに、意識が薄れていった。
怖いような、落ち着くような。
ぼんやり。
「ノゾム様は、一体どうされてしまったのでしょうか。」
ボクの肩にグッタリともたれかかるノゾムの頭をそっと撫でながら、ヒナが言った。まだ、呼吸は荒く、声はカスカスだ。
「わかんない。どうすれば、昔みたいに、仲良くしてくれるんだろう。」
冷たい風がボク達の間を通り抜けた。
ヒナのくしゃみ。それをきっかけに、ヒナは咳き込んでしまった。
「まあ、今日は帰ろうか。明日考えよう。」
木々をかき分けて、ボク達は壊れた街へ歩いた。
思ったよりもノゾムの攻撃を消すのに疲れてしまったみたいで、余計に空間の抜け道を作るくらいまで、復活が遠のいてしまったからだ。
途中、ヒナは何度も転んでしまう。どうにかしてあげたかったけれど、ノゾムを背負っているから、ボクは何もできなかった。
そのたびに、ヒナは声を振り絞って、「大丈夫です!」とか、「早く帰りましょう!」と言ってくれた。
ヒナは強いな。ボクもこれくらいに強ければ、ノゾムを助けることはできたのかな。
いや、ノゾムはヒナの首を絞めていた。足りないのかもしれない。
木々生い茂るところを通り過ぎた頃、ボク達はもうフラフラだった。
無理もない。もう、空が明るくなり始めていた。
ふと、瓦礫が散らばる中を、誰かが走り回っているのを見つけた。
何かを探しているようだったけど、ボク達に気がついて、一目散に駆け寄ってきた。
「ヒナ!ノゾム!どこ行ってたの?」
それは、ミルだった。
ミルはボク達のすぐ目の前まできたところで、息を切らせながら、フラリと身体の力が抜けていってしまった。
倒れ込みそうなところを、腕で支えて、どうにか座り込むだけで済ませる。
そんな様子を見ていると、急に疲れ切っていたことを思い出す。ボクもつられて、そのまま座ることにした。
なるべく瓦礫が少ないところに、ノゾムを横たわらせる。それと同時に、ヒナがボクの方へ倒れ込んできた。
「ヒナ!」
ちょうどボクの膝に転がり込む形となったヒナの顔を、ミルが覗き込んだ。
「大丈夫ですよ・・・。ほんとに、ちょっと、疲れてしまっただけですから。」
ヒナの声は、まだ少し掠れていた。
「大丈夫には見えないわよ!こんなに身体中に傷をこさえちゃって・・・。こんなのも治せないくらいに弱っちゃって。」
そう言うと、ミルはそっと、ヒナに手をかざして、目を瞑った。
しかし、ミルも魔力はないも同然だった。ほんのちょっとヒナの傷を治したかと思うと、それ以降は何も変わらず、やがてミルは息を切らしてしまった。
「ゼェ、ゼェ・・。そういえば、アタイももう限界だったわ。なんか、ごめんね。」
それに、ヒナは何も言わず、震える笑顔で答えた。
「ところで、ウチのおバカさんは、一体どこで何をしてたのかしら。」
ミルはムスッとしながら、ノゾムを指差した。
「えっと・・・。疲れてたんじゃないかな。急に暴れ出して。おとなしくなってくれるまで、大変だったよ。」
「そう・・。まったく。迷惑かけるのは、せめてアタイだけにして欲しいものね。」
ミルは身体を引きずって、ノゾムの方へ寄った。そして、頭を撫でたり、頬をつねったり、涙を流したり。
「じゃあ、アタイは一旦、おバカさんと一緒に帰るわ。もう眠くって、眠くて。」
ミルはあくびを噛み殺しながら、ノゾムを背負って、立ち去ってしまった。
ヒナはミルのところでお世話になっているから、ボクが背負ってあげようと思ったけれど、ヒナはまだ動きたくないと言うので、二人でその背中を見送った。
ミルがもう見えなくなった頃、ヒナが震え始めた。
そして、大声で泣き出した。ボクの服をグシャリと握りしめて、掠れた声を目一杯に。
その頭を撫でると、ヒナはボクに顔を埋めて、もっと泣き出した。
「ワタクシは弱い」、「怖かった」。合間あいまに、そんなことが漏れ出していた。
街のある方、少し遠くでは、地面の扉が次々に開き、そこから皆んなが這い上がってきていた。
手足が思うように動かなかった。
身体には布がかぶさっていたので、どうなっているかが見えない。
すぐ目の前で、ミルが寝息を立てている。
天井には、四角い空がある。たぶん、ここは地下室だ。
夢だったのか。妙に素早く流れる雲を眺めながら、そんなことを考えた。
すると、頬にバチンと、衝撃が走る。
ミルが目を覚ましたようだ。頬には、ミルの手がそのまま乗っかっていた。
「おはよう。」
ミルが静かに、低く声をかけてきた。
明らかに怒っている。でも、涙が溢れてやまないのは、怖いわけじゃ無かった。
情けなく泣きじゃくるオレをミルは光のない目で見ていたけれど、すぐに硬い表情を崩して、オレを抱き寄せた。
「アタイがちゃんとそばにいるから、ノゾムもアタイのそばにいてよ。」
声は出せなかったけど、オレは必死に首を縦に振った。
それは結果として、ミルの胸元を、頭で弄ぶ形になってしまったので、ミルはオレを突き飛ばした。
顔を赤ながら、ミルは笑っていた。一筋の涙が、とても綺麗だった。
ふと、オレは身体中に縄を巻きつけられていたことを知った。ミルが突き飛ばしたおかげで、オレは布から飛び出したから顕になった。
「何も言わずに、何度も飛び出すノゾムが悪いんだからね?」
そしてミルは、「もう大丈夫そうね」と言いながら、縄を切ってくれた。
なんとなく、後ろに回されていた手を目の前に持ってくる。
その手の甲には、何かが突き刺さっていたような跡。
ヒナの点となった目が頭をよぎる。
「ちょ、ちょっと!ノゾム!どうしたの?!」
これは後から聞かされたことだが、オレはこのとき、急に叫び出したらしい。
そして、地面でのたうちまわって、押さえ込むのが大変だったと。たまたま様子を見にきたノアがいなかったら、オレはミルを殺しかけていたそうだ。
でも、最後のはきっと嘘だ。オレがあまりにも醜いもんだから、嫌がらせをしようとしているに決まっている。
皆んな、皆んな、オレのことなんて嫌いなんだろ?わかってんだよ。
嘘だよな?なぁ、嘘なんだろ?




