Episode 11
「あなたの強さはよく聞いています。ですので、最初に魔器官を損傷させることにしました。一思いに殺せぬワタクシの弱さを、どうかお許しください。」
ローズが手で抑えている片目に、15世はそっと手のひらを重ねて言った。
「ワタシが許そうがどうでもいいだろう?誰もが死ぬとき、己の弱さを悔いるもの。だが、ワタシは悔しさに歪むオマエの顔をもうすぐ見れると思うと、何もかもが許せそうだ。よかったな!」
手の隙間から垂れる液体を舐めながら、ローズは口角をこれでもかと上げて言い放った。
急激な危機感。15世の言う通り、魔器官が壊されたと言うなら、ローズは魔法を使えない。そして、ここまで見た感じだと、15世の魔法は光に関するもの。少なくとも光は出せる。魔法なしで光を避けるなり防ぐなりする手段などあるのだろうか。
ボクは動けなくなるのを承知で、空間の壁を消す手の動きを早くする。
15世が片方の手を天に掲げる。そこにはさっきと同じ、光の玉が生成され始めた。
「ホレホレ、がんばれ、がんばれ。ガハハハ!」
ドニスの声。とにかくローズの元へ行かなければ。空間の壁に変化は見られない。
光の玉がひとまわり、ふたまわりと大きくなっていく。部屋が昼間よりも明るく照らされていた。
「もし、タンナの方々に言伝があれば、聞きますよ。」
15世はこれから殺しをするとは思えない笑顔でローズにささやいた。逆光で、ローズの顔は見えなかった。
「それはワタシのセリフだ。もっとも、オマエの場合は、国中がワタシを殺そうと躍起になって返り討ちに会うだろうから、すぐに会えるだろうよ。オマエたちは生まれ変わるんだろう?」
ローズの言葉を皮切りに、光の玉が急速に縮まり出した。
白く輝いていた球は、青へ、紫へと変色していき、見えなくなった。しかし、そこには膨大なエネルギーがあるようで、周囲を魔力で押さえ込んでいるのが感じ取れた。
そして瞬きの間もなく、エネルギーが解放される。何かが焼き切れる音がした。
部屋の中を、静かに風が通り過ぎた。風の通り道を辿っていくと、空は雲に覆われてしまっていて薄暗い。
「は、ハハ・・・。まさか魔器官をもう一つ持っているとは思いませんでした。普通はあり得ないでしょう、えぇ。」
15世はみぞおちにポッカリと開いた穴を手で確かめながら、膝から崩れ落ちた。
ローズは静かに15世を見つめている。
「しかし困った。すぐにわかると思うので言ってしまいますが、この国の者たちは先ほどと同じような攻撃手段しか持たない。つまり、ローズ。アナタであれば、皆の攻撃を受けることはないでしょう。」
「・・・いまさら何の真似だ。命乞いのつもりか?」
15世はクワッと目を開いた。そして、膝を引きずりながら、ローズの元へと近づいていく。
「そうではないのです。あぁ、サニア様・・・。ワタクシたちは、この者の魂を救う術がないようです。次に巡るときには必ず・・・!必ずやアナタ様の輝きを・・・!」
15世はもう少し何か言いたそうにしていたけれど、ローズは眉間に深い皺を寄せながら、15世の傷口を中心に、半身ほどの大きさの水球を作り出した。水球は直ちに赤く、黒く染まり、弾けた。
15世は倒れた。しかし、残る力を振り絞り、どうにか届いたローズの足元に触れながら、笑顔で口を動かした。それはあまりにも小さい声で、でもローズには届いたのかもしれない。
ローズは歯を食いしばりながら、そそくさと部屋を後にした。
建物を脱出するまでの間、次から次へとサニアの民がローズを襲う。
15世が言っていた通り、ローズは一度も相手の攻撃を受けることはなかった。それどころか、相手の攻撃はローズが作り出した水の柱を通過しながら曲がっていき、全てが敵を貫いていった。
建物を出たローズの後ろに、真っ赤な足跡が続いていた。その所々がしずくの後がある。出所はきっと、ローズの目元だ。
早くローズの元へ向かわなければ。でも、ボクは身体中に魔法粒子が充満していて、もう動けなかった。
「ガハハハ!ノア、どうした。諦めたのか?ホレ、ローズがまた敵襲を受けているぞ。」
ドニスの言う通り、ローズは囲われている。どう見ても日常的に戦いに備えているとは思えない、小さい子どもですらローズに魔法を打とうとしていた。
ローズの姿がドアップで脳裏に浮かんだ。たぶん、ドニスの仕業だ。驚いて振り向いたときに、またまたニヤニヤとしていたから間違い無いだろう。
思い返せば、自動的にローズの動きを追って認識する能力なんてボクにはなかった。ここまで円滑に、ドニスに見せられていたらしい。
薄暗くて見えにくかったローズの表情が、本当に触れているように感じ取れる距離。
それでも淡々と、攻撃を捌くローズ。
ボクはもう、ローズの元へ行くこと自体に意識が集中してしまったようで、残る力を全て振り絞り、空間の壁を消そうとした。
ドニスの咳払い。ボクは手を止めて振り返った。
「さっきから見ていたんだが、オマエは自分の能力への理解がテキトーすぎる。これじゃ、見てて面白く無いじゃないか。もっと頭を使わんかい。」
「そんなこと言ったって、今はそんなこと考えてる場合じゃ無いよ!行かなくちゃ!」
ローズの姿勢が少しグラついた気がした。
「まあ、ノアよ。繰り返しになるが、ローズが死ぬことはあるまい。いいか。オマエの魔法は物や現象を魔法粒子に還元するモノと見た。そして、身体の魔法粒子の蓄積量が、事実上の能力の制限になっている。そうじゃろう?」
ドニスは胸を張ってボクを見ている。鼻息を一回、フンスとならして、ボクを見ている。
ボクは首を縦に振った。ドニスは嬉しそうに、話を続ける。
「そうじゃろう、そうじゃろう。だったら、身体に穴を開けて仕舞えば、魔法粒子は溜まらない。魔法を使い放題じゃ!」
「穴を開けるなんて、そんなことしたらまともに動けないよ!」
ボクがそう言うと、ドニスはヤレヤレといった感じで、目元を手で覆ってしまった。
「頭が悪いというのは、実に不自由じゃのお。」
大きくため息をついて、ドニス不満そうにブツブツと喋り続ける。
「ま、ヒントは以上じゃ。あとは自分で考えるなり、ローズをそこで応援するなり、好きにするがいいわ。」
ドニスはあくびを噛み殺しながら、ヒナの顔で遊び始めた。
ローズの方では、雨が降り出していた。シトシトと、優しい雨だった。
サニアの民は、まだ残っている。何も恐れることはないと言わんと、ローズに攻撃を仕掛ける。しかし、ローズはずっと同じ作業を繰り返すだけだった。
ところが、雨粒で攻撃が散乱してしまったのか、先ほどとは違って、相手は一撃でやられることが少なくなっていた。
生きているのを放っておけば、攻撃をくらうだけの状況。ローズは15世の時と同じように、一人ずつ水球でトドメを刺していった。
変わらず、ボクの頭には、ローズの表情がはっきりと映っていた。目の傷に雨が入る度に顔を歪め、トドメを刺すたびに表情が曇る。
焦って焦って、ボクは頭がおかしくなりそうだった。
魔法粒子も胸のザワメキも限界に達しそうな時、唐突に頭が真っ白になった。そして、ボクはドニスの言葉を理解した。
ボクは身体に穴を開けることなく、空間的な迂回をして、身体の中と外を繋げた。
魔法粒子は、濃い方から薄い方へと勝手に流れてくれる。ボクはもう何も考えずに、目の前の壁を乗り越えていった。
「ローズ!」
ボクは思わず声を上げた。
「ウツケが!どうして来た。オマエには手に負えんのがわからんか。戻れ!」
ローズが叫ぶと同時に、ボクの背後の物陰から誰かが飛び出してきた。振り返ると、もう瀕死だった。
ボクの周りで、いつの間にか現れていた水の柱が、重力に従い出した。ローズが助けてくれたんだ。
ホッとため息をつきながら振り返ると、ローズが脇腹を抑えながら座り込んでいた。その奥で、誰かが倒れた。
慌てて駆け寄ると、ローズの手元には赤いシミがジワジワと広がっている。
「わかったか。さっさと隠れろ。」
ローズはビショビショに濡れながら、息絶え絶えにそう言った。
「ローズも一緒に逃げようよ!死んじゃうよ!」
「ワタシはいい!早くしろ!」
ボクたちの声を聞きつけたのか、また集団がボクたちを囲った。そしてどの方向からも、魔力の起こりが発生しては、その発生元で誰かが倒れた。
俯瞰で見ている時はわからなかったけど、この攻撃はとんでもなく速い。ローズは一瞬で魔法の発生を読み取って、一瞬で水の柱を配置して、一呼吸の間もなく攻撃を全て返している。
だから、ボクが一人で逃げることを決断した頃には、全てが終わっていた。ボクたち以外に、もう魔力はどこにも感じ取れない。
的が二つになったせいで、攻撃の軌道が読みづらかったのかもしれない。ローズは身体中に、焦げたような傷が残っていた。でも、ボクは無傷だった。
「オマエが来てくれて、少しホッとしたんだ。」
ローズはまだ周囲を警戒しながら、顔を合わせることなく呟いた。
どうして、と聞こうとしたところ、大騒ぎで登場したドニスに遮られてしまった。
「いやぁぁ。なかなかに面白い戦いだったぞ!ガハハハハ。」
ローズはドニスを睨みつけてはいたが、何も言うことはなく、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
ドニスが現れたと言うことは、きっと決着がついたと言うことだ。それでローズは気が緩んだのだろう。
「ごめんなさい、ローズ様!ワタクシは、ワタクシは・・・!」
ドニスの後ろから、ヒナが大泣きでローズの元へ駆け寄る。そして、何事もなかったかのように、ローズの怪我を治してしまった。
ローズ自身もこの出来事が信じられなかったようで、傷があったはずの箇所を何度も撫でたり、試しに氷の塊を出してみたり、ヒナの頬をプニプニとつまんでみたりと、その慌て様は理解できるものの、少し笑ってしまいそうだった。
「ハハ、オマエの魔法は、聞いていた以上の力だな。感謝する。」
ようやく落ち着いたローズは、ヒナをクシャクシャと撫でて、そのまま抱き寄せた。
「ですが、ワタクシは・・・。ワタクシはぁ・・・!」
ローズの肩でヒナが泣きじゃくる。
「これでいいんよ。オマエはよくやってる。ウチよりも立派や。」
ローズもちょっと泣きながら、ヒナをまた撫でる。
ボクもホッとして、つられて泣きそうになる。しかし、ここでヒナがローズを力一杯に突き放して、背中を向けて座り込んでしまった。
ボクもローズも訳が分からず、声をかけようとしたところで、ヒナが盛大に吐いた。
ボクはドニスを見た。ローズがドニスを睨みつけているのが視界の隅に見えた。
「うぅ、まだ頭がガンガンします・・・。」
ローズの膝枕でうめくヒナ。やっぱりドニスはこの状況を面白がっていた。
「なあ、ノア。オマエ、これからアフーラに帰るんだろ?」
ローズは氷の傘でヒナを雨から守りながら、聞いてきた。そしてボクが答えるのを待たずに続ける。
「ワタシも連れてってくれないか。」
「おっと、それならワシも行くぞ。そっちの方が面白そうじゃ!」
ドニスが話に割り込んできた。ローズは気に留めることなく、続きを話す。
「サニアの現状は、側から見れば、国中で殺し合いがあったように見えなくはない。今だから言えるが、サニアの連中は狂っていたとしか言えん。だから、そうであっても誰も疑わんだろう。雨がワタシの痕跡を消すだろうし、あとは真実を知るものが消えれば、全て丸く収まる。」
「ローズ様、お恥ずかしながら、ワタクシはアナタ様がどうしていたかを見ていませんでした。その真実というのを、教えてはくださらないのですか。」
ヒナが潤んだ目でローズを見上げる。
「オマエはリタスに帰らなければならないだろう。だから、知らないほうがいいさ。」
「じゃ、じゃあ、ワタクシ見ました!ローズ様が何をしたか、はっきりとこの目で!一部始終を見届けました!」
ローズは優しく笑った。
「そうか。じゃあ、もう少し、残った3カ国が安定するまでは誘拐しておかないとな。」
話が勝手に進んでいるけれど、どうやらボクは二人に言わなければならないことがありそうだ。
「いや、でも・・・。」
「いや、いいんだ、ノア。もう、この土地に心残りはない。故郷は今の世代がしっかりと守ってくれるさ。それに、レッジやサルトイにも会いたいんだ。」
ローズとヒナがにこやかにボクを見た。
「ノア、ワタシをアフーラに連れてってくれ!インクレムだか何だかの襲来のとき、ちょっとした戦力になれるはずだ。」
「ワタクシも、ぜひお願いします。きっとお役に立ちますから!」
「ワシもついていくからよろしくな!」
ローズ、ヒナ、ドニスがどんどんと話を進めてしまう。
「ちょ、ちょっと待って!」
「どうした、ノア?もしかして、ここでやり残したことでもあったか?」
ローズが首を傾げる。ボクは一息置いて、口を開いた。
「えっと、帰り道が、わからない・・・。」
雨はすっかり弱くなったようで、静かだった。
「義理堅い奴なのかと思っていたが、まさかそんな理由だったとは・・・。」
と、ローズが額を手で押さえながら嘆いた。
「え、どうしましょう!ノア様ができないとなっては、空間魔法の使い手などおりませんし、どうしましょう・・・。」
ヒナがローズの膝下でオロオロとしている。ふと、何かを思い出したように、ドニスを見始めた。
「もしかして、ワシに送ってもらおうなんて考えとらんよな?」
ドニスの確認にヒナはニコッと笑った。ローズはちょっと嫌そうだった。
「嫌じゃよ。めんどくさい。ワシが頑張らんとも、ノアが特訓して行けるようになればよかろう?」
ヒナはヨロヨロと立ち上がり、ドニスに縋りついた。
「お願いします」と、「嫌じゃ嫌じゃ」の合戦の中、ボクはアフーラに帰った時のことを自然と思い浮かべていた。
ボクの目の前に立ち塞がるインクレム。ボクはヤツらに勝てるのだろうか。
さっきの戦いを思い出す。ボクは何もできなかった。
「ドニス!お願い、ボクを強くして!」
ボクは気がつけばそう言っていた。
「ほお!ワシはそういう展開は大好きじゃ!いいじゃろう。そうすれば、オマエたちはノアに連れてってもらえるかもしれんし、それでいいじゃろ?」
さっきまでヒナに揺さぶられながらゲッソリとしていたドニスは、打って変わって輝かしい目で、意気揚々とそう言ってくれた。
「反対はせんが、手を抜かないでくれよ。」
ローズは少し楽しそうに言った。
「安心せい、殺す気で鍛えてやるわい。」
ドニスはすごいワッルイ顔をしている。
「頑張ってくださいね!」と応援してくれるヒナが唯一の癒しだった。
空を見上げると、いつの間にか雲は消えていて、朝の光がボクらを照らしていた。
ようやくノアの章が終わり、後は最終章を残すのみとなりました。
ここまでお付き合いいただき、感謝しています。
(たぶん)残り短い中、もう少しお付き合いしていただけると幸いです。




