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空っぽ二人は箱庭で踊る  作者: ボチノ・ギウセッペ
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Episode 11

 どんなに倒しても、インクレムの数が減っていく実感がない。

 マーチャは調子が悪そうだ。ここ3日くらい、ずっとソークとウドーを探し回っていたから、無理もない。しかも、今回のインクレムは炎を使う。相性も良くないのかもしれない。

 正直、ドニスが本気を出せば、あっという間に終わる気はする。でも、ドニスはアニマの魔法を見て楽しんでしまっているし、たぶん、頼んでも無駄な気もする。

 ドニスたちをチラリと見た一瞬の隙で、2匹のインクレムに挟まれてしまった。慌てて空間の壁を突き破って、避難する。

 直後、その2匹はボクがいた場所に炎を吐き出した。その結果、お互いに炎を浴びせることになる。でも、やっぱり炎に耐性があるようだ。ボクはすぐに戻って、インクレムたちを消し去った。

 次のインクレムの元へ向かおうとしたところで、急に、大きな音が鳴り響いた。そこら中のインクレムが、一斉に叫び出したみたいだ。

 頭が痛くなってくる。集中が途切れてしまう。

 たぶん、ボクは隙だらけになっている。ところが、今は1匹たりともボクを襲ってこなかった。地面に引き寄せられる中、耳を必死に押さえて、周りの様子を見てみる。

 インクレムは、ただただ叫んでいた。今までの激しい攻撃が嘘のようだ。マーチャやアニマの攻撃が来ても反撃することはなく、ただ倒されるだけだった。街の皆んなを守っていたローズも、地上から氷のツタでインクレムを突き刺す頻度が増えていた。

 落ちていく方向を見ると、もう地面が近かった。慌てて空間の壁を突き破って、回避する。

 次々と倒されながらも、その隙間を新たなインクレムが埋めていく。

 アフーラの空は覆われてしまった。街に戻ると、音がさらに大きくなっていた。頭が割れそうだった。地面に飛び出していたら、何もできないままに、落っこちて死んでいたかもしれない。

 起き上がるのもやっとなくらいに、身体中に振動が響く。胸も痛くなってきた。

 でも、何かしなくちゃいけない。そう思って、どうにか空を見上げると、何かが落ちているのが見えた。

 マーチャだ。

 ボクは身体中の力を振り絞って、空間に穴を開ける。いつもよりうまく開けられず、入りにくい。

 真っ暗な魔法粒子の中を移動するのに、慣れていて本当に良かった。

 新たに開けた空間の穴から手を伸ばし、マーチャをこちら側へと引き摺り込む。

 マーチャは気を失っていているだけで、ちゃんと生きていた。

 魔法粒子の濃さでマーチャがやられないように、空間のつながりを絶って、魔法粒子の薄い空間を作った。

 皆んなを助けにいくべきだろうけど、もうあの状況じゃ、ボクは役に立ちそうになかった。

 ドニスとローズは平気な顔をして戦っている。なぜか、アニマも大して苦しそうにしていない。ドニスが守っているのかもしれない。

 「あれだけシゴかれたのになぁ・・・。」

 ドニスが作り出した空間で、ローズやドニスにボコボコにされてきた日々を思い出す。

 「まあ、ボクも頑張ったよね・・・。」

 意識が薄れる。



 インクレムが二人のアンスローを運んで魔法粒子の霧の中へ消えた直後、アフーラに残ったインクレム全てが燃え出した。アンスローに似た形をしているものの、炎に包まれることへの拒絶はないようで、それが当たり前かのように立ち尽くして、いや、浮き尽くして燃えていた。

 とっくのとうに倒されていた死骸も、ひとりでに燃えていた。道端に転がっていた肉の塊やドロドロした何かも、燃え出したところを見るに、きっとそれもインクレムの死骸だったのだろう。

 残ったのは、無事なところが見当たらない街。どこを見ても、どこかしらに火傷を抱えたヤツが目に入る。

 ところどころで、まだ炎が健在で、街中が残る力を振り絞って、消火に専念していた。

 誰もが必死にあちこちを行き交う中、オレはKの指示で入った家、がかつてあった場所で立ち尽くすことしかできなかった。

 オレも一緒に燃え尽きて仕舞えばいいのに。

 空がいつもよりも、ゆっくりと暗くなっていく。ゆっくりなのに、オレは置き去りじゃないか。

 Kが嫌がらせで時間を遅らせているのか?いや、Kはそんな無駄なことはしないだろうよ。それに、この箱庭の中から見れば、箱庭の時間は一定だとかなんとか。

 ふと、落ち込んだ視界の中にある、木の破片に視線を奪われた。

 それは片手で持つには手頃な大きさで、ナイフを思わせるような鋭く尖った部分がある。

 身体が動き出した。

 オレはその木片へ、自然な歩みで近づいた。そして拾い上げる。尖った部分を自分に向け、両手で木片を握った。

 握り込んだ拳を、胸に引きつけた。

 バキッ、と木片が砕ける音。木片は、胸の辺りで砕け散った。

 力の抜けた拳から、小さくなった木片がパラパラと落ちた。

 ・・・なんでイケると思ったんだよ。あんな焦げた木片なんて、そんなもんだろうよ。それに、今狙ったところなんて、ちょうど骨があるところじゃねぇか。

 「ノゾム!」

 その声で、オレは身体が強張った。

 必要な部分すらユルユルになっていたのか、その瞬間、オレは走り出した。気がついたら走り出していた。

 今はミルに会いたくない。

 しかし、いつなら会いに行けると言うんだ?

 あの温もりに、匂いに、胸の内をそっと撫でる声に包まれたい。

 立ち止まれば、きっと追いついてくれる。でも、足は止まらなかった。

 壊れそうだ。いっそ、壊してくれよ。

 いろんなものから逃げてるけれど。いっそ、追いついて、オレを壊してくれよ。

 転んだ。もう真っ暗だったから。街は崩壊してどこも灯りがついていなかったから。

 身体が動かない。大したケガも負っていないじゃないか。皆んなと違って。

 地面に張り付いた視界が、端の方から徐々に明るくなっていく。

 その境界を、激しく揺らしながら。

 「ノゾム!ノゾム!どうして・・。どうして、ずっと、ずっと、ずっと!アタイから逃げていくの?」

 どうしてこうなったんだろうな。オレだって知りてぇよ。

 「・・・ホラ、とりあえず、起き上がりなさい。いつまでもそんな格好でいるわけにもいかないでしょ?」

 ミルは言った。息を整えながら。声を震わせながら。いくらか泣きそうになりながら。

 身体が自分のものじゃないように、勝手に動いた。

 床に座ったオレの胸に、ミルが飛び込んできた。

 ミルは腕を回して、強く、強くオレに抱きついてきた。

 その身体は、すっかりと冷えきっていた。よくよく見れば、魔力もスッカラカンだ。

 ちょっと考えれば、それは当然のことだ。ミルは貴重な回復魔法の使い手。あの惨状の中、引くて数多だったろう。

 ここまで魔力を絞り出して、もうフラフラだろうに。

 「へへ・・・。ノゾムぅ。アタイ、もう動けないや。おんぶして。」

 「で、でもよ・・・。」

 「文句あるわけ?」

 ミルの表情は見えない。でも、どんな顔してるのかがわかってしまう。

 オレには、ミルのそばにいる資格なんてないんだけどな。

 同時に、逆らえる資格もない。そのせいで、そばにいていいと勘違いしそうになる。

 「さ、帰りましょう?」

 背中のミルが耳元で囁いた。

 街で無事なところなんてないのに。帰ってもここにいても変わらないだろう。

 でも、不思議と帰りたいと思ってしまった。帰ってもいいんだと思ってしまった。



 目を覚ましたときには、すでに戦いは終わっていた。

 街中で、瓦礫が辺りに転がっている。

 このくらい暗くなっていれば、酒場が眩しいはずなのに、今はどこにもかしこも影になっていた。

 それをボンヤリと眺めていると、マーチャが飛び起きた。

 「気い失ってたんか?!クソッ。」

 そう呟きながら、マーチャは走り出した。そして、空間の壁にぶつかる。

 「なんやこれ!てか、ここはどこや!」

 マーチャは壁を拳で叩きながら、慌てふためいていた。

 「えっと、戦いは終わったよ。」

 声をかけると、マーチャはピタリと止まって、こちらをチラリと見た。

 涙が一筋。

 こういうときはどうすればいいんだろう。そんなことを考えていると、マーチャがボクに突っ込んできた。

 疲れ切っているせいか、痛くはない。何か怒らせてしまったかな。

 マーチャは目一杯に泣き出した。

 どうして?わからない。とりあえず、ヒナがよくやっているのを思い出して、ボクはマーチャの頭を撫でた。

 「あの魔力。・・・インクレムのな?アレ、ソークとウドーのやったよな・・・?」

 落ち着きを取り戻して、マーチャはそんなことを言った。

 「確かに、ボクもそんな気がしてたけど。でも、今思えば、気のせいじゃないかな?だって、ありえないよ。」

 「ありえないのはわかってるんや!でも、ウチがあの二人の魔力を間違えるとは思えないんや!」

 マーチャはボクに顔を埋めたまま、ボクの身体をグーで叩いた。震える手は、弱々しい。

 何度も何度も、ボクを叩く。マーチャはまた喘ぎだした。

 ボクはわけがわからず、マーチャの頭を撫で続けてみる。

 マーチャの慟哭は激しくなった。ビックリして、そのまま手を離した。

 「・・・もうちょっと続けてや。」

 涙の隙間を縫って、マーチャはそう言った。

 間違ってなかったようで、安心した。ボクはマーチャを撫で続けた。

 「・・・もういいわ。」

 しばらくして、マーチャは落ち着いたようで、ボクの手を振り払って立ち上がり、背中を向けてしまった。

 「ウチ、思ったんやけど。」

 マーチャは顔を必死に擦りながら呟いた。ボクは静かに続きを待った。

 「あの二人の魔力を、あんだけの数のインクレムが纏ってたんや。どこかでインクレムの群れが二人を捕まえてて、魔力を吸ってるんやないかなぁ。」

 「うーん、そんなことってあるのかなぁ?」

 「別に、アンタの知識に頼ろうとしてるわけやないわぁ。というか、ウチやって全然わからん。だからなんとなくやけど、そんな気がするんや。ソークとウドーが喰われたいうのも考えたけどなぁ、あれだけの数や。ソークはともかく、ウドーにはそんな喰える部分はないやろ?」

  振り返り、マーチャは目元を張らせた笑顔を見せつけてきた。

 「だからな、魔法粒子の霧に探しに行こうと思うんや。」

 マーチャの表情が一気に引き締まった。

 「危ないよ!だって・・・」

 「あれだけ探していないんや!あとはそこしか考えられへんやろ・・・?」

 マーチャに言葉を遮られる。

 マーチャには無理だ。遮られていなければ、ボクはそう言っていた。

 「それなら、ボクが探してくるよ。」

 マーチャは何か言いたげに口を動かした。

 その着地地点は見つからなかったみたいで、歯を食いしばりながら、膝から崩れ落ちた。片手でグシャリと髪を握る。短く吸っては、深く吐いて、短く吸っては、揺らぐ息を吐いて。

 何も言わずに、ただ震えていた。

 「急にいなくなったと思えば、こんなところにおったのか。」

 重苦しい空気を空間の壁ごと突き破ってきたのは、ドニスだった。

 ドニスは尻尾で縛り付けて、ボクを引き寄せた。

 「おぉ、ノア。見ていたぞ。オマエ、戦いの途中で逃げ出したな?まだまだ修行が足りなかったか?ん?ん?」

 身体が折れそうな気がする。

 「い、いや、そうは言ってもさ。あの大音量!あれを耐えるのは無理だよ。」

 ドニスはため息をついて、ヤレヤレといった具合に頭を横に振った。

 「発想力!柔軟性!想像力!全然足りとらん!むしろその貧弱な思考力でローズの猛攻を掻い潜ってきたことを褒めてやりたいくらいじゃ。」

 唐突に、ドニスは尻尾を緩める。地面に激突。ちょっと痛い。

 「と、いうわけでまた鍛え直してやろう。ワシが鍛えてやったからには、もっと強くないと気に入らん。」

 ドニスは相変わらず、話を一人で進めていく。

 「そんなわけだから、ヒナを連れてこい。オマエなら、ワシの居場所くらい探せよう。・・・あぁ、それと・・・」

 ドニスはニヤリと不吉な笑みを浮かべると、ボクの方を見たまま、マーチャを尻尾でグルグル巻きにした。

 「は?何するんや!離せぇ、離せぇ!」

 「ガハハハ!魔力も体力もスッカラカンなくせに、元気じゃないか。オマエもワシがしごいてやろう。炎はありきたりでツマランと思ってたんじゃが、今日の戦いを見て気が変わった!嬉しかろう?」

 マーチャはしばらく暴れていたけれど、ボクと目があった途端に、おとなしくなってしまった。

 ドニスは空間の壁を突き破って、あっという間に姿を消してしまった。

 さて、ヒナを探さなければいけない。でも、まだ回復しきっていないのか、空間を俯瞰することはできそうになかった。

 ボクは残る力を振り絞って、アフーラへと戻り、ボロボロの街を歩き出した。

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