Episode 4
「アンタのツレが好き勝手してるみたいやけど、放っておいていいんか?」
後ろから聞こえてきたのは、マーチャの呆れた声。
「まぁ、そんな変なことはしないと思うんだよね。それに、変なことをしたって、自分たちで解決しちゃうだろうし。」
「よう信頼してるんやなぁ。」
マーチャは近くの空いていた席を引っ張って、ボクの横に腰を下ろした。
「それにしても、今年はとっくの昔にインクレムが出てたなんて、びっくりだよ。間に合ったと思ったんだけどなぁ。」
「それ以上に、ウチはアンタの急成長の方が信じられへん。何度もアンタの攻撃を見たっていうのに、未だに実感が湧かへん。」
マーチャがなんの断りもなく、ボクの皿から肉を持っていった。まあ、今日は王様のおごりだから、いいのだけれど。
「なあ、ノア。ウチはアンタが帰ってきてくれて、めっちゃ嬉しいで。」
ボクの皿の肉が3倍くらい早く無くなったところで、マーチャがポツリと言った。
「アハハ、やっぱりこの時期だから、討伐隊は多いに越したことはないからね。」
マーチャはジョッキを一気に空にして、テーブルに叩きつけた。
「そうやない。ウチだけが一人でどんどん強くなってまう。ソークはウチについていけんと、オシショー呼びすらさせなくなった。ウドーは普通に弱いし、ノゾムだって、ただの腑抜けになってもうた。誰も、誰も・・・。」
その続きを誤魔化すように、マーチャがマスターに向けて、おかわりを要求した。周りの大人たちと同じくらいに機嫌が良さそうに。飲んでいるものはお酒ではないと思うんだけど。
「だからな、勝てる想像がつかないくらいのヤツが来てくれて、もうずっとワクワクしてるんや。しかも、アンタだけやない。強そうなの二人も連れてきおった。」
「ローズとドニスのことかな。うん、あの二人はとにかく強かったよ。何度殺されかけたことか、ハハ・・・。」
「アハハ!ええなぁ。多分、ウチ、ボッコボコにされるのも好きや。広場に先客がいなければ、こんな宴なんて、アンタと抜け出そうと思ってたんやけどなぁ。」
ここで、マスターがおかわりを持ってきてくれた。頼んでいないのに、肉の追加もある。
「よぉ、ノア。大活躍だったらしいな。今までどこほっつき歩いてたかは知らんが、そんなことはどうでもいい。期待してるぜ。」
マスターはそれだけ言うと、ボクの背中を思い切り叩いて、大騒ぎの中心へと戻っていった。
「へぇ。マスターが褒めるなんて、珍しいもの見たわぁ。」
マーチャはさっそく肉にかぶりつく。「もう誰もウチを褒めてくれんのに」とこぼしながら、乱暴に噛み付く。
「ま、まあ、マーチャはこれからだよ。プロタンティスだって授かっていないんだからさ。」
「ん、言わんかったっけ?もういるよ。」
結果はアニマのボロ負けだった。ヒィヒィと息を荒げながら、ミルに回復してもらっている。
「なあ、ドニス。アンタが手を貸すんは、流石にズルくないやろか。」
ローズは腹部に突き刺さったモノを引っこ抜いて、そのままドニスの方へ、ポイッと投げつけた。それはドニスの尻尾に弾かれて、オレの足元でカランと落ちた。
「ちょっと、攻撃と防御のタイミングを指示しただけじゃないか。才能は純粋にアニマのモノじゃ。ま、オマエがここまで攻撃を喰らうのは予想外じゃったがの。」
ドニスがまた、尻尾で弾く。また、オレの足元に転がる。
恐るおそる、それを手に取ってみた。金属を想像させる見た目に反して、拍子抜けするような重さしかなかった。中が空洞なのかもしれない。ローズに突き刺さっていたその先端は、返しがついているせいで、簡単に抜けない構造になっていた。
「ハァ・・。アンタの戦闘センスというか、認知能力というか、それだけのモノがあれば、魔法なしでようやくハンデになるくらいやろが。長生きのしすぎで、自分が積み重ねてきた年月を忘れたんか。」
ローズは今度は、腕に突き刺さったモノを引っこ抜いた。
それは全体が腕くらいの長さもある針状の形で、全体の三分の一ほどに及ぶまでに、爪くらいの大きさの棘が、逆方向に伸びている。こんなモノで刺されたと想像するだけでゾッとするし、それを抜くところなんて想像したくない。
ローズはさっきから何事もなかったように話しているが、やはり抜く瞬間だけは汗や低い声を抑えられていなかった。抜いてすぐにヒナが回復してしまうので、どうも大した傷ではないように錯覚してしまう。
掴んだままの巨大な針を伝って、手に血がついた。
「ま、ローズよ。これで分かったろう?どんなにショボそうな魔法でも、使い方次第でこんなに面白くなるんじゃ!いやぁ、楽しいのお。」
その声はアニマがいた場所から聞こえた。ずっとドニスは視界にいたはずなのに、いつの間にかアニマの背後に回っていた。そして、座り込んでいるアニマの肩を肘置きにして、手元に来た髪でクシャクシャと遊び出した。
アニマは抵抗しながらも、少し楽しそうだった。そのすぐそばには、回復魔法で疲れ切ったミル。
「フン。ソイツが一人でここまでやれるようなったら、認めてやるわぁ。」
ローズが最後の、太ももに刺さった一本を引き抜いた。そして、またドニスの方へ投げつけようとしたところで、それは唐突に光に包まれて、霧散してしまった。オレの元にあった2本も、消えていた。
「あぁ、言うの忘れておったなあ。アニマの出したモノは時間が経てば消えるから、放っておいた方がラクだと思うぞ。ガハハハ!」
ドニスは代わりに、氷のイバラの猛攻を喰らうことになった。
肝が冷えた。すぐそばにミルがいた。でも、あれだけの戦いを見せつけられたせいか、身体は動かなかった。だって、オレに何ができるって言うんだ。
結果、ミルは無事だった。ついでにアニマも。きっと、ローズが加減をしたのか、ドニスが完璧に防いだのだろう。
「さて、今度はオマエの力を見せてもらおうか、ノゾムよ。ローズとの戦いを見るに、実践経験は無いようだし、ワシに全力の攻撃を叩き込んでみるというのはどうじゃろうか。ん?」
また、ドニスが移動の軌跡を見せないで立ち位置を変えた。出現したのは、オレの目の前。
「いや、遠慮しとくぜ。オレの力なんて、大したことねぇんだよ。見てたんならわかるだろ?放っておいてくれ。」
「いやいや、遠慮するな!オマエの身体も、どうやらノアのように普通とは違うようじゃ。何か面白いものが見れる気がする。ささ、見せてくれ。殺す気でやって構わんよ。」
オレはミルを見ていた。ミルは少し困った顔だ。多分、それくらいにオレは情けない顔になっているのだろう。
「おーい、どこ見とる?ワシ、待ってるんじゃけど。」
ドニスがオレの横顔を尻尾で突いてきた。何も答えないせいか、何度も突いてくる。どうしてか、怒りは湧かない。
一方、ドニスは苛立っているようだ。尻尾の側面を使って、頬をペチペチとたたき出した。その尻尾を覆う鱗のざらつきが痛い。
それでも、どうしてかミルから目を離すことができなかった。いや、それ以外を見たくない、が正しい気がした。
「おい、さっきから何を見てるんじゃ。アイツか?確か、ミルとかいったかのお。」
そう言うと、ドニスはオレの頭に尻尾を巻きつけた。潰れるとまではいかないものの、それなりの圧迫感。ただし、鱗の凹凸が余計に頭のところどころを押し除けようとしてくる。
思わず、目が細くなった。そして視界が開けると、オレはドニスと向き合っていた。尻尾が無理やり頭を動かしたんだ。首がちょっと痛む。ドニスの表情は、なんだか邪悪ともいえそうなモノだった。
「もし、ワシがアイツを殺すと言ったらどうする?全力でワシに魔力をぶつけてくれるかのお?」
ドニスがオレに見える位置で、ミルの方を指差した。声が届いていないのか、ミルの魔力は逃げる予感を全く見せなかった。目の前の指を中心として、炎が螺旋を描いた。
おかしい。その炎には、魔力を感じない。それどころか、魔法を使えば魔器官に魔法粒子が密集するはずなのに、どこにも密度の高いところがない。ローズの時とは違って、オレはこの炎を、魔法粒子の流れの妨害で止めることはできないようだ。
ありえない。どうして、ここに炎が出現するのか。悩んでいる間に、炎はより大きく、より速く、目の前でギラギラと回っている。
「ホレホレ。早くしないと、この炎が飛んでっちまうぞぉ。」
ドニスはただただ、楽しそうだった。
怖い。オレはミルを傷つけることなど、絶対にすべきではない。でも、怖い。
何が怖いって。また失敗するのが怖い。
魔法粒子の衝突による爆破。レッジが褒めてくれたんだ。制御さえできていれば、無敵だと思っていた。
それが、ローズに防がれたんだ。しかも、あれはきっと全力ではなかっただろう。
炎がどんどん大きくなる。指先どころか、今やドニスの腕の周りを回っていた。
もう、やるしかない。オレは魔法粒子を回し出した。
しかし、ふと頭に浮かんでしまったのは、ローズの言葉。「アンタの戦闘センスというか、認知能力というか、それだけのモノがあれば、魔法なしでようやくハンデになるくらいやろが」と。
ドニスは、ローズよりもずっと強いんだ。
操っていた魔法粒子はどこかに飛んでいった。それと同時に、炎が放たれる。
ミルの悲鳴。
「面白そうだと思ったんじゃがなぁ・・・。そうか、魔法以前の問題か。」
それだけ言い残すと、ドニスはオレを放り投げて、背中を向けてしまった。そこへアニマが駆けつけると、二人の姿は、最初からなかったかのように、消え去ってしまった。
オレが投げられたのは、ドニスが炎を放った方向だった。地面はまだ熱く少し焦げ臭かった。
炎の行方を見れずに、ただそのままうずくまっている。
「なんなのよアイツ!急にコッチに攻撃してくるなんて、信じらんない!メチャクチャすぎ!もう!」
身体が勝手に起き上がり、オレの目が声の方を捉える。ミルがギャーギャー騒ぎながら、こちらに迫っていた。
「また、情けない顔しちゃって・・・。でも、ごめんね。助けに行ってあげられなくて。腰が抜けちゃってさ。アタイって、弱いね。ヘヘ・・・。」
ミルはオレのことを、罵倒してくれなかった。オレを抱きしめてくる。痛いくらいに強かった。
肩の向こうには、焦げた地面が真っ直ぐに続いていた。それを辿っていくと、ちょうどミルがいたあたりで、焦げは不自然に途切れていた。その境界線は直線状で、まるで壁があったかのようだった。
「お二人とも、お怪我はありませんか?」
横からヒナが現れた。
「ううん、大丈夫。それよりも、あのドニスってなんなの?!ちょっとおかしいんじゃない?」
「え、えぇ。自己中心的なところが少し、・・・いえ、かなぁり目立ちますが、そんなに悪いお方ではないんですよ?」
ミルの抗議に、ヒナがアワアワと答えた。
「・・・まあ、悪いヤツではないっていうのは否定しないわ。似たようなヤツが身近にいるから、なんとなくわかるもの。お互い大変ね。」
なぜか、ミルはオレの頭をパシリと叩いた。
オレを挟んで、二人は朗らかに笑い合っていた。つられて、いい気分にはなれなかった。
そのまま二人は話し込んでしまった。ミルが小っ恥ずかしい話を平気でベラベラと話すものだから、さっさと立ち去りたかったのだけれど、ミルが寄りかかってくるので、立ち上がることもままならなかった。まあ、これくらいは受け入れるべきだろうが。
しばらくして、ザードが様子を見にきてくれたことで、オレは解放された。
「あまりにも遅いものですから、ミルが変に暴れ回っているのかと思いまして。」
ザードが眠そうな目をこすりながらボソリと言った。そこに、ミルの蹴りが入った。
「まったく。そんなこと、まだ3回くらいしかやってないじゃない!失礼ね。」
「いえ、6回はやってます。3回だとしても十分に多いです。」
ミルは何も言い返せないようで、ムムムと唸るだけだった。
「ま、そんなことはどうでもいいわ。まだまだ話し足りないし、飲み直しましょ!」
ヒナの方へ視線を逸らして、ミルが大袈裟に声を張り上げる。
「最初に酒場へ探しに行きましたが、もう閉まってましたよ。あの時はゾッとしました。」
ザードがため息をついた。
「そっか、残念ね・・・。あっ、そうだわ!ヒナ、今日はウチに泊まりなさいよ。まだまだ話したいこと、いっぱいあるの!」
「わぁ、素敵ですね。よろしいのですか?」
「もちろんよ!ザードもローズも来るでしょ?さあ、行きましょう!」
こうなると、ミルは止まらない。ザードは大人しく、後ろからついてきていた。
ローズはどうかと見てみれば、こちらはヒナに手を引かれていた。
ミルに引っ張られながら、ふと、後ろを振り返る。
そこに何かを落としたような、そんな気持ち。
考えることは胸の奥が拒否したので、オレはミルの隣まで足を早めた。




