Episode 10
「・・・こんな夜更けに、どなたでしょうか。」
「フン、サニア15世ともあろうお方が、ワタシを知らないなんてことはないだろう。お空の光に恋焦がれすぎて、目をつぶしてしまったか?」
ローズはサニアの王こと、15世の目の前に立つや否や、いきなり煽りだしたのである。ボクもヒナも開いた口が塞がらなかった。
一方で、ドニスは大爆笑。もしかしたら、これが一昔前のジョークか何かなのかもしれない。それをジョークと受け取ったのかはわからないけれど、15世は静かに微笑むだけで、でもそれが少し不気味にも思えた。
「フフフ、噂通りのお方なのですね。もしや、ワタクシを殺しにきたのでしょうか。」
15世そう言いながら、すぐそばにあった椅子に腰掛け、その向かいの椅子をローズに勧めた。
「噂通りなら、もうオマエはとうに殺されているだろう。」
ローズは乱暴に椅子に座りながら答える。肘掛けに頬杖、脚はバッチリ組んでいて、とても交渉をしようとしているようには見えない。ドニスは生のままの魚にかぶりつきながら、ローズの様子を楽しそうに見ている。
「では、要件は?」
15世の問いかけに、ローズはすぐには応じない。よく見ると、ローズは上にある足をグルグル回しながら、目線を泳がせていた。ちょっと肝が冷えるような状態だけども、ボクもなんと答えればいいのかわからないので、ただただ歯痒い。
「もしかして、悩みを打ち明けにきたのでしょうか。心配せずとも、サニア様は全てを受け入れてくれます。さあ、遠慮なさずに話してみてください。」
ローズは舌打ちで返事をした。そして、不満を隠すことなく言葉を続ける。
「『全てを受け入れる』だと?だったら、卑しい卑しい我らがタンナを、その寛大な心で、放っておいて欲しいものだ。」
そして、ローズは苛立ちを抑えきれなかったのか、魔力を少し強めた。
「ちょ、ローズ!そんなことしたら、誰かが来ちゃうよ!」
ボクは思わず叫んでいた。しかし、空間の壁があるから、この声が届くことはない。わかっているけど、叫んでしまった。
「ノア、いいところなんだから静かにしてくれ。ホラ、オマエもなんか食うか?ヒナもどうだ?」
ドニスがボクの頭をワシャワシャといじる。色々言いたいことはあったけれど、ボクも事のてんまつは気になって仕方がなかったので、黙って従うことにした。ついでに、木の実を一口かじった。
ローズたちに視線を戻す。落ち着きのないローズに対して、15世は実に冷静で、ウンウンと静かに頷いた。ローズの言葉をしっかりと噛み砕いているように見える。
「いいですか、ローズ。放っておくというのは、悪くはないですが、よくもない。サニア様がワタクシたちを平等に照らすように、ワタクシたちもまた。どんな人々にも救いの手を差し伸べなくてはならないのです。」
「ほぉ、それでタンナを滅ぼすと。もしや、オマエたちは死が救済だと思っているタチなのか?」
ローズは15世のそばに歩み寄り、その肩に肘を乗せた。そして、こう続ける。
「それなら、ワタシがオマエたちを皆殺しにしたほうが、幸せだったりするのか?」
対する15世は、君が悪いほどに一片も崩れない笑顔のまま、ローズを見つめている。
「そうではありません。しかし、このあたりの話は実に難解でしょう。子どもたちに理解してもらうのに、いつも苦労していますよ。」
「理解?洗脳の間違いなんじゃないか?」
「いえいえ。ちゃんと筋が通った話ですよ。もちろん、この考えを疑問視する信者もいらっしゃいますが、今のところはそれを否定するような解釈を提案できた者はいません。」
ここで、部屋の入り口が勢いよく開いた。その向こうから、武器を持った集団が見えた。ドアを開ける直前まで魔力を押さえていたみたいで、ほとばしるような魔力がローズたちの方へ溢れ出していた。サニアは数だけだと聞いていたけれど、それが疑わしく思える勢いだった。
ボクは助けに入ろうと、立ち上がるも、ドニスに尻尾で引っ叩かれて止められてしまった。どうにかドニスを説得しようと全力で思考を走らせていると、魔力の激流がピタリと止まった。
15世が衛兵に手を向けて、静止したみたいだった。
「では、ローズ。ワタクシたちはなぜ、アナタたちを滅ぼそうとしているのか。せっかく来てくださったのですから、教えてあげましょう。」
いつの間にか衛兵はいなくなっていた。
「さて、アナタはサニア教の教えを、どれくらい知っているのでしょうか。」
「興味もない。宗教など、腹の足しにもならんものを熱心に信じているということが、実に信じられん。」
ローズは間髪入れず、しかし太々しく答えた。元いた椅子に収まってはいたが、相変わらず姿勢が荒れている。この調子では、うっかり15世の方を応援してしまうかもしれない。
「まあ、昔は宗教も多種にわたり、色々あったようですし、直接経験したかもしれないアナタは、『宗教』という言葉自体が好きではないのかもしれませんね。」
15世は品の良い受け答えを続けている。それがシャクにさわったのか、ローズの声が少し大きくなっていた。
「何が言いたい!」
ローズが肘掛けを拳で叩きつけた。
「例えば、タンナではその気候ゆえに、食料が乏しくなることがあるでしょう。だから、食料を大事にしようとする教訓が生まれるはずです。」
「当たり前のことだろう?それとも、サニアは食料を粗末にする風習でもあるのか?」
15世は丁寧に首を横に振った。
「いえいえ、サニアにも同様の教えはあります。本題は、その理屈を理解し難い幼な子にどのように教えるのか、です。」
「はぁ?そんなの殴ってでも従わせればいいじゃないか。成長すれば、いずれ理解する。」
「生まれた時から、絶対に従うべき生きる上でのルールがあると、教え続けてもいいのではないでしょうか。さらに、ここに物語性があれば、誰でも親しみやすく理解できるでしょう。」
「それも手段の一つだろうが、だからなんだというんだ?そもそも、子どもなどたくさんいるのに、どうやってそんな統一的なものを作る?子ども同士のやりとりで齟齬が生じれば、その理想は崩れるだろうな。」
15世が身を乗り出して、ローズを指さした。
「さすがローズ。話が早くて助かります。その役割を担う機能が本来の『宗教』である、と私は考えています。一つの原典を元に、国全体を教育する。これがサニアがワタクシ、15代目まで続いた理由の大半を占めているでしょう。」
ローズは手のひらで顔を支え、大きくため息をついた。
「それで、どうしてタンナを滅ぼそうとなるんだ?さっさと結論を言ってもらえないか。」
「本当は丁寧に説明したいところですが、わかりました。いくらか簡素なものを聞かせて差し上げましょう。」
そう言って、15世は手を胸の前に重ね、目を閉じて黙り込んでしまった。
「お、おい。何をしているんだ・・・?」
ローズが立ちあがろうと肘掛けに手をかける。そのとき、15世が唐突に歌い始めた。
光なき生まれは不幸である。
降り注ぐ不幸は、記憶に刻まれるだろう。
命は巡る。光が昇り沈むように。
不幸の命はまた不幸へ還る。
我ら、サニア様のご慈悲を授かりし者。
サニア様はただ照らすのみ。
感謝さえも、冒涜と心得よ。
曇天の循環を断ち切れ。サニア様の名の元に。
全てを光で満たすのだ。サニア様の御心のままに。
その歌声は実に快く、思わず拍手を送りそうになってしまった。が、ドニスは好みじゃなかったようで、「もっとソウルを込めんか!」とか、「上品ぶった歌い方しおって!」とギャーギャー騒ぎ出したので、拍手の隙はなかった。
15世はフゥ、と一息ついてから目を開き、ローズに柔らかな笑顔を向けて話し出した。
「これは、サニア教に伝わる最も伝統のある歌です。」
「・・・念のため、タンナを滅ぼさんとする理由を、オマエの口から改めて、はっきりと聞かせてもらおうか。」
ローズは腕を組み、背もたれに深く寄りかかった。呼吸が少し深い。冷静さを保とうとしているのかもしれない。
「今のタンナの人々は、その人格が終わるまで冷たい記憶を持ったままです。ですから・・・。」
15世は、窓から降り注ぐほのかな光を両手ですくうように、ローズ方へ両手を差し出した。そして、本当に光をすくい取ったように、手のひらの上に光の玉が現れた。
「ワタクシたちが全てを浄化するのです。それは死ではない。サニア様が地平の向こうで、心の傷を癒やし、またこの世界に還してくださる。」
15世がそう言い終える頃には、光球は消え去っていた。ここでボクは、光に目を奪われていたせいか、ローズを見失ってしまったことに気がついた。
よくよく考えれば、何もないところから光が出てくるなんて、魔法しかあり得ない。ローズとドニスの繰り広げたあの戦いで感覚が麻痺していたのかもしれない。それが攻撃であると、今になってようやく理解した。
ローズが座っていた空っぽの椅子。その向かいに座る15世はずっと表情を崩すことなく、真正面を見ていた。
その視線のを辿ってみる。すると、目線が椅子を通り過ぎたあたりで、不規則な点線がボタボタと続いているのが見えた。
ボクの目の動きが、自然と早くなる。薄暗いけれど、あの色が赤であることを直観したからだ。そして、部屋の壁に寄りかかるローズを発見する。
ローズの表情に焦りはなかった。それどころか、ホッとしたような雰囲気すらある。もしかしたら、「あいつをぶっ殺す口実ができた」なんて思っているのかもしれない。
ローズは強い。だけどボクは静観する気にはなれなかった。なぜなら、ローズはずっと片目を手で覆っていて、その隙間からは何かが垂れていたから。
「行ってどうする?オマエは弱くはないだろうが、ヤツらの連携の前では手も足も魔法も出ないと思うぞ?」
立ち上がるボクの背後から、ドニスが声をかけてきた。振り返ると、大きなあくびをしていた。
「そうだとしても、ほっとけないよ。ヒナだってそう思うでしょ?」
そう言いながらヒナの方を見ようとしたけど、すぐには見当たらなかった。魔力を探す。すると、ヒナはドニスの膝下で、顔を真っ青にしてうなされていた。ぐったりとしたその手の先に、ドニスが持ってきた木の実が放ってあった。落として潰れてしまったようだ。
「まあ、慌てるでない。どうせローズは負けんよ。戦争で失うものが多いがためにやらなかっただけで、あいつは余裕でサニアを明け方を待たず滅してしまうだろうよ。負けるというのであれば、それはそれで見てみたいがの。ガハハハ!」
ドニスはただただ笑っていた。その声が頭に響くのか、ヒナは耳を塞いでうなっている。
「そんな!ひどいよ。」
「何がひどいんじゃ?ローズが勝手にイライラしながらサニアの王に向き合った。そして本当に平和的に解決できると思ったのか、無理して荒い気性を押さえ込んで、あんなチンケな攻撃を避けられなかった。誰かのせいにするというのであれば、オマエのせいとも言えるのではないかね。初めから素直に戦いを選んでいれば、少なくともローズは負傷なんてほとんどしなかったろうよ。」
ニヤニヤとするドニス。ボクはもう何も言い返す気にならなかった。
ローズは死ぬことはない。それはボクも信じている。だから、ヒナに回復してもらうのは後でいい。何ができるかはわからないけど、とにかくローズの元へ向かおう。
ボクはドニスが作った空間の壁を消して外に出ようとした。しかし、消えなかった。
いや、身体に魔法粒子が溜まっているのだから、消せてはいるのだろう。でも、目の前にはまだ壁がある。
ドニスの方を見ると、またも大爆笑していた。でも、今度はボクを見て楽しんでいる。助けてくれる気はなさそうだった。
ローズのすぐ目の前に、15世が迫っていた。




