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空っぽ二人は箱庭で踊る  作者: ボチノ・ギウセッペ
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Episode 12

 かつてミルの家があった場所は、着いて仕舞えばすぐにわかった。

 瓦礫の山の隣には、灰が被った開けた部分があったからだ。それは畑だったモノ。せっかく植え付けが終わったばかりだというのに、それが燃え尽きてしまったようだ。

 家の裏からは、サラサラと水の流れる音が聞こえてくる。真っ暗でほとんど見えないけれど、川の様子がありありと頭に浮かんだ。もっとも、その情景はインクレムの襲撃の前だから、次に寝て起きた時に、同じモノが見れるとは限らないが。

 「ちょっと、ノゾム!手伝いなさいよ!」

 ミルは、持ち運びの小さな炎を頼りに、家だった瓦礫をどかして何かを探していた。

 あぁ、今ミルが持っているのは、台所の壁だな。

 オレの身体はミルの元へ歩み寄り、ミルの真似をしだした。

 床らしき部分が露出した。そこには引き戸があった。ミルの家にはそこそこ長く居ついていたのだけれど、知らなかった。いや、よく考えれば、この辺りには布が敷いてあったような気もする。

 ミルが引き戸の金具に手をかけ引っ張る。しかし、中々開かなかった。

 「ちょっと、手伝ってくれてもいいでしょ?!」

 ハッとして、オレはミルの隣に並んで、一緒に金具を引いた。

 しばらく二人で引っ張っていると、戸は急に開き、その勢いで外れてしまった。

 床に叩きつけられた尻が痛い。

 ふと、ミルを見ると、こちらにキョトンとした目を向けていた。そして、急に笑い出した。

 「アハハ。まあ、ずっと使ってなかったらしいからね。アハハ!」

 ミルは転んで付いてしまった塵を払い、床下へと飛び込んだ。

 よくわからないままその穴を眺めていると、ミルの顔が戻ってきた。

 「何してんの?扉は壊れちゃったけど、外で寝るよりはずっとマシでしょ。早く降りてきなさいよ。」

 下に降りると、2、3人が生活できそうな空間が広がっていた。

 ずっと昔、同じように街が崩壊したのをきっかけに、全ての家の地下に仮住まいのスペースを作るようになって、ここがそれであると、ミルは教えてくれた。

 「魔法小屋で習ってるはずだけど?」と、ミルは呆れながらも、笑顔を向けてくれた。

 そういえば、レッジもそんなことを言っていた気がする。でも、こんなことが本当に起きるなんて思っていなかったから、真面目に聞いていなかったといったところか。

 まあ、こうなったのは、オレのせいなんだけど。

 灯りが消えた。地下だから空気の流れが悪くなると、ミルは手元の火を消してしまったのだ。

 暗い。何も見えない。初めてきたこの場所は、どこに何があるかなんて、わかるわけがない。

 息がつまる。火は消したというのに。

 「さ、今日はもう寝ましょう?」

 後ろから、声が聞こえた。オレは押されるままに足を動かした。

 5、6歩、進んだところで押し倒され、布のようなものを被されられる。

 そこへ潜り込んだのは、ミルだ。他に誰がオレに抱きついてくるというのか。

 最初は手も足もガッシリといった感じでオレに巻きついていたのだけど、少しずつその力は弱まり、その代わりに深い呼吸が、耳から胸へと染み込んできた。

 天井から四角い光が、穏やかに差し込んでくる。

 時折、雲が光を遮った。オレはそれに安堵を覚えたり、はたまた孤独を覚えたり。よくわからない。

 ミルの寝息。

 そちらを見れば、ミルは頭まで布をかぶっていて、頭頂部をオレに見せつける形になっていた。どうやら、目が慣れてきたらしい。

 ちょっとばかりの、ミルとの隙間を埋めて、顔をその頭へ埋めてみた。

 身体の中を丸洗いされるようだった。つい、もっと深く吸ってしまう。もっと、もっと。

 ミルが小さく唸って、考えるよりも早く顔を離していた。

 起きたわけではなさそうだ。でも、モゾモゾと身をよじって、被さっていた布がずれていく。

 ミルの家に居着いてから、かなりの時間が経っていたはずだ。その上、同じベットで寝ていたんだ。それなのに、あらわになった耳元から喉へのラインが、妙に気になった。

 そういえば、オレたちはあの戦いが終わってすぐ寝てしまったんだ。だから、ミルの服はボロボロだった。

 服の隙間から、首元から肩の間が、チラリと見えた。

 オレは何を考えているんだ?今まで、散々抱きついてきた身体じゃないか。それに、それに・・・。

 ミルの胸元が、ゆったりと上下していた。

 自分の呼吸が、強くなるのを感じた。オレはミルの耳の後ろの方へ、そっと手をかけてみた。

 そのとき、風景がガラリと変わった。たった一回、瞬きをしただけだった。

 オレが手をかけていたのは、あの肉の木だった。いや、「あの」と言うのはおかしいか。

 だって、それはソークやウドーではなく、ミルの魔力を帯びていたから。

 呼吸が浅く、早くなる。

 オレの手は、それに触れてしまっている。ヌメリとした感触。生き物のような弾力がある。

 Kがいた場所を思い出させる真っ白ではっきりと明るい中。間近で見る肉の木は、あのときのミルの手に、少し似ていた。いや、もう手を大きくしたモノにしか見えなかった。

 恐怖。オレはあまりの恐怖に目をカッと見開いていた。もう見たくないのに、目に焼き付けようとしているかのようだった。忘れちゃいけないのはわかってるけれども。

 目が痛くなってきて、オレはようやく目を閉じた。

 次に目を開くと、ミルの安らかな寝顔が目の前にあった。薄暗い、狭い部屋を、また穏やかな光が、四角に差し込んでいた。

 でも、胸のざわめきは収まらない。息が吸えない。

 ミルを起こさないよう、そっと地下室を抜け出した。そして、またオレはここから逃げ出した。

 また、例の場所。Kにシミュレーションで叩き込まれた場所。Kから指示がきたわけでもないのに、来てしまった。

 なんでここに来た?Kがいるあの場所でのことを、思い出すだけじゃないか。

 ホラ、もう頭の中で、1週目が終わろうとしている。

 それなのに、苦しいだけなのに、ここにいると、オレの中のどこかが静かになっていく。

 地面に身体を投げ捨てる。脚を胴へ引き寄せて、腕で押さえ込む。そして、膝の辺りに、顔を押し込んだ。

 今は空を見たくない。かといって、地面を見る気にもなれない。

 何も見たくない。

 風がうるさかった。別にゴウゴウと吹くわけでもなく、優しく撫でるような風だったのに、うるさく感じた。

 近くで、足音が聞こえた。胸の中身が口から出そうな感じがする。オレは思わず唾を飲み込んだ。

 荒ぶる呼吸を無理やり抑える。可能な限り抑える。

 足音は、近づいてきている。おかしいだろ。こんなところ、誰が来れるって言うんだ。

 もしかして、ミルが来てくれた?いや、ありえない。ミルだったらすぐにわかる。

 「ノゾム様!こんなところで、何をしてらっしゃるのですか?」

 ヒナだ。息を途絶えとだえにさせながら、話しかけてきた。

 「地下室に行ったら、ミル様しかいなかったので、びっくりしました。扉が壊れているだけでも驚きでしたけど。」

 ヒナは上品ぶった感じで笑いながら、オレの背中に近づいてきた。

 「なんで来たんだよ。放っといてくれよ。」

 「でも、ノゾム様の心が、とても揺れていましたから。ここはミル様の家よりかなり離れていますけど、それでも、すぐにわかるくらいに。もう、心配で、心配で・・・。」

 ヒナがオレの頭に触れてきた。反射的に、オレはその手を払ってしまった。

 「知らねぇよ。オマエに何がわかんだよ。さっさと失せろ。」

 「ですが・・・」

 「『ですが』じゃねぇ・・・。一人にしてくれ・・・。頼むから!一人にしてくれよ!」

 オレは飛び出すように立ち上がり、ヒナと向き合った。

 ヒナはボロボロと涙を流しながら、しかし口をキュッと結んでこちらを見ていた。

 よく見ると、足元や膝のあたりは泥まみれで、服も所々がすり減るなり、切れるなりしていた。その割にはケガは見当たらないなと思ったが、そういえば、ヒナは回復魔法を使うんだった。

 「あ、えっと・・・。その・・・。」

 オレはそれ以上言葉が出なかった。膝が崩れていった。

 「いいんです。ワタクシだって、誰にも言えない苦しみを抱えていたことがあります。アナタの苦しみを、わかるなんて言いません。でも、少しでも和らげたい。そう思えるほどに、ワタクシの胸には、アナタが今にも壊れそうに映るのです。」

 ヒナの腕が、オレの身体を包んだ。ミルよりも、腕が短かった。

 オレは惨めだ。

 「よしよし、大丈夫ですよ。きっとノア様が助けてくれますよ。」

 ヒナの言葉が、オレの中の何かを引き裂いた。

 「ノア様は、ワタクシの苦しみを和らげるきっかけをくれたんです。そのおかげで、ここ、アフーラにきた時も、ちゃんと皆さんと向き合って話せるようになっていましたし、ミル様とも仲良くなれました。」

 オレを置いて、ヒナは嬉しそうに、恥ずかしそうに話を続けた。

 「ローズ様もそうなんですよ。初めはちょっと荒ぶった感じが残っていましたけど、少しずつ落ち着いてきて、最近はザード様ととても親密なのだとか。」

 ヒナはとても幸せそうだった。

 「だから、大丈夫ですよ。ノア様なら、きっと助けてくれます。それに、お二人は親友と伺っています。きっと、うまくいきますよ。」

 ヒナがそう言い終えると同時に、オレは押し倒していた。

 ヒナは驚いて、また涙を流し始めた。ヒナの胸が、小刻みに動き出した。

 「の、ノゾム様・・・?一体、どうしたというのですか・・・?」

 わからねぇのか。まあ、わかるわけがねぇよな。

 オレはヒナの首に手をかけていた。

 オレの手を剥がそうと、ヒナの小さな手がもがく。

 その顔が、徐々に赤くなっていく。こんなに暗いのに、それがわかるくらいに、色が変わる。

 ヒナの爪が突き刺さる。痛くはあるけど、どうでもよかった。

 ヒナの目が点になる。胸部から腹部が激しく波打って、小さな身体は懸命に跳ね出した。

 嫌な汗がオレの身体を伝う。でも、もう戻れない。なんでこんなことをしているのかわからないけど、もう戻れない。

 このまま進んでも、オレの魔法なら、全て消し去ることができるだろうよ。

 そこまで思考が回ったところで、横から何かに突き飛ばされた。



 ヒナの魔力は弱くなっていて、かなりいつもよりもずっと近い距離にいないとわからなかった。

 あれだけの戦いだったから疲れているのかと思ったけれど、それにしては弱すぎる。

 ボクがローズやドニスにボコボコにされるたびに、何度も何度も回復してくれていたけれど、そのときですら、全くもって底が知れていなかったのに。

 よくよく見れば、少しずつ弱まっているような気がした。

 ここまで歩いてきたけれど、嫌な予感がして、ヒナの方へ走ることにした。

 もう消えそうにすら思えた。普段の魔力が強大なせいかも知れないけど、とりあえず走った。

 空間の抜け道を作る余力はまだない。走るしかなかった。

 暗闇の中、生い茂る木々の間を通り抜ける。どうしてこんな方向にヒナがいるんだろう。ボクが変な道を通っているだけかな。

 道中で、枝が皮膚を引っ掻く。細かい枝が見えないから。

 ぶつかるものがなくなって、開けた場所に出たんだな、と思った。

 少しホッとしてから、慌てて目的を思い出す。ヒナを探さなければ。

 そう思ったら、すぐに見つかった。暗くて見えづらかっただけで、目の前にいた。ちょっと離れているけど。

 何をしているんだろう。ヒナに近づきながら、目をこらす。

 ノゾムが、ヒナの首を絞めていた。

 どうして?意味がわからなかった。

 ヒナがジタバタと暴れている。ボクは正気に戻って、ノゾムに向かって、全力でぶつかった。



 「ノゾム、どうしてこんなことをするの?」

 ノアの声は、予想と反して、平静を保っていた。

 なぜ、微塵も怒りを纏っていないのか。なぜ、そんなに余裕綽々としているのか。

 ムカついた。身体を起こして、一番にノアが視界に入ったのだけど、オレはたぶん、アイツを睨んでいた。

 「ね、ねぇ。こんなことしたって何にもならないじゃない。一体どうしたの?ヒナはあんなに優しいのに、どうしてこんなことになったの?」

 ノアの後ろで、ヒナがうずくまっていた。その背中が何度も激しく上下するものだから、ちょっと背中をさすってやってもいいのでは、と思った。オレが言えたことではないことはわかっているけれど。

 夜の静けさに、コヒュー、コヒューと、ヒナの悲痛な息遣いが広がる。たまに、吐き出しそうな咳き込み。

 ヒナの魔力が、回復してはゼロ近くになって、を繰り返している。改めて振り返ると、生きているのが不思議なくらいに首を絞めていた気がしてくる。きっと、残り少ない魔力で回復しては、魔力の充填を待っているんだ。

 ノアが近づいてきた。そうしてうっすらと見えた表情は、気味の悪いことに、いつものヘラヘラした笑顔だった。

 「ねぇ、ノゾム。ボクがアフーラを離れる前は、ボクを引っ張ってくれて、すごく頼もしかったんだよ。それなのに、本当に、どうしちゃったの?何かあるなら、力になるよ?」

 だまれよ。

 オレはいつの間にか、地面を見ていた。視界の上の方にある、ノアの足と思しきものが、憎たらしく見えた。

 「うごぇ、ケボッ・・・。」

 ヒナはギリギリ声が出るくらいには回復してきたらしい。でも、まだまだ苦しそうだ。

 あれはオレがやったんだ。でも、ヒナだって悪いよな?

 いや、そんなわけねぇだろ。でも、わざわざ絡んできて、あんなことを言うんだ。

 違うだろ、普通に考えれば、ヒナは何もおかしいこと言ってない。

 うるせぇよ。ヒナのジゴージトクってやつだ。あれだけ苦しめば、スカッとするってもんだ。

 正気か、オレ?Kに教わった言葉なんて使って、おかしいぜ、オレ。

 ・・・・誰か、今度はオレの首を絞めてくれよ。なぁ。

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