Episode 5
あの日、ミルの家の住人は、ほとんど倍になった。
賑やかになる。
ミルとヒナが楽しそうに話す。いつもはオレとミルが話していた。
それをザードが眺めている。いつも通り、退屈はしてそうにない。ローズは楽しそう。
畑仕事は、種まきに入る。ヒナが興味津々と、手伝いをする。それにローズも巻き込まれる。
ヒナが一番不器用だった。ミルがヒナに付きっきりになる。
いつの間にか、ローズはザードの家に住み着いた。
ザードの薄暗い部屋は明るくなって、オレの置き場所が一つ減った。
それなのに、朝は重なる。何度も何度も朝が来る。
ミルはヒナの方が、心を許せるようだ。まあ、そうだろう。似たところが多い。
ミルはオレを見なくなった。ゼロじゃないけど、見なくなった。
それを補うように、ヒナが見てくる。気になりはしたけど、どうでも良い。
どうしてこうなった。ヒナたちがやってきてからの日々が頭を巡る。足が街の外へオレを運ぶ。
急いでいるわけではないが、自然と足が速くなる。
いや、嘘だ。ここはダメなんだ。
何がいけなかった?どうして、オレはあの中に居続けられなかった?
誰も、オレに消えろと言ったわけではないじゃないか。
視界の隅で、アニマが見えた。何となく視線をそちらへ向けると、ドニスがいた。
そして、気がつくと、街のずっと外側をぐるりと覆う、あの紫雲のすぐ目の前に立っていた。息が切れていた。
大地の奥底から湧き上がるエネルギーが大地の恵み。それが前魔器官を通すと魔法粒子となって、普通のヤツらはそれを元に魔法を使う。大地の恵みと魔法粒子がごちゃ混ぜの高密度で残留しているのが、この紫のモヤだ。確か、魔法粒子の霧という名前。
レッジの授業を思い出す。ここに足を踏み入れれば、ただ孤独に死ぬのみであると。
ちょっと指先を、ほんとに先っちょだけを、モヤにさらしてみた。
熱い。余りにも濃い大地の恵みが、身体を蝕むんだとか何とか。
ガッツリ入った暁には、特濃の魔法粒子が身体へ流れ込むらしい。それで魔器官がぶっ壊れるとか。
ミルが浮かんだ。どこなら呼吸ができるんだろう。
オレは必死に、魔法粒子の霧のことを思い出そうとした。
「余りにも魔法粒子が濃すぎるために、遭難者を魔力の感知で捜索することは不可能だろう。その濃すぎる紫によって、視認することはもちろん、音すら遮られてしまう。」
オレの口から、いつか読んだ本の一節が漏れた。どうしてか、頭に残った一節。
「だから、誰も入ってはならない。入ってしまった者は・・・。」
続きが漏れ出している。オレは、何か掴める気がして、霧へと両手を差し出した。
久しぶりに、静かになった。熱くて叫びそうなものだが、不思議とそんな気分になれなかった。
ゆっくりと、紫雲がオレを迎え入れる。オレが勝手に突っ込んでるだけかもしれない。でも、そう感じた。
本の続きは、何だったか。そうだ・・・。
「もう死んだと思え。」
皮膚が余すことなく灼熱を訴えている。一呼吸で、痛みが上半身に広がる。
呼吸がラクだった。
そこら中の紫が美しい。どこをみても、淀んだ紫。うねる紫。吹き荒れる紫。
方向感覚が消える。でも、きっとまっすぐ進んでいるだろうよ。
突如、何かがオレの腕を掴んだ。絡みついたんじゃない。両方の腕が、掴まれている。
忘れていた。インクレムの発生は未解決ではあるが、紫雲から現れるのは確定している。
オレは来た道を戻ってしまっていた。
その間、腕を必死に振るった。しかし、それは離れることはなかった。
視界が開けた。それと同時に、後ろを振り返る。
腕を掴んでいたのは、ソークだった。もう片方に、ウドーもいる。
「グエホッ、ゲホッ!身体がある!生きてる?!」
そこらに放っておいたソークが息を吹き返した。
「そうだ、ウドー!いや、ここはどこだ?いや、ウドーを探しにいかねぇと・・・。」
「相変わらず、賑やかで楽しそうで羨ましいぜ。」
また魔法粒子の霧に戻ろうとする背中に、つい声をかけた。
ソークはピタリと止まってから、バッと振り返った。
そして、顔を歪ませる。オレに助けられたのが屈辱と言ったところだろう。まあ、助ける気はなかったんだが。
「・・・助かったぜ。なぁ、ウドーは見かけなかったか?」
ソークは歯をギリギリと鳴らしながら、まるで一言一句を咀嚼しているかのように言った。
「そこに転がってるだろうよ。見えねぇのか?死んじまってるかもしれないし、無理もねぇか。」
オレが指差す方を確認すると、ソークは迷うことなくそっちへ駆け出した。
転びそうになりながら。オレなんていないみたいに。
ソークは必死に呼びかけながら、ウドーの身体を揺さぶった。少しして、思い返したように、ウドーの胸に耳を当てた。そして、ホッと胸を撫で下ろした。生きていたらしい。
空気が乱れ、オレたちの周りをうっすらと紫に染めて、すぐ元に戻る。
「さっきも言ったけど、助かったよ。ウドーに死なれちゃ、オレはマーチャに殺されてるところだったろうよ。」
「だったら、何でこんなとこにいるんだか。バカじゃねぇの?」
オレがそう言うと、ソークはまた表情をグシャグシャにして、叫び出した。
「うるせぇよ!お前に何がわかるんだよ!」
ソークは肩で息をしながら、まだオレに言葉を投げつけてくる。
「あのとき、オレはお前に負けた。そんで、マーチャにも勝てなくなっちまった!年下で、プロタンティスもいないヤツに負けたんだ!だったら、もうこうするしかねぇだろ?!他にどうしろって言うんだ!」
ついさっきとはまた別の本を思い出す。本というか、大昔特有の、気色悪い実験。なるほど、ウドーが好きそうな類のモノだ。主張は確か・・・。
「魔法粒子が多いほどに強い魔法を使えるのだから、魔法粒子の霧に浸かり、適応できれば強くなれるんじゃないか、って話だったか?あんなの、適応できるなんてただの妄想だって結論が出てたろうよ。」
「そんなこと、わかってんだよ。全部、全部、ウドーから聞いてるんだよ!強くなっちまったお前にはわからねぇんだよ・・・。もう、嘘でも何でも頼らねぇと、オレは、オレは・・・。」
ソークが膝から崩れ落ちた。砂を握り締め、頭を地面に擦り付ける。
馬鹿らしいことで悩んでいやがる。オマエには戻れる場所があるじゃないか。あんな馬鹿げたことに付き合う馬鹿が、そこに転がってるじゃないか。
弱々しい声が聞こえた。ウドーが目を覚ましたようだ。
「ケホッ・・・。ソーク、ソーク・・・。どこですか・・・。」
「あぁ、ウドー!ここにいるぜ。オレたち、助かったんだ!オレ、オレ・・・!」
「へへ。良かったですよ。ソークが死んでいたら、ワイはマーチャに殺されるところでしたから・・・。」
ソークが思わず、笑い出した。ウドーも、「急にどうしたんですか」なんて、笑う。
また、この感覚。なるべく静かに立ち上がり、二人に背を向けた。
「お、おい!ところでよぉ、ノゾム。オマエはどうしてこんなとこにいるんだよ?オレたちを助けに来たわけじゃねぇんだろ?オレたち、秘密でここに来てんだからよぉ。」
ソークの大声が、頭に響く。思わず足が止まった。
うるせぇよ。オマエの小さいオツムの秘密なんて、秘密にならねぇだろうよ。
いや、オレ以外の誰もここに来ていないんだ。そういえば、ウドーがいるんだった。そうだった。
「・・・オマエには関係ねぇよ。」
オレは無理やり足を動かして、紫雲へ進んでいく。
しかし、直前のところで、ソークにまた腕を掴まれる。昔の事とはいえ、マーチャとヤリ合っていただけあって、ソークはすばしっこいようだ。
「そうか、わかったぜ。そういえば、オマエは街で見かけるたびに、魔力がなんか、スッとするようになってたなぁ。」
魔力がスッとする、というのは意味がわからなかった。でも、わかったという一言が、耳にこべりついて、頭の中をもてあそぶ。
また、胸の圧迫感。口が渇く。オレは何も喋ることができず、ソークの次の言葉を待つしかなかった。
「さては、オマエ・・・。」
ソークの掴む力が、少し強くなる。喉の奥に、何か詰まっている感じがする。
「ここで修行してんだろ?」
は?
一気に全身の力が抜けていく。
「ふヒャヒャヒャ!このソーク様には何もかもお見通しだぜ!レッジの元に通っただけで、どうしてこんなに強くなったか、不思議でしょうがなかったんだ!ウドーだって通ってたのにだ!」
オレはさっきとは別の意味で、言葉が出なかった。
「きっとオマエは、レッジのとこの難しい本を読んで、とてつもない修行を見つけたに違いない!そうだろう?」
「きっと」なのか「違いない」のかハッキリしてほしい。いや、どちらにせよ、勘違いにも程があるだろうよ・・・。
「よし、決めたぜ!オレはオマエについていくことにするぜ。ウドーは先に帰ってるんだな!」
ソークが一人でポンポンと話を進めていく。
「いえ、ワイも行かせてください!そういう魔法だからと、弱いことを受け入れようとしていましたが、ワイだって本当は強くなりたいんです!だから、無謀とは思いながらも、ソークの挑戦についてきたんですよ?」
二人は、ガッシリと手を握り合いながら、目を輝かせていた。
さっき入った感じであれば、魔法粒子の操作を全力でやれば、コイツらが根を上げるくらいの時間は稼げるような気がする。
「・・・好きにしろよ。どうせ、途中で根を上げるんだから、その時は諦めて帰ってくれ。」
この言葉が、二人を焚き付けてしまったようだ。
ソークの腕を振り払って、さっさと魔法粒子の霧に突っ込めば良かったんだ。
そうすれば、オレはあんな苦痛に悶えることにならなかった。
今までとは比べ物にならない苦しみ。
この時のオレに一言伝えるのならば、こう言うだろうよ。
「死ね。」




