Episode 6
街が起きて、その動きが落ち着いた頃、マーチャが来た。暇なので、戦ってくれとのことだった。
ボクたちは街の北の方の山の、開けた場所にやってきた。ヒナとローズ、そしてミルとザードも来てくれた。
ノゾムはいなかった。ボクがタンナの方へ行く前に、お互いの力を見せ合おうと約束をした。それなのに、ノゾムはボクのことを避けているようで、ここ数日は会うことすらできていない。ちょっと集中すれば居場所はわかるんだろうけど、それは何だか違う気がしてやっていない。
「なあ、ノア。アンタが強いのはよう知ってるけど、そんなふうにボーッとされるんわ、ちょっと傷つくわぁ。」
戦いの始まる前、向き合っている。マーチャは少し悲しそうに目を細めていた。
「えっと、ごめん・・・。じゃ、始めようか!」
ボクがそういうのと同時に、マーチャは突っ込んできた。
ボクの能力では、直接、相手を攻撃する手段がない。相手の身体を消し去ることはできるし、それをやった時にはヒナが回復できてしまうけれども、流石に気が引ける。
マーチャの拳が顔面に迫る。想定より速い。ボクはその拳の速度を消して、慌てて距離を取った。
しかし、それをマーチャは許さない。速度の消去で何回身体を硬直させられても、ひたすらに殴りかかってくる。
マーチャが速い。ドニスに魔法抜きでも戦えるようにとしごかれていなかったら、ボクはもうボコボコにされていたかもしれない。
防戦がしばらく続いて、ついにマーチャの拳がボクの腕の防御に届いてしまった。
速度の消去が間に合っていないだけで、まだ大した威力を叩き込まれていない。その拳は熱かった。
マーチャの魔法の炎のような熱さではなく、体調を崩した時の、頭がボンヤリとするするくらいの熱さ。
そういえば、ドニスがこんなことを言っていた。
「生き物は、力を使いすぎて死なないように、途中で制御する仕組みを持っている。だからピンチになった時は、それを消して仕舞うのも戦略としてはあるかもしれん。もっとも、オマエがそこまで追い詰められるなんて、オマエ自身のおマヌケくらいじゃろうがな。ガハハハ!」
方法は分からなけれど、マーチャは熱で感覚を麻痺させているのかもしれない。だから、こんなにも速い。そして、この状態でしっかり動けるくらいに、身体を慣らしているということになる。その表情は、辛さを微塵も感じさせない。
でも、マーチャは一言も話さない。昔、ソークやボクと戦う時は、いつも楽しそうにしていた。「ウチの攻撃はすごいやろ」だとか、「アンタも強うなってるなぁ」とか。それが今は、一切ない。
マーチャの足先が、鼻先に触れた。口角が上がるのが見えた。でも、その顔は真っ赤になっていた。肩が上下に激しく動いている。
これ以上は、危ないかもしれない。早く勝負を終わらせるべきだ。でも、口で言っても聞かないだろうし、降参は認めてくれない気がする。
そんなことを考えた一瞬、隙ができてしまったみたい。ボクはマーチャに押し倒されて、背中から頭を地面に打ち付けてしまった。
そのままマーチャがボクに馬乗りになる。マーチャが乗っかっているところが、熱い。
マーチャがボクの方へ両手を向けて、炎の塊を撃ち出した。だいたい、頭の大きさくらいの炎。この距離であれば、なるほど、消せるとはいえ、対処が難しくなる。マーチャが今まさにやっているように、連射されれば尚更だった。
炎の隙間から、その発射の反動に倒れそうになっているのが見える。やっぱり、早く止めるべきだ。
戦いを見ている人たちに視線を向ける。止める力が無いか、最後まで戦えと言いそうな面構えだった。
マーチャがこんな熱にうなされるような戦いをしなければ、ボクももっと安心して戦えたのにな。そう思ったところで、一つ思いついた。
熱を消せばいい。
ボクは防御を諦め、マーチャの方へ手を伸ばした。マーチャは避けるそぶりは見せたけれど、手は簡単にその腹部へと到達した。
体温はさらに上昇していた。
一気にマーチャの身体中の熱を消し去る。ちょっとやりすぎた気はするけれど、まあ、大丈夫だと思う。
マーチャの動きが急激に鈍くなり、思い出したかのように、深く、深く、しかし苦しそうに呼吸をした。
頭が復帰していないのか、トロンとした目つきで、さっきボクが触ったあたりを、何かを確かめるように撫で回している。
そして、ボクの方を見て、くしゃみを一つ。しばらく見つめあった後、マーチャが倒れた。
ボクの心配とは裏腹に、マーチャはすぐに目を覚ました。ヒナが治してくれたとはいえ、このたくましさは、ローズを彷彿とさせる。
だからかローズを自然と見ていた。ローズは怪訝な表情を返してきた。
「アハハ・・・。まだ誰にも見せてないとっておきを使ったいうのに。こんなにあっさり負けてまうとは思わんかったわ。」
マーチャは笑顔の中に困惑を隠しながら、ため息をついた。
顔の火傷はミルが治してくれているけれど、まだちょっと痛む。それなのに、「あっさり」と言われてしまうのは、変な気分だった。
「それにしても、あんな無茶は良く無いよ。ソークたちは反対しなかったの?」
何気なく聞いたつもりだったのだけど、マーチャはボロボロと泣き出してしまった。
「ちょうどアンタがいなくなってからすぐ、ソークもウドーも、ウチから離れてまった・・・。」
「え、どうして?あんなに仲が良かったでしょう?」
マーチャはワッと泣き出してしまった。手のひらでクシャッと目を押さえ込んで、その隙間から流れる涙が、歪んだ口元のそばを通った。
ヒナとミルがそばによって、あたふたと励まそうとしている。マーチャがヒナへ抱きついた。ミルは一瞬、悔しそうな顔を見せた。でも、すぐに持ち直してマーチャに優しい言葉をかける。
「もうついていけんって・・・言われてもうた。ウチが強くなって、足を引っ張りたく無いって。でも、ウチは、そりゃぁ、バチバチに戦えないのは残念やけど、でも、でも。ちっちゃい時から一緒にいた、ソークが、ウドーが、大好きなんや。」
ヒナの腕の中で、マーチャがモゴモゴとしている。ふと、ヒナはずっと、誰かを撫でているような気がした。
「よし、アタイがガツンと言ってやるから、そのバカ二人を呼んできなさい!」
ミルが鼻息を荒げながら腕まくりをした。
「いや、もうこれでええんや。ウチがソークに連勝するたびに、ソークは苦しそうにしてたんや。ウドーに相談するところを、何度も見かけてもうた。ウチは、あの二人にそばにいちゃいけないんや・・・。」
「フン、どうせそれ、二人には話していないんでしょ?だったら、決めるのは早いわ。」
ミルがあまりにも自信満々に言うからか、マーチャはそっとミルの方へ振り返った。目元がうっすら赤い。
「こんなとき、ノゾムがいれば心強かったけど、あのバカは朝からいないし・・・。ま、仕方ないわ!みんなで、ソークとウドーを、マーチャの前に引き摺り出すわよ!」
ミルがそう宣言すると、ヒナは嬉しそうに応えた。ザードとローズはちょっとめんどくさそうだったけど、ザードはミルに、ローズはヒナに逆らえないらしい。戦えばその関係は逆だろうに。
ミルを中心に、ポンポンと話が進んでいく。ボクはマーチャと二人で街の外を探すことになった。
「なんか、色々付き合わせてもうて、すまんなぁ。」
マーチャがボクにおぶさりながら、耳元でつぶやいた。さっきの戦いで、まだ身体がだるいらしい。
「いやいや、インクレムでも来ない限り、暇だから。気にしないで。」
マーチャはヘヘッ、と朗らかに応えた。
街中をザッと調べたつもりだけど、二人は見つからなかった。でも、ボクは空間を俯瞰して見るこの感覚を、ドニスほど正確に扱えるわけでもなかったから、ヒナたち四人が街中を探すことには何も言わなかった。ボクたちが街の外を彷徨っているのは、そのどこかにいるかもしれないと、ボクが言い出したからだ。
「なぁ、ノア。」
二人の目と感覚を集中させてしばらく探索していると、マーチャが声をかけてきた。
「ウチ、二人に話したいこと、いっぱいあるんや。長く話してなかったからなぁ。」
ボクは何と返せばいいか分からなかったので、集中しているふりをした。それでも、マーチャは喋り続けた。
「特に、プロタンティスのこと!王に教えてもらっただけで、まだ誰にも話してないんやけど、きっと、ソークは腰を抜かすやろなぁ・・。今から、ちょっと楽しみやわぁ。」
「そっか。」
「うん、そうや。はよ会いたいわぁ。昨日だって、街中で見かけたっていうのになぁ・・・。」
「いい加減、諦めたらどうだ?帰りの体力を計算する頭もないのか?」
オレはまだ、一人になれていなかった。後ろにいるソークもウドーも、まだオレから離れようとしない。
しかし、余裕はないようで、二人が言葉とわかる音を発さなくなってから、しばらく経った。その間、ただただ、オレの後をつけるだけだった。
ここで走ってコイツらを振り切ることは、不可能ではないだろう。でも、それは流石に気が引けてしまった。じゃあ、二人が倒れたら外まで引き摺り出してやるのか、と聞かれれば、少し答えに迷ってしまうだろうけど。
「さっさと帰れよ。まっすぐにしか進んでねぇんだから、そのまま後ろに行けば帰れるだろうよ。」
返事はない。
「あのなぁ、オマエが勝手に修行なんて言っただけで、オレは一言も、これが修行なんて言ってねぇぞ。こんなことで野垂れ死ぬなんて、みっともねぇぜ。」
この紫の環境に慣れてきたのか、耳が機能するようになってきた。そのせいで、後ろの足音が耳障りで仕方がなかった。
「オイ!返事もできねぇんだろ?さっさと失せろよ。」
返事はない。だが、その歩みは止まらない。
意味がわからなかった。どうして、こんなに馬鹿げたことを続けられるんだ。何がコイツらを突き動かしているんだ。
もし、オレにこれだけの気概があれば、ミルの哀しそうな顔を、あんなに見ることはなかったのだろうか。
そんなことが頭をよぎると、何かに衝突した。それを手で探った感じ、壁としか言えない何かだった。
壁らしきものを調べていると、後ろからぶつかってくるものが一つ。ソークだ。そして、遅れてソーク越しにぶつかったのは、ウドー。
「ハァ、ハァ・・・。つ、着いたのか?」
ソークの掠れた声は、本当にギリギリ聞き取れるものだった。
「・・・目の前に、よくわからん壁がある。だから止まった。というか、目的地なんてないって何度言わせんだよ。さっさと帰りやがれ!」
ここまでの道のりで、ずっと返事がないものだから、耳がやられてしまったかと思っていた。でも、ソークはオレの横に立って、壁を手探りで確かめていた。ウドーもそれに従う。少し、腹が立った。
オレは昂りそうな気持ちを舌打ちで誤魔化しながら、改めて壁を触ってみた。
石でも木でもない感触。それは磨き上げられたように滑らかで、川の水のようにヒンヤリとしていた。
そしてそれは高かった。紫のモヤで遮られているので、どこまで広がっているかはわからないが、少なくともジャンプ如きじゃテッペンを触ることは叶わなかった。
こんなにも巨大で、不気味なほどにまっすぐに滑らかなそれは、誰かが作ったかのように思えたけれど、一体、こんなものを誰が作れると言うのだろう。
ふと気になって、壁の根本を調べて見る。地面を掘っても掘っても、その壁の末端は現れなかった。その代わりか、水が染み出してきたので、オレは反射的にそこを埋め直した。
壁の正体への関心が薄れてきたところで、すぐ横で爆音が響いた。
紫のモヤが一瞬腫れて、ソークの姿が顕になる。足でしっかりと地面を捉えて、両手を壁の方へ向けている。まさに、壁を壊そうと魔法を撃ちましたと言った感じの姿勢だ。
あっという間に、紫雲があたりを満たす。
「オマエ、バカだろ?こんだけ濃い魔法粒子に晒され続ければ、体内の濃度だって異常に上がる。それで魔法を発動させたとなれば、魔器官がぶっ壊れるぜ?」
ミルだって、限界以上の魔法粒子を流したから、あんなことになった。
突然、ソークが笑い出した。フッフッフッ、といった感じの鼻につく感じで。魔法粒子が排出されてちょっとばかし楽になったんだろうが、この状況で笑い出すとは、ついに頭がやられたか。
「そうか、わかったぜ!目的地があるんじゃなくて、ここで歩き回るのが修行だったんだな!」
またまた、ソークがキチガイじみたことを言い出した。やはり、頭がやられてしまったらしい。
「なるほどなぁ。考えたなぁ、ノゾム。これだけの魔法粒子に晒され続ければ、魔法粒子の操作精度も上がるし、圧縮の練度も上がるし、魔法の出力も上がるだろうよ。いや、上げざるを得ないと言ったところか?」
バカの発想だ。ぶっ倒れるまで走り続ければ、一日で足が速くなると言っているようなものだろう。
「よし、こうなったら、とことんついていってやるぜ・・・。」
ここで限界が来たようで、その声は次第に弱々しくなっていった。
ソークの執念が、気色悪くすら思えてきた。しかし、それ以上に、目の前にたたずむ壁を気色悪く思った。
先ほどのソークの一撃で視界が晴れたとき、壁は全く傷ついていなかった。それはひたすらに無色透明で、オレたちのいる世界の外側に、真っ白な世界が広がっているのを見せた。
オレは再び、壁に魅せられた。壁の向こうの世界はもう見えないが、より強い誘惑を放っていた。




