Episode 8
アフーラが箱庭の中の世界だと思い知ったあの日。
そこで出会った、見上げるほどに大きいソイツは、ケーと名乗った。名乗ったのは、オレを透明な箱に閉じ込めてから10日弱くらいの頃だったと思う。
ただ、実際にそれだけの時間が過ぎたという確証はない。今いるこの空間は、ケーが壁にある突起をちょっと押すだけで、昼のように明るさと、夜のような静けさを、切り替えることができるからだ。つまり、切り替わった回数の半分が、10くらいだというわけだ。
その間、自分のついでではあるのだろうけども、ケーはオレに食料を与えてくれた。アフーラの箱庭に対して、ケーの体格を基準にすればすぐそばに、もう一つ箱庭があって、いつもそこから何かしらの果物を取り出していた。たまに、ケーは片手で掴めるくらいの動物を取り出して、それを炎で炙って齧っていた。そのときは、脚を一本引きちぎって、オレの箱に入れてくれる。
この空間は、未知のものが実に多かった。例えば、ケーが使っていた炎というのも、テーブルの上に置かれた金属の筒の先から青々と燃え盛っていた。すっかり馴染み深くなった、オレを囲う透明の壁も、どうやって作られたのかが想像できない。アフーラの箱庭の上にある板、ケーはモニターと呼んでいたが、そこに映し出される街は非常にゆっくり動いていた。モニターの通りであるならば、アフーラはまだ1日も経過していないことになるけれど、それは摂った食事の量がそれを否定していた。
「なあ、どうしてオレを生かすようなことをするんだ?」
部屋の明かりの切り替わりの回数を数えるのを諦めた頃、オレはケーにそう聞いた。
「お前は能無しだ。だが、捨てる前に、回収を、考えるべきだ。」
ケーはそう答えた。このときは言っている意味がわからなかった。
聞き取れなかったわけではない。出会った頃よりも、言葉は流暢になっていた。
でも、こっちに来てから、モニターに映るミルはほとんど動いていなかった。今日までの記憶を全部繋ぎ合わせて、ようやく何かを探しているようだ、なんてことがわかるくらいに動きが遅い。
ミル以外のヤツも何人か映っていたけれど、ソイツらが何をしているのかは、わからなかった。
「できた、できたぞ!」
ケーが叫んで、オレは思い出から目が覚めてしまった。
ケーは、オレが来てから、ずっとオレと同じ言葉を使うよう努めていた。ケーがもともと使っていた言葉と思われる声がふとした時に漏れることは、しばしばあった。今のは嬉しさのあまり溢れ出た声だと思う。それを、オレがわかる方の言葉で言った。
鼻歌がこちらへ迫ってきた。
一体何ができたのか。そういえば、ソークとウドーはどうなったのだろうか。
ケーがオレの箱を乱暴に掴んだので、オレはグラグラと抵抗したものの、惨めったらしく床に張り付くことになった。
打ちつけた顔を手で労わりながら起き上がると、ケーのニンマリとした、ちょっと全身が冷える表情。
「せっかくだ。ノゾム。お前にも見せてやろう。」
ケーは箱を胸の前にして、落ち着きのない歩調で進んだ。
近づいていく場所は、元の位置からは見えなかった場所。明るい時は壁が光を反射して眩しかったし、暗ければ見えるわけがない。でも、ここ最近は、そこでケーがずっと張り付いて何かをしていたのだから、気になってはいた。ただ、どうせ教えてくれないと思って何も聞いていなかったので、できたというのは何かしらのアヤシイ儀式の準備で、オレはその生贄になるのだろうか、と今の状況を考えていた。
光を反射していた壁は、これもまた無色透明だった。よく見れば少しくすんでいるけれど、十分に向こう側にあるものを見ることができた。
そこにあるのは、肉の塊だった。ケーの手のひら2つ、3つ程の高さを誇るそれは、木を形どったような見た目をしていて、目を凝らせば、幹や枝の伸びる方向に沿って、何本もの筋が平行に並んでいるのが観察できた。でも、完全に木の形とはいえず、根本から枝先まで辿っていけば、定期的にほんの少しくびれている箇所が見られる。
全体的に暗い赤で、くびれに挟まれた区間一つ一つが、それぞれ独立に、脈を打っているかのように、弱々しく振動していた。
そんなものが、壁の向こうで息づいている。そしてその隣には、同じような薄灰色の物体がわずかに震えていた。
「・・・なんだよ、これ。」
腹の底から何かが湧き上がるかのように、胸がムカムカした。
「ふむ。お前なら一眼見ただけで直観すると思ったのだが・・・。あぁ、そうか。」
ケーはオレを近くのテーブルに置いた。そして、遠くにある、ケーから見ればすぐそばの、収納棚の下の方の引き戸をガサゴソと探り出した。
オレのいる場所は、肉の木がよく見える特等席だった。相変わらず箱に囲われているので、いたせり尽せり、というやつだ。クソが。
肉の木をずっと眺めているせいか、気分が悪くなってきた。
その脈拍が、胸の中のそれを強くしていく。
ケーが戻ってきた。ぎこちない笑顔を携えて、オレの前をそそくさと横切り、あの肉の木の前に立った。
オレの位置はケーの真後ろにはならず、その手元がよく見えた。いや、見せているのか。
ケーは手袋を装着していた。その手袋は暖を取るには薄っぺらかった。表面はツルツルとしていて、手の動きを全く邪魔しないほどに伸縮性がある。片方の手には探していたものが包まれているのか、隙間からほのかに紫の光が漏れ出ていた。
もう片方の手で、赤い肉の木の根元を床から剥がし始めた。本物の木のように根っこが地面に食い込んでいるわけではなく、床より上の部分で全部らしい。
ケーは肉の木の下にできたスペースに、紫の光の出所を置いた。それは指先ほどの大きさの石だった。ただし、ケーの指先だ。たぶん、オレの顔くらいはあるのではないか。
ケーが引き剥がしていた根っこを石に被せた。
すると、根は石にまとわりついて、激しい脈動を見せた。まるでエネルギーを吸い取っているかのようで、その予想を裏付けるように、石が放つ光は次第に弱まっていった。石は黒かった。
何かを吸い取ったであろう肉の木は、その根がぼんやりと光り、その光がジワジワと上の方へ広がっていき、枝先まで到達。一つの枝の先から、炎が出た。
「ははは、どうだ!きれいだろう?この鉱石のエネルギーの活用を、私だけが!ここまで進歩させたんだ!このまま進んで、私は偉業を成し遂げるんだ!はははは!」
ケーが持ってきた石が光を失い、枝先から炎が噴き出る過程。下から溢れるエネルギーが肉体を通過して、魔法が発生する過程と重なる。
まさかな。
壁が魔力の検知を阻むので否定ができない。
そうだ、ここには、見たことのない道具がいっぱいあるじゃないか。5、6個はある箱庭の中から、見たこともない動植物も見せてもらっていたじゃないか。あの肉の木は、どっかの箱庭に生えていたのに決まってる。
頭の中で、拳ほどの何かが這いずる回るような感覚。
「な、なぁ。ところで、さ・・・。ソークとウドーは、何してるんだ?お前にこき使われて、ヒィヒィ言ってるってところか?」
ケーは、何も言わず、二つの肉の木を指差した。それは、オレの予想を補強する。
「あー・・・。オマエも冗談を言うんだな。ヘヘッ。なんかイメージと違ってビックリだな。」
ケーがため息をつく。そして、肉の木の後ろの方に手を伸ばし、そこで掴んだものを、オレの前に見せつけてきた。
カラカラに乾いているが、面影があった。なんの面影かと言えば、ソークとウドーだ。
ソークは胸の辺りを、ウドーは後頭部を、切り開かれて、その中身が抜き取られていた。
認めたくなかった。だって、コイツらがこうなってしまったのは、ある意味、オレのせいじゃないか。
どうしてあのとき、コイツらをぶん殴ってでも、オレの後を追うのを止めなかったのだろう。
どうしてあのとき、街の外に出てしまったのだろう。
どうしてあのとき、胸の内をミルやザードに打ち明けなかったのだろう。散々、やってたじゃねぇか。
「さて、もう理解してもらえたと思うが、あの物体は、魔器官と前魔器官を取り出して、自己増殖を促して得られたものだ。これで、エネルギーXを存分に炎や音に変換して活用できるわけだ。おっと、エネルギーXではなく、お前たちは大地の恵みと呼んでいるのだったな。」
認めるしかなくなった。・・・いや、待てよ。
「な、なあ。コイツらはまだ、死んじゃいないだろ?早く、何か治療をしてやってくれねぇか。頼む。オレにできることなら、なんだってやるからさ・・・。」
「意味がわからないな。どうして、この状態で生きているとほざくのだ?」
「だって、まだ光に包まれてねぇから!この状態になって、しばらく経ってるように見えるけど、まだ形を保っている。まだなんとかなるはずだ!なあ、そうだろ?!」
ケーは憐れんだ様子でオレの話を聞いていたが、途中で少し考え込んでから、なるほどと言った感じの顔をした。
「あぁ・・・。お前たちはなぜか、プロタンティスを神聖視しているからか、そのあたりは未解明だったな。あれだけ生物学を進めているというのに、実に不可解だ。」
ケーは鼻で笑った。
「何が言いてぇんだ・・・?」
オレの問いにすぐには答えず、ケーは目を瞑って、人差し指をクルクルとさせた。さっきも見せた、ケーが考え込むときの癖だ。
「長くなるので、要点だけ話そう。プロタンティスは寄生虫だ。魔法を通して、お前たちとプロタンティスは相互に利益を与え合う関係にある。だから、共生が続いてきた。そして、お前たちの死体に群がる光は、プロタンティスの幼生だ。死体を食い尽くして、成長の糧にしているというわけだ。で、この二人は事前にプロタンティスを処理した。わかったか?」
「い、いや・・。そんなことはないだろ。寄生虫って、アレだろ?身体の中に入るやつ。でも、プロタンティスは、見えるし、声も聞こえる。ホラ!身体の外にいるだろ?」
「まあ、神経に作用して幻覚、幻聴を引き起こしているところだろうな。ちゃんと調べたわけではないが。」
「でも、でもよ・・・!」
オレはその続きを見つけることはできなかった。
ケーは鼻歌を奏でながら、肉の木を眺めていた。その横顔は興奮に染まっている。
ソークとウドーはオレの目の前に残されていた。死ぬって、どういう感じなんだろう。
身体の奥底から溢れそうなものがあったけれど、涙は出なかった。呼吸が逆に、何かに阻まれた。
「あ、そうだ。ノゾム。お前には、アフーラから何体か、魔法使いをここへ連れ出すために動いてもらうことにした。」
「・・・そんなこと、できるわけねぇだろ。」
どうにか言葉を絞り出す。
ケーが指さしたのは、モニター。ミルが映っている。
言わんとすることはわかる。でも、それってあんまりだろ。
「な、なぁ。オレは逆らえる立場じゃないって言うのは、理解している。でもよ、それだけは・・・。」
「理解しているんだろ?これ以上、議論の余地はあるかね?」
ケーは無表情だった。もう、ため息すらつかない。
「どうして、そんなことやろうと思えるんだよ・・・。理解できねぇよ・・・。」
「何、簡単な話だ。私は私自身の種族を人間と呼んでいるが、お前たちはアンスローとやらを自称しているじゃないか。種として同じ立場にない。見た目が似ているからといって、一々同情するのか?アンスロー同士でも、常に分かり合えている訳ではないのに?」
薄々わかってはいたが、こう、言葉として突きつけられると、重みが違った。
「クソがっ!そんなことをさせるために、箱庭を、オレを作ったって言うのかよ?!」
「何を言っている?私が求めたのは、あの鉱石のエネルギーを活用できる生物であって、お前のような能無しではない。お前は偶発的に生まれた、失敗作に過ぎない。どうして、お前みたいな個体を好き好んで作ろうと言うのだね?」
それだけ言い残して、ケーは背を向けてしまった。
去り際にケーが放った言葉を、オレは聞き逃せなかった。
「同じ魔法なしでも、ノアだったら使えそうなものを」だと。
それから、オレは裏切り行為の準備をすることになった。
主に、ケーの言語を覚えさせられた。オレとケーの間でのみ意思疎通のできる、暗号になるという訳だ。
簡単な単語がわかればいいとのことで、それは光のサイクルが5つ回るくらいで終わった。
オレはついに、アフーラへ帰ることになった。
ケーは、いや、Kは実に慎重だった。箱庭への出入り口に、オレがずっと入っていた箱の開いた面を押し付ける形で、オレを見送ったのだ。
箱庭に入る直前で魔法粒子を拾って、Kを殺せるかと思ったが、見抜かれていたらしい。
我が家のように馴染んだ箱に、紫雲が流れ込む。箱庭から出てしまったあの日よりも、鮮明に魔法粒子が身体を蝕む感覚があった。
しばらく魔法粒子に無縁な生活を送っていたからか。あるいは、オレの行く末を想像したからか。
後ろの壁が叩かれた。濃い紫でよく見えないが、おそらく、Kが早く進むよう、催促しているのだろう。
逆らえば、アフーラが壊される。そうだ、オレがこれからやることは、ミルを助けることでもあるんだ!
・・・でも、オレがKに出会っていなかったら?
後ろの壁がまた叩かれた。
オレは走っていた。叫んでいた。
叫んだだけ、空気を吸うと、身体に特濃の魔法粒子が痛かった。でも、叫んだ。
身体中の皮膚が、焼けるような感覚。頭がガンガンする。
痛い。痛い。痛い。痛い!
身体が。心が。存在が!
こんなに痛いのに、なんで素直に死んでくれねぇんだ。おかしいだろ。
なあ、見てるんだろ?
面白いか?なんとも思ってねぇか。




