Episode 2
「ふぅ、間に合った。いや、間に合ってないかな?」
ノアは悔しそうにしながら、街の外を見た。
「ノゾム・・・は疲れてそうだね!ここからはボクも頑張るから!」
その姿は、全く汚れていない。あんな巨体を、あんな殺し方をすれば、血飛沫の一つくらい浴びるはずだ。それなのに、ノアは綺麗なままだった。
「じゃあ、ちょっと行ってくる!」
そう言い残して、ノアはさっさとオレから離れていった。
その背中あっという間に小さくなる。その通り道には、ブヨブヨのインクレムの死骸が二つほどあったのに、アイツは「うわっ」と一言驚いただけで、その腹のあたりを消し去って、そのまま直進してしまった。
消すなんて理論上はありえない。物質である以上、その存在自体にエネルギーが内在しているんだ。消えるなんてありえない。それでも、それは「消した」ようにしか見えなかった。
「もうこんなに出てるなんて思わなかったなぁ。」
たった一人なのについそう言いたくなる。目の前の戦いはそれくらい激しかった。例年通りであれば、これだけの襲来は、インクレムが出始めてから1ヶ月くらいの、本格的になってきた時のものだ。
街中を通って降りる猶予は無さそうだった。ボクは戦場へ真っ直ぐと突っ込んだ。
ドニスのしごきを思い出す。確かこんな感じで、急坂へ放り投げられたっけ。
「いいか、着地するあたりで、お前自身の速度を消せ。オマエのような貧弱な種族が強くなるんだったら、最低でもそれくらいの護身を身につけい!」
こんなことを何度も言われた。ヒナがいなかったらボクは何回死んでいたかわからない。
宙に止まった身体を、斜面を蹴ってまた動かす。
こんなに自由に動けるなんて。みんなが必死に戦っているというのに、ボクは内心、ワクワクしている。
「ん?アンタはノアやないか!一体どこ行ってたんや?!」
戦地で一番に出会ったのは、マーチャだった。さっきの硬い羽毛に覆われたインクレムを、圧倒的な炎で消し炭にしている。
「えっとね、話せば長くなるんだけど・・・。」
「ウツケぇ!今は長い話聞いてる場合じゃないやろぉ?アンタ、わざわざここに突っ込んできたいうことは、ちゃんと戦えるんやろなぁ?」
マーチャはひどく冷たい視線を突き刺してきた。何もしてないのに。
「マーチャほどには戦えないけど、足は引っ張らないと思うよ!ボクだって強くなったんだから!」
「だったら、さっさと後ろのなんとかしてほしいわぁ。悪いけど、助ける余裕はウチにはない!」
「助けに行かないんか?オマエの愛弟子がピンチやで?」
「フッ。あの程度で死ぬような鍛え方わしておらんでな。」
ノアと一緒に来たヤツらがそんなことを言っている。
ジッと目を凝らしてノアを見る。点々とする中で、どれがノアかわかるのは、ここから降りていくのをずっと見ていたからだ。だから、ノアは誰かと話しているけれど、それが誰なのかは全く見えない。あんだけ巨大な炎を出せるのだから、マーチャだろうか。それともソークだろうか。
ピンチというのは、例の羽毛のインクレムが、3、いや4匹、ノアの後ろに迫っていることだ。炎の魔法使いは自分の目の前で手いっぱいなようで、ノアは全て自力で対処することになる。
それなのに、「あの程度で」死なないだって?1匹ならまだしも、あんな状態だったら、逃げる手段でも身につけてきたんだろ。なんと言っても、アイツはオレと同じ、無能なのだから。
振り返ると、インクレムがいっぱいいた。
1匹が羽を飛ばしてきた。同時に、別の一匹が紫色の液体を、吹きかけてきた。
またまた、ドニスのしごきを思い出す。ベロッベロに酔っぱらわせたローズの容赦ない猛攻を、ローズが眠ってしまうまで耐え凌ぐ。ボクはこの修行で、3回は死んだかもしれない。
目の前の攻撃は、あまりに少なく、あまりに遅かった。とはいえ、そのまま避けて仕舞えばマーチャに当たってしまうので、ボクは空間に穴を作って別の場所へと送りつけた。
インクレムは攻撃を消されたことに驚いたのか、ボクがそちらへ突っ込んでも反応がなかった。そのまま、その頭を消去する。
ホッとしたのも束の間、別の個体がボクの身体の軌道上に、大口を広げて待機していた。慌てて空間の壁を消し去って、その背後に回り、また頭部を消去する。
マーチャを見てみると、苦戦してるものの、負けることはなさそうだった。なんと言っても、一撃でインクレムを仕留めているんだ。
ボクは別の場所のインクレムの元へ向かった。
ノアの連れの目の前に、突然、攻撃が発生した。羽毛のインクレムの、あの金属を想起させる羽。そして、紫色の霧。それらが、何もないところから現れ、二人を襲った。
一人は、攻撃の出現と同時に氷の壁を作り出し、冷や汗ひとつかかずに、戦場を眺めている。
一方、もう一人には攻撃が直撃した。死んだかと思ったが、何事もなかったかのようにピンピンとしている。
「・・・ノアめ。生意気なヤツやなぁ。」
「ローズよ。どこかの誰かさんの酒癖の悪さに嫌気が差していたんじゃないかの?ガハハハハ!」
実に楽しそうに話している。なんというか、次元が違う。ノアはこんなヤツらと過ごしてきたというのか。
「ノゾム!ミル!大丈夫ですか?!」
ここでようやく、見慣れた顔が、ザードが駆けつけてくれた。
「大きな音が鳴ったものですから、心配になってきたのですが・・・。」
そう言いながら、ザードは周囲を見渡し出した。
「・・・えっと、この方々が助けてくださったのでしょうか?」
雑に転がったインクレムの遺骸。すっかり地面に座り込んでしまっているオレ。そのすぐ近くには、戦場を面白がって見ている二人組。そりゃあ、そんな結論になる。とはいえ、あながち間違いではないので、オレは雑に肯定した。
「そうですか。それで、ミルはどちらに?」
その言葉に、一気に全身が強張った。
オレはアホだ。あろうことか、ミルのことをすっかり忘れていた。
オレはクソだ。今すぐに探しに行くべきなのに、身体が動かないばかりか、惨めったらしく涙を流している。息を吸うように魔力を追っていたのに、今は意識的に感じ取らないようにすらしている。
「ノゾム!ノゾムぅ!」
誰かがそう言いながら、オレに突撃してきた。ミルの匂い。
「見て、治ったの!急に来た子が治してくれたの!」
ミルは泣きじゃくりながら、オレの顔に手を押し付けてくる。とてもスベスベで、暖かくて、また涙が出てきた。
ミルがやってきた方向から、誰かがゆっくりとこちらへ向かってきていた。なんだか、上品さを覚える歩き方だ。
「おぉ、ヒナ。離れていると思ったら、怪我人を見つけていたのか。ホント、よく気づくのぉ。」
ヒナと呼ばれたソイツはオレよりも明らかに年下だ。それなのに、魔法粒子の圧縮がとんでもない密度で達成されている。ソイツが気を抜けば、辺り一体が消し飛ぶんじゃないかと思えるほどだ。
ミルの手をソッと掴む。どんなに触っても、もうミルが苦痛に喘ぐことはなかった。
ハッと我に帰って、ヒナとやらの方を見る。すると、そいつは軽く会釈をして、ノアの連れ二人組へと合流して、戦場を、おそらくノアを、ホヘェと言った感じの表情で見ていた。
「ドニス様。ノア様へ魔力をお貸しにならないのですか?」
「ん?これくらいなら、アイツ一人の軽い修行になるじゃろうて。見てみい。もう、大半が片付いておるだろう?」
それを聞いて、オレは息苦しさを予感しながら、戦場へ視線を戻した。
もはやどれが誰なんて区別がつかないが、唯一、小さいの二つと大きいのが十数体ほど戦っている箇所がある。多分小さいヤツの一人がノアで、もう一人は炎の魔法使いの誰かだ。大きいのは、インクレムに違いないだろう。
他の場所では、街へ戻る集団だったり、インクレムの死骸に群がるヤツ等だったりと、もう襲来は終わったと言わんばかりだった。
そして、ちょっと目を離した隙に、本当に襲来は終わった。
「ハァ、ハァ・・・。しばらく会わんうちに、強うなったなぁ、ノア。」
「ヘヘ、マーチャこそ。最後に戦った時よりもずっと強くなったよね!ビックリしたよ。」
もう動けへんわ、とヘタってしまったマーチャを背負いながら、ボクは街へと向かっていた。
空間の壁を超えて近道をしても良かったのだけど、今のマーチャが耐えられるかどうかはわからないからやめておいた。というか、ドニスが変身して迎えにきてくれればいいのに。
街へ戻ると、みんながボクたちを、歓声と共に迎え入れてくれた。
それはボクが小さい頃の、いつもの冷たい、蔑んだような目線とは大違いだった。
みんな笑顔になっている。ボクたちを暖かく迎えてくれている。
つまり、ボクはみんなから認められたんだ!
認めてもらえる行動ができるようになったんだ!




