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空っぽ二人は箱庭で踊る  作者: ボチノ・ギウセッペ
Chapter 2 -Elpis Side-

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Episode 8

 「ホレホレ、どうした!遠慮せずにドンドン食べんか。ガハハハハ!」

 相変わらず正体不明のその生き物は、新鮮な、というより死にたての、コヌーをそのまま丸齧りしながら笑った。そして、滴る血をもったいないと言わんばかりに、慌てて口で受け止めた。

 続けて、山のように積み重なった木の実を、一口でその半分ほどを削り取った。ボクの目の前にも、それと同じと思しき木の実が5つほど置かれている。木の実は自らの形を保てないほどに柔らかいみたいだ。腐っていると直感してしまうその様は、手をつけるのことへのためらいと、あの頬のない口から液がほとんどこぼれ落ちなかったことへの納得をもたらしてくれた。

 これは食べて大丈夫なのかな。そう聞こうとしたものの、目の前の巨体は木の実を食べてから急に、楽しそうに身体をクネクネさせていて、それどころではなさそうだった。

 改めて目の前に並べられたモノを見る。一番大きく目立つのが、コヌー。一匹が三つに引き裂かれ、それぞれがボクたちの目の前に置かれている。ボクたちはバケモノに向かって左からローズ、ヒナ、ボクの順に並べられ、それぞれの目の前には頭から前脚、腹、後ろ足から尻尾が割り当てられている。肉塊の下には草が敷かれていて、滴る諸々を受けてめてくれている。今のところは。

 コヌーだったモノを囲うのは、例の木の実の小山と、同じくらいの標高を誇る種々の虫からなる山、何かの魚の山、そして黄色いキノコの山だった。食べろと言われても、とてもじゃないが食べようとは思えなかった。

 こっちはそう言う食文化なのだろうかと、左の方へ目を向けてみる。そこには黙々と木の実とキノコを頬張るローズと、「飛ばしすぎですよ」と、やんわりとそれを止めようとするヒナ。それに「放っておいてくれ」と吐き捨てるローズ。肉や魚、虫にはどちらも手をつけていないようだった。

 「なんじゃ、せっかくワシが用意してやったと言うのに、飲まんのか?食わんのか?」

 不貞腐れたその生き物は、鋭い鉤爪の腹の部分で、ボクの頭をもみくちゃに撫で回してきた。かなり乱暴で首が取れるかと思ったけれど、実際にはそうなってないのだから、加減はしてくれているのだろう。そう思えるくらいに、ボクを包み込むその影は大きい。

 「・・・あぁ、そうか!忘れておった。お前たちの種族は生だと食えないんだったな。」

 ボクが一言も発するまでもなく、ポンポンと話が進んでいく。

 爪をボクの頭に押しつけたまま、その生き物は肉と魚に向かって順に炎を吐き出していった。

 ヒナの近くで炎が唸る時、小さな驚きが炎の叫びの向こうから聞こえてきた。

 「ホラ、これでいいだろう。悪かった、悪かった。ささ、食ってくれ。」

 大きな爪が視界から外れると、大きな瞳がキラキラとこちらを覗き込んでいた。

 ちょうどお腹も空いていたので、ボクは肉をかじった。持ち上げるには大きいし、簡単にはちぎれそうにはないので、顔を近づけてかじった。

 苦い。顔のパーツが鼻の方へ引きつけられていく。口をつけた部位をよくみてみると、表面と同じようにコゲがちらほらとあった。まるで、肉の内部でさえも炎で炙っているみたいだった。

 「ガハハハ、まずかったか!お前たちの料理というモノを食べたのは随分と昔だからな。やっぱり焼くだけではダメだったか。」

 その生き物は巨大な体を存分に床に転げまわしながら、愉快そうにしている。

 その背景は、ここに来た時からずっと、ひたすらに真っ白だった。流れる雲も、そよ風に揺れる木々も、すれ違う人々もない。時間が止まっているとすら思えてくる。

 「え、えっと。こんなに準備をしてくれたのはありがたいんだけどさ、そこまで長居できるほどの時間はないんだ。また来るからさ、そろそろ行かなくちゃ。」

 そう言うと、その生き物は動きをぴたりと止めて、とても悲しそうな顔を見せつけてきた。根本的な顔のつくりが違うというのに、その悲しみが駄々をこねる子どもみたいだとわかるくらいに、露骨に悲しみを表している。

 「そ、そんなこと言わないでくれ。いくらお前たちが短命とは言え、そんなに時間はたっていないはずだぞ。何を急いでいるというんだ。」

 ボクは助け舟を期待して、ローズの方を見た。歯型の残る木の実を床に転がして、ヒナの膝でグズっている。諦めて、ボクは目の前の生き物に、こっちに来てからのこと、そしてこれからドニスに向かわなければいけないことを話した。

 「ほお!なかなかに面白そうなことをしてるじゃないか。」

 ボクが話している間、その生き物はずっと何かしらを飲み食いしていたばかりか、今は残った骨をしゃぶりながら、そんなことを言い出した。

 「アハハ、こっちは真面目にやってるんだけどなぁ。とにかく、もう十分に回復したと思うし、ローズもここにいると調子を戻せそうにないし、そろそろ出発させてもらえないかな。」

 「なに、それならなおさら出発する必要はないだろう?よく考えてみろ。」

 ボクたちはドニスに向かわなくてはいけない。そしてここはそこからそんなに近くはないはずだ。それなのに、「出発する必要はない」だって?

 ちょっと考え込んで顔が下がっていたようで、何となく再び顔を上げてみる。巨大な生き物は何故か誇らしげに、自身の存在をアピールしているように見えた。

 ダメ元でローズの方に助けを求める視線を送る。ローズは相変わらずだったし、ヒナは困ったように笑うだけだった。少し首を傾げているので、特に何かをわかってるということはなさそうだ。

 ミトコンは応答なし。正面の巨体はウズウズと、期待の目でこちらを見つめている。残念だけれど、ボクは降参せざるを得なかった。

 「わかんない!」

 すると、その生き物の表情が固まった。そして、恐るおそると言った感じに、言葉を少しずつ出していく。

 「ま、まさかと思うが・・・。いや、本当にちょっとした確認なんだけどな・・・。その、多分勘違いだとは思うんだが・・・。」

 そして、一呼吸置いてから、その生き物は口を開く。

 「ワシのこと、知らなかったりする?」

 ボクは慎重にうなずいた。

 その生き物はショックを隠すことなく顔にありありと表す。不規則に小さく震えながら、脚をたたんで床に寝転がったかと思うと、顔をその巨体で隠し、尻尾を身体に沿って丸めて、仕上げに羽で身体を包めるだけ包んで、丸っこい塊の出来上がりだ。

 「おぉ、数百年と誰も来ないと思ってはいたが、まさか忘れ去られていたとは・・・。でもワシ、ドニスじゃよ?すぐそこにある国の名前の起源ぞ?短命なりにも語り継いどかないとか、ヒドくない?」

 その塊の中から、ボソボソとそんなうめきが届く。

 なるほど、言われてみれば、ローズがドニスを模したというあのチンチクリンな氷像の面影がないこともない。ここまで表情がコロコロと変わっていくのは、少し拍子抜けだけれど。

 「で、でも、ホラ!ボクはアフーラの出身だし、こっちのことはわからないからさ。こっちのみんなは知ってるんじゃないかな。」

 ボクはまたヒナの方を見た。実に気まずそうな顔をしている。それをドニスを名乗る生き物が見てしまった。いつの間にか顔を覗かせていたらしい。

 「やっぱりな!やっぱりじゃ!もうドニスもタンナもリタスも、あと一個ナントカとかいう国も、みんな滅ぼしてやるわい!」

 ドニスは翼をバタバタとさせながら、尻尾をビタンビタンと床に叩きつけながら、拗ねた子どものように叫んだ。

 すると、ドニスの目玉にめがけて、あの見るだけでゾッとする氷のイバラが突っ込んでいた。出所はもちろんローズだ。ボクを襲ったものよりも、ずっと太い。

 ドニスはまぶたを閉じることなく、眼球への直撃を避けようともしなかった。

 衝突によってイバラは砕け散る。その跡には傷一つ見当たらなかった。その代わり、ドニスは一度ピタリと動きを止めてから、豪快に笑い出した。

 「ガハハハハハ!こんなの冗談じゃよ。ドニスジョーク!ここは笑うところじゃろうて。本当に滅したって、面白くもなかろう?」

 ローズはヨロヨロと立ち上がる。心配そうに身体を支えているヒナをボクの方へ強く押した。ヒナは少し迷いながらも、ボクのそばへ駆け寄ってきた。

 「フン、随分と質の悪いジョークだ。こんな空間に引きこもると、頭の中身が蒸発でもしてしまうのか?」

 ローズが静かに言った。ドニスとは対照的に、ローズは冷たく鋭い雰囲気を醸し出している。でも、足元がおぼつかないから、ものすごく締まりが悪い。

 「言うのお・・・。やはりお前は面白いヤツじゃ。」

 「『やはり』だと?ワタシはお前などと面識などないはずだ。」

 ローズはドニスをキッと睨みつける。しかし、立っている余力はほとんどないようで、すぐに膝をつけてしまう。顔も真っ赤で、息も荒い。

 「まあ、面識はないな。妙に長生きをしているな、とワシが勝手に眺めていたに過ぎんからな。」

 ドニスは丸めた身体を広げて、のびのびと身体を伸ばす。ローズが攻撃を続けていることが嘘のように穏やかだ。

 「ああ、思い出してきたな・・・。オマエはたしか、リタスで最近産まれた回復魔法使いで、ソッチは隣のハコニワの変な魔法を使うヤツだったな。」

 ドニスはそう呟きながら、ヒナとボクを順番に眺めて、ウンウンとうなずいた。その間にもローズがしきりにイバラで攻撃しているけれども、ドニスはちっともダメージを受けているようには見えない。

 「オイオイ。そんなに木の実やキノコを摂取すれば、まともに攻撃なんてできないだろうて。せっかくだし、手助けしてやろう。」

 そう言いながら、ドニスはローズに向かって手を伸ばした。それに対し、ローズは慌てて間に氷の壁を作り出す。しかし、それは何の意味もなかった。

 ドニスの爪が氷の壁に触れると同時に、その先端が見えなくなっていく。それは壁に食い込んだからではなくて、ボクがこの空間に入り込んだときのように、ドニスもまた空間を迂回しているから、視覚で捉えられなくなったみたいだった。

 ボクは集中して、爪の先の行方を追った。ローズの体内だった。そこには、よく噛まずに飲み込んだことがうかがえる塊がある。

 ドニスその塊を一気に引き抜いた。すると、ローズの内臓が急速に縮み、内部に残った液体が上へとゆったりと込み上げる。

 「弱っちい身体のくせに、こんだけの興奮物質の摂取をするとなると、魔法が出せるだけでも大したものだな。」

 ドニスは指先の塊をマジマジと眺めてから、それを口に放り込んで笑った。

 ローズは目をまんまるにしてうきだした。氷の壁を保つ余力はないようだ。加えて上半身を支える余裕も無いようで、腹部を潰しそうなくらいに強くおさえながら、頭を床に叩きつけてしまった。そして、顔のあたりを中心に、薄い黄色が広がった。

 ヒナはボクの胸に顔を押し付けて震えていた。ボクも自分の鼓動が激しくなるのを実感している。

 そんなことはお構いなしに、ドニスはローズの両腕を掴み持ち上げ、空いている方の前脚でまたローズの体内をいじくりだした。

 ボクもまた意識を集中させ、ドニスの行いを辿ってみる。しかし、今度の作業はものすごく小さい。名前は忘れてしまったけれど、身体中にエネルギーとかを運ぶ管をいじっているのはわかる。でも、具体的に何をしているのかはわからない。

 ローズの顔の赤みの意味合いが変わっているように見える。今はまるで、高熱にうなされているようだった。

 ボクの胸の激しさが少し穏やかになった頃、処置が終わったのか、ドニスはローズをそっと床に置いた。

 しかしローズの身体は痙攣に支配されていて、そのまま床に寝転がってしまった。その表情はとてもだらしがなく、なんとなく、ヒナが見ていなくてよかったと思ってしまう。

 「さて、これでオマエの本気を出せる状態にはなったはずだ。そしてダメ押しに・・・。」

 ドニスの身体が縮みだした。鱗は急激に小さくなって、体表はボクたちとそっくりになってしまった。羽は外側から徐々に消え去っていた。それは途中で胴体から離れていたにもかかわらず、身体に対する位置は一定で、完全に消え去るまでは元はくっついていた羽根であると認めてもいい気がしてくる。一方で、長い尻尾は短くなりはしたものの、二足歩行となったその身体に対して、ボクの手のひらほど地面に引きずる形に落ち着いてしまった。ちょっと痛そうに思えたけれど、よく見ると尻尾にだけは小さい鱗が敷き詰められていた。

 最終的に、ドニスはボクらと違う生物とは思えない姿となってしまった。理屈の上ではあり得ないのだろうけど、見せつけられた様からはどうしてもそれを認めざるを得なかった。

 今の変態に特に大きな負荷はないようで、ドニスは軽やかな足取りでローズの元に近づいた。そして腰を下ろし、ペシペシと頬を叩く。

 「ホレホレ。この身体なら、オマエたちと傷の負い方は一緒だろうて。ワシを攻撃するんだろう?」

 ドニスはローズの頬を叩き続ける。その声は侮辱というよりも、ほんのりと期待を孕ませているように感じた。

 どちらにせよ、ローズは痙攣がまだ治っていないからか、応答はなかった。ドニスがさっきよりもずっとわかりやすく、不貞腐れた表情を見せる。

 「ちぇっ。久しぶりにマアマア強い奴と戦えると思ったんじゃが・・・。」

 ドニスは気だるそうに立ち上がり、頭をボリボリかいた。そしてローズをいちべつしてから、優雅な足取りでボクたちの方に近づいてくる。

 「フフ、どうじゃ。中々に美しい姿であろう?大昔の宴では、オマエたちの先祖と思しきヤツらに好評だったのだぞ。」

 ドニスはクルクルと回りながら、その全身をこちらにくまなく見せつけてきた。確かにきれいだ。でも、服を着て欲しい。その姿を横目で見たヒナだって、すぐに目を逸らしてしまったのだから、きっと同じことを思っている。

 「どうじゃ、どうじゃ」と、しつこく迫られながら返す言葉を探していると、ドニスの向こうで大きな魔力が発生した。

 ドニスは口角をげ、目をカッと見開いた。それを見てボクは、すごくハラハラしてしまった。

 だって、その背後には、無数と言いたくなるような、大量のイバラがすぐそこまで迫っていたのだから。

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