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空っぽ二人は箱庭で踊る  作者: ボチノ・ギウセッペ
Chapter 2 -Elpis Side-

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Episode 11

 「あなたの強さはよく聞いています。ですので、最初に魔器官を損傷させることにしました。一思いに殺せぬワタクシの弱さを、どうかお許しください。」

 ローズが手で抑えている片目に、15世はそっと手のひらを重ねて言った。

 「ワタシが許そうがどうでもいいだろう?誰もが死ぬとき、己の弱さを悔いるもの。だが、ワタシは悔しさに歪むオマエの顔をもうすぐ見れると思うと、何もかもが許せそうだ。よかったな!」

 手の隙間から垂れる液体を舐めながら、ローズは口角をこれでもかと上げて言い放った。

 急激な危機感。15世の言う通り、魔器官が壊されたと言うなら、ローズは魔法を使えない。そして、ここまで見た感じだと、15世の魔法は光に関するもの。少なくとも光は出せる。魔法なしで光を避けるなり防ぐなりする手段などあるのだろうか。

 ボクは動けなくなるのを承知で、空間の壁を消す手の動きを早くする。

 15世が片方の手を天に掲げる。そこにはさっきと同じ、光の玉が生成され始めた。

 「ホレホレ、がんばれ、がんばれ。ガハハハ!」

 ドニスの声。とにかくローズの元へ行かなければ。空間の壁に変化は見られない。

 光の玉がひとまわり、ふたまわりと大きくなっていく。部屋が昼間よりも明るく照らされていた。

 「もし、タンナの方々に言伝があれば、聞きますよ。」

 15世はこれから殺しをするとは思えない笑顔でローズにささやいた。逆光で、ローズの顔は見えなかった。

 「それはワタシのセリフだ。もっとも、オマエの場合は、国中がワタシを殺そうと躍起になって返り討ちに会うだろうから、すぐに会えるだろうよ。オマエたちは生まれ変わるんだろう?」

 ローズの言葉を皮切りに、光の玉が急速に縮まり出した。

 白く輝いていた球は、青へ、紫へと変色していき、見えなくなった。しかし、そこには膨大なエネルギーがあるようで、周囲を魔力で押さえ込んでいるのが感じ取れた。

 そして瞬きの間もなく、エネルギーが解放される。何かが焼き切れる音がした。

 部屋の中を、静かに風が通り過ぎた。風の通り道を辿っていくと、空は雲に覆われてしまっていて薄暗い。

 「は、ハハ・・・。まさか魔器官をもう一つ持っているとは思いませんでした。普通はあり得ないでしょう、えぇ。」

 15世はみぞおちにポッカリと開いた穴を手で確かめながら、膝から崩れ落ちた。

 ローズは静かに15世を見つめている。

 「しかし困った。すぐにわかると思うので言ってしまいますが、この国の者たちは先ほどと同じような攻撃手段しか持たない。つまり、ローズ。アナタであれば、皆の攻撃を受けることはないでしょう。」

 「・・・いまさら何の真似だ。命乞いのつもりか?」

 15世はクワッと目を開いた。そして、膝を引きずりながら、ローズの元へと近づいていく。

 「そうではないのです。あぁ、サニア様・・・。ワタクシたちは、この者の魂を救う術がないようです。次に巡るときには必ず・・・!必ずやアナタ様の輝きを・・・!」

 15世はもう少し何か言いたそうにしていたけれど、ローズは眉間に深い皺を寄せながら、15世の傷口を中心に、半身ほどの大きさの水球を作り出した。水球は直ちに赤く、黒く染まり、弾けた。

 15世は倒れた。しかし、残る力を振り絞り、どうにか届いたローズの足元に触れながら、笑顔で口を動かした。それはあまりにも小さい声で、でもローズには届いたのかもしれない。

 ローズは歯を食いしばりながら、そそくさと部屋を後にした。

 建物を脱出するまでの間、次から次へとサニアの民がローズを襲う。

 15世が言っていた通り、ローズは一度も相手の攻撃を受けることはなかった。それどころか、相手の攻撃はローズが作り出した水の柱を通過しながら曲がっていき、全てが敵を貫いていった。

 建物を出たローズの後ろに、真っ赤な足跡が続いていた。その所々がしずくの後がある。出所はきっと、ローズの目元だ。

 早くローズの元へ向かわなければ。でも、ボクは身体中に魔法粒子が充満していて、もう動けなかった。

 「ガハハハ!ノア、どうした。諦めたのか?ホレ、ローズがまた敵襲を受けているぞ。」

 ドニスの言う通り、ローズは囲われている。どう見ても日常的に戦いに備えているとは思えない、小さい子どもですらローズに魔法を打とうとしていた。

 ローズの姿がドアップで脳裏に浮かんだ。たぶん、ドニスの仕業だ。驚いて振り向いたときに、またまたニヤニヤとしていたから間違い無いだろう。

 思い返せば、自動的にローズの動きを追って認識する能力なんてボクにはなかった。ここまで円滑に、ドニスに見せられていたらしい。

 薄暗くて見えにくかったローズの表情が、本当に触れているように感じ取れる距離。

 それでも淡々と、攻撃を捌くローズ。

 ボクはもう、ローズの元へ行くこと自体に意識が集中してしまったようで、残る力を全て振り絞り、空間の壁を消そうとした。

 ドニスの咳払い。ボクは手を止めて振り返った。

 「さっきから見ていたんだが、オマエは自分の能力への理解がテキトーすぎる。これじゃ、見てて面白く無いじゃないか。もっと頭を使わんかい。」

 「そんなこと言ったって、今はそんなこと考えてる場合じゃ無いよ!行かなくちゃ!」

 ローズの姿勢が少しグラついた気がした。

 「まあ、ノアよ。繰り返しになるが、ローズが死ぬことはあるまい。いいか。オマエの魔法は物や現象を魔法粒子に還元するモノと見た。そして、身体の魔法粒子の蓄積量が、事実上の能力の制限になっている。そうじゃろう?」

 ドニスは胸を張ってボクを見ている。鼻息を一回、フンスとならして、ボクを見ている。

 ボクは首を縦に振った。ドニスは嬉しそうに、話を続ける。

 「そうじゃろう、そうじゃろう。だったら、身体に穴を開けて仕舞えば、魔法粒子は溜まらない。魔法を使い放題じゃ!」

 「穴を開けるなんて、そんなことしたらまともに動けないよ!」

 ボクがそう言うと、ドニスはヤレヤレといった感じで、目元を手で覆ってしまった。

 「頭が悪いというのは、実に不自由じゃのお。」

 大きくため息をついて、ドニス不満そうにブツブツと喋り続ける。

 「ま、ヒントは以上じゃ。あとは自分で考えるなり、ローズをそこで応援するなり、好きにするがいいわ。」

 ドニスはあくびを噛み殺しながら、ヒナの顔で遊び始めた。

 ローズの方では、雨が降り出していた。シトシトと、優しい雨だった。

 サニアの民は、まだ残っている。何も恐れることはないと言わんと、ローズに攻撃を仕掛ける。しかし、ローズはずっと同じ作業を繰り返すだけだった。

 ところが、雨粒で攻撃が散乱してしまったのか、先ほどとは違って、相手は一撃でやられることが少なくなっていた。

 生きているのを放っておけば、攻撃をくらうだけの状況。ローズは15世の時と同じように、一人ずつ水球でトドメを刺していった。

 変わらず、ボクの頭には、ローズの表情がはっきりと映っていた。目の傷に雨が入る度に顔を歪め、トドメを刺すたびに表情が曇る。

 焦って焦って、ボクは頭がおかしくなりそうだった。

 魔法粒子も胸のザワメキも限界に達しそうな時、唐突に頭が真っ白になった。そして、ボクはドニスの言葉を理解した。

 ボクは身体に穴を開けることなく、空間的な迂回をして、身体の中と外を繋げた。

 魔法粒子は、濃い方から薄い方へと勝手に流れてくれる。ボクはもう何も考えずに、目の前の壁を乗り越えていった。

 「ローズ!」

 ボクは思わず声を上げた。

 「ウツケが!どうして来た。オマエには手に負えんのがわからんか。戻れ!」

 ローズが叫ぶと同時に、ボクの背後の物陰から誰かが飛び出してきた。振り返ると、もう瀕死だった。

 ボクの周りで、いつの間にか現れていた水の柱が、重力に従い出した。ローズが助けてくれたんだ。

 ホッとため息をつきながら振り返ると、ローズが脇腹を抑えながら座り込んでいた。その奥で、誰かが倒れた。

 慌てて駆け寄ると、ローズの手元には赤いシミがジワジワと広がっている。

 「わかったか。さっさと隠れろ。」

 ローズはビショビショに濡れながら、息絶え絶えにそう言った。

 「ローズも一緒に逃げようよ!死んじゃうよ!」

 「ワタシはいい!早くしろ!」

 ボクたちの声を聞きつけたのか、また集団がボクたちを囲った。そしてどの方向からも、魔力の起こりが発生しては、その発生元で誰かが倒れた。

 俯瞰で見ている時はわからなかったけど、この攻撃はとんでもなく速い。ローズは一瞬で魔法の発生を読み取って、一瞬で水の柱を配置して、一呼吸の間もなく攻撃を全て返している。

 だから、ボクが一人で逃げることを決断した頃には、全てが終わっていた。ボクたち以外に、もう魔力はどこにも感じ取れない。

 的が二つになったせいで、攻撃の軌道が読みづらかったのかもしれない。ローズは身体中に、焦げたような傷が残っていた。でも、ボクは無傷だった。

 「オマエが来てくれて、少しホッとしたんだ。」

 ローズはまだ周囲を警戒しながら、顔を合わせることなく呟いた。

 どうして、と聞こうとしたところ、大騒ぎで登場したドニスに遮られてしまった。

 「いやぁぁ。なかなかに面白い戦いだったぞ!ガハハハハ。」

 ローズはドニスを睨みつけてはいたが、何も言うことはなく、そのまま地面に倒れ込んでしまった。

 ドニスが現れたと言うことは、きっと決着がついたと言うことだ。それでローズは気が緩んだのだろう。

 「ごめんなさい、ローズ様!ワタクシは、ワタクシは・・・!」

 ドニスの後ろから、ヒナが大泣きでローズの元へ駆け寄る。そして、何事もなかったかのように、ローズの怪我を治してしまった。

 ローズ自身もこの出来事が信じられなかったようで、傷があったはずの箇所を何度も撫でたり、試しに氷の塊を出してみたり、ヒナの頬をプニプニとつまんでみたりと、その慌て様は理解できるものの、少し笑ってしまいそうだった。

 「ハハ、オマエの魔法は、聞いていた以上の力だな。感謝する。」

 ようやく落ち着いたローズは、ヒナをクシャクシャと撫でて、そのまま抱き寄せた。

 「ですが、ワタクシは・・・。ワタクシはぁ・・・!」

 ローズの肩でヒナが泣きじゃくる。

 「これでいいんよ。オマエはよくやってる。ウチよりも立派や。」

 ローズもちょっと泣きながら、ヒナをまた撫でる。

 ボクもホッとして、つられて泣きそうになる。しかし、ここでヒナがローズを力一杯に突き放して、背中を向けて座り込んでしまった。

 ボクもローズも訳が分からず、声をかけようとしたところで、ヒナが盛大に吐いた。

 ボクはドニスを見た。ローズがドニスを睨みつけているのが視界の隅に見えた。


 「うぅ、まだ頭がガンガンします・・・。」

 ローズの膝枕でうめくヒナ。やっぱりドニスはこの状況を面白がっていた。

 「なあ、ノア。オマエ、これからアフーラに帰るんだろ?」

 ローズは氷の傘でヒナを雨から守りながら、聞いてきた。そしてボクが答えるのを待たずに続ける。

 「ワタシも連れてってくれないか。」

 「おっと、それならワシも行くぞ。そっちの方が面白そうじゃ!」

 ドニスが話に割り込んできた。ローズは気に留めることなく、続きを話す。

 「サニアの現状は、側から見れば、国中で殺し合いがあったように見えなくはない。今だから言えるが、サニアの連中は狂っていたとしか言えん。だから、そうであっても誰も疑わんだろう。雨がワタシの痕跡を消すだろうし、あとは真実を知るものが消えれば、全て丸く収まる。」

 「ローズ様、お恥ずかしながら、ワタクシはアナタ様がどうしていたかを見ていませんでした。その真実というのを、教えてはくださらないのですか。」

 ヒナが潤んだ目でローズを見上げる。

 「オマエはリタスに帰らなければならないだろう。だから、知らないほうがいいさ。」

 「じゃ、じゃあ、ワタクシ見ました!ローズ様が何をしたか、はっきりとこの目で!一部始終を見届けました!」

 ローズは優しく笑った。

 「そうか。じゃあ、もう少し、残った3カ国が安定するまでは誘拐しておかないとな。」

 話が勝手に進んでいるけれど、どうやらボクは二人に言わなければならないことがありそうだ。

 「いや、でも・・・。」

 「いや、いいんだ、ノア。もう、この土地に心残りはない。故郷は今の世代がしっかりと守ってくれるさ。それに、レッジやサルトイにも会いたいんだ。」

 ローズとヒナがにこやかにボクを見た。

 「ノア、ワタシをアフーラに連れてってくれ!インクレムだか何だかの襲来のとき、ちょっとした戦力になれるはずだ。」

 「ワタクシも、ぜひお願いします。きっとお役に立ちますから!」

 「ワシもついていくからよろしくな!」

 ローズ、ヒナ、ドニスがどんどんと話を進めてしまう。

 「ちょ、ちょっと待って!」

 「どうした、ノア?もしかして、ここでやり残したことでもあったか?」

 ローズが首を傾げる。ボクは一息置いて、口を開いた。

 「えっと、帰り道が、わからない・・・。」

 雨はすっかり弱くなったようで、静かだった。

 「義理堅い奴なのかと思っていたが、まさかそんな理由だったとは・・・。」

 と、ローズが額を手で押さえながら嘆いた。

 「え、どうしましょう!ノア様ができないとなっては、空間魔法の使い手などおりませんし、どうしましょう・・・。」

 ヒナがローズの膝下でオロオロとしている。ふと、何かを思い出したように、ドニスを見始めた。

 「もしかして、ワシに送ってもらおうなんて考えとらんよな?」

 ドニスの確認にヒナはニコッと笑った。ローズはちょっと嫌そうだった。

 「嫌じゃよ。めんどくさい。ワシが頑張らんとも、ノアが特訓して行けるようになればよかろう?」

 ヒナはヨロヨロと立ち上がり、ドニスに縋りついた。

 「お願いします」と、「嫌じゃ嫌じゃ」の合戦の中、ボクはアフーラに帰った時のことを自然と思い浮かべていた。

 ボクの目の前に立ち塞がるインクレム。ボクはヤツらに勝てるのだろうか。

 さっきの戦いを思い出す。ボクは何もできなかった。

 「ドニス!お願い、ボクを強くして!」

 ボクは気がつけばそう言っていた。

 「ほお!ワシはそういう展開は大好きじゃ!いいじゃろう。そうすれば、オマエたちはノアに連れてってもらえるかもしれんし、それでいいじゃろ?」

 さっきまでヒナに揺さぶられながらゲッソリとしていたドニスは、打って変わって輝かしい目で、意気揚々とそう言ってくれた。

 「反対はせんが、手を抜かないでくれよ。」

 ローズは少し楽しそうに言った。

 「安心せい、殺す気で鍛えてやるわい。」

 ドニスはすごいワッルイ顔をしている。

 「頑張ってくださいね!」と応援してくれるヒナが唯一の癒しだった。

 空を見上げると、いつの間にか雲は消えていて、朝の光がボクらを照らしていた。

ようやくノアの章が終わり、後は最終章を残すのみとなりました。

ここまでお付き合いいただき、感謝しています。

(たぶん)残り短い中、もう少しお付き合いしていただけると幸いです。

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