Episode 7
乗り物が大破した。
身体が宙を舞う中、コヌーたちがどこかへ走り去ってしまうのが見えた。
「オマエ、一体、どこから聞いていた・・・。」
ローズが顔を真っ赤にしながらボクの胸ぐらを掴んだ。
事の発端はボクのくしゃみだった。乗り物がガタゴトと揺れる音くらいしかなかったのだから、すごく目立った。
それを聞きつけたのか、不意にこちらを覗き込むローズと目が合う。そしてそのまま、巨大な氷を作り出して、ボクを弾き飛ばしてしまったのだ。ついでに乗り物も一緒に吹き飛んだ。
「答えろ!場合によっては生かしておけん!」
地面から氷の刃が飛び出して、ボクの首元を狙っていた。ローズは歯をギリギリと鳴らしながら、潤んだ目をこちらに向けている。
「ロ、ローズ様。落ち着いてくださいませ。ノア様になら聞かれても困ることでもないと思いますよ。」
壊れた乗り物の後ろから、ヒナが恐るおそる顔を覗かせてきた。
「チッ。ヘラヘラとしおって・・・。」
そう言いながら、ローズはボクを解放してくれた。行き場を失った刃は首の皮を少しかすり、後ろの木にぶつかって砕け散った。しかしそんなことは気にも止めていないようで、ローズはいつの間にかヒナの元に向かっていた。
「しかし、困ったな。」
乗り物の破片を弄りながら、ローズが呟いた。
「そんなこともありますよ。フフ、どうしましょうか。」
ドニスまではまだいくらか距離がある。がんばれば、夜になる頃には到着できるくらいだろうか。それなのに、ヒナは楽しそうにしている。
「・・・怒らないのか?ワタシがカッとなってなければ、こうはならなかっただろうに。」
「自分の感情をちゃんと出せたんですから。喜ばしいことでしょう?」
「まったく、これではどちらが年上かわからんな。」
ローズは自分の頭をグシャグシャと掻きながら苦笑い。しかし、すぐに優しい顔になった。
「じゃあ、オマエの番だな。こんな不出来な仲間を怒ってみろ。」
「え、えっと。ワタクシは特に・・・。」
ヒナはバタバタと手を振りながら、目を泳がせている。
「いいから、いいから。ワタシだけでは不公平だろ。やってみろ。」
ローズはいつの間にかニヤニヤしている。
「・・・ローズ様の、バカ!」
アワアワとしながらヒナがようやく絞り出した言葉がそれだった。
それを聞いて、一瞬キョトンとなったものの、ローズは大爆笑し出した。
「うぅ、こんな暴言を口にしたのは初めてですぅ・・・。」
ヒナは両手で顔を隠しながら俯いてしまった。耳が真っ赤だ。
「・・・ありがとな。」
「いえ、こちらこそ。」
寒かったタンナにも、リタス息苦しい地下牢にもなかった、清々しい風が二人の髪を揺らした。
しばらく恥ずかしそうに二人は見つめ合っていて、ボクはすっかりハミダシモノだった。でも、仲良くなることはいいことだよね。
そんなことを考えていると、二人がハッとボクの方を見た。
ヒナはボクの首元に気がついたのか、トテトテと走ってきて、すぐに傷を治してくれた。
「さ、行きましょうか。」
ボクの手を引っ張り、ローズの元へ駆け寄った。そして、空いている手でローズの手を握り、ドニスの方へ駆け出した。
「お、おい」と、ローズは反抗する素振りを見せるも、よくよく見れば満更でもなさそうだ。
道のりは長い。でも、こんなに幸せそうにしている二人をわざわざ邪魔する気にはなれなかった。
ボクの魔法を使えば、多分あっという間に到着する。そのことをローズが思いつかない訳がなく、穏やかな時間はボクの配慮虚しく、そう長くは続かなかった。
「そういえば、オマエの魔法ならば歩くまでもないよな・・・。どうなんだ、ええ?」
ローズはボクの両頬を片手で潰しながら、そう問いかけてきた。目元をピクピクさせてはいるが、もう片方の手はちゃっかりヒナの手と繋いだままだった。
ヒナに腕を引かれて、ローズはボクから手を離した。ようやくボクはしゃべることができるようだ。
「ま、まぁ、そうなんだけど。楽しそうだったからさ・・・。へへ。」
「『へへ』ではない。この瞬間にも、残りの2カ国が準備を終えてるかもしれんのだぞ!リタスだって、翻り攻めてくるかもしれん。」
「そんなこと言ったって、そもそも、乗り物を壊したのはローズじゃん。進むも戻るも中途半端なところで、乗り物も直せない。そんな状況なのに、焦るそぶりも見せない。本当は、そこまで急ぐ気なんてないんじゃないの?」
ボクの言葉に、ローズがボクのお腹に蹴りを入れてから答える。
「オマエに何がわかる!ワタシは、ワタシは・・・。」
ローズの蹴りは強かった。咳、咳、嗚咽。また咳。
ヒナの制止を振り払い、ローズが迫ってくる。
「ゲホッ・・・、ローズは、何を守ろうとしてるの?」
すると、ローズは瞳を赤く光らせながら睨んできた。そのまま一直線にボクの口元に手のひらを叩きつけてきた。
皮膚に爪が刺さる。そう理解したのと同時に、何か熱いものが喉のずっと奥の方まで押し込められた。
熱い!上半身が隅々まで焼かれるような感覚。声を出すことは叶わず、苦痛がこもる。
息ができない。胸の中が水が沸き立つように震えている。
何かが込み上げてきて、喉元から溢れ出す。しかし、それはローズの手に押し返されてしまう。
ローズの顔が真っ白にぼやけてきた。
唐突に、ローズの情けない泣き顔がハッキリと像を結ぶ。
ボクはローズの手から解放され、そのまま地面に倒れてしまった。
ここで、ヒナが追いついたようで、ボクを回復してくれた。
ヒナに支えられながら身体を起こす。逆流。ボクの口から真っ赤に泡だった液体が溢れていった。
「ローズ様!いくらなんでもやりすぎはないですか?!」
ヒナがボクの背中をさすりながら叫んだ。
ローズが見ているのはヒナではなく、赤く染まった自身の手のひら。目に光はなく、そのまま力無く座り込んでしまった。
耳鳴りのせいか、ローズの口から流れる吐息のような言葉の意味を拾うことができない。
雨が降り出した。ローズの手の汚れが流されていく。その様子をひとしきり眺めてから、疲れ切ったローズの眼差しがこちらへ向かう。
その視線を追うと、ボクの服に留まった。雨でより一層濁る様を見て、ローズは地面へ突っ伏した。ぬかるんだ地面が少しはねる。
雨はどんどん強くなる。
「えっと、ボクが悪かったのかな、ハハ。だいぶ調子も戻ったし、とりあえずボクの魔法で移動しよっか・・・。」
ローズは何も答えない。
「そ、そうですね!このままでは風邪をひいてしまいます。さ、さあ、行きましょうか!」
ヒナは不安に顔を曇らせながら、大きな声で言った。
ローズは何も答えない。
そこへヒナが駆け寄り、ローズを軽く揺さぶる。
「ローズ様、ローズ様。ここに居続けてもなんともなりません。」
ローズは何も答えない。
「ノア様、このままでは皆さんのお体に障ります。どこか休める場所へと移動しましょう。あの魔法をお願いできますか?」
すでにヒナは調子が悪そうだ。ボクはヒナの元へ駆け寄り、空間に穴を開けて全員を放り込んだ。
ドニスへ向かうべきか、一度タンナへ戻るべきか。辺りを見渡してみる。
すると、ドニスのすぐ近く、元の場所から空間的に遮られているところに、ポッカリと開いた場所があるのを見つけた。
「あそこなら休めそうじゃないかな?」
そっちを指差しながらヒナに問う。
「えっと・・・。申し訳ありません。ワタクシにはただ真っ暗で、何も見えません。」
「あ、そっか。ごめんごめん。とりあえず、休めそうな場所があったから、そこに行くよ。」
ボクは魔法粒子を消して、身体を動かした。
何度もここに来ているからか、ずいぶんと楽に動けるようになった。後ろ手にローズを引っ張っているが、余裕を感じる。そこにヒナがおぶさっているのに、全く負担を感じない。
初めてタンナへ降り立った日を思い出す。そのときとは比べ物にならないくらい速い。
到着。謎の空間に手を伸ばす。
そこには、見えない壁があった。この世界と、普段の世界を隔たる壁とそっくりのモノ。
この壁に穴を開けてみる。すると、ボクたちは落っこちるように目の前の空間へ吸い込まれていった。
落下地点がブヨリと凹み、ボクらを優しくキャッチした。
しかし、そこは手のひらほどの、ツヤツヤと光る丸っこい三角形の板にビッシリ覆われている。金属のように硬い。だから少しだけ痛かった。
「イタタ・・・。ここはどこでしょうか。」
ヒナが腰をさすりながら、キョロキョロとあたりを見渡す。
おかしな地面を除けば、ただただ真っ白で殺風景なところだった。特別、眩しいわけではないのに、自分の影はどこにも見当たらない。シンと静まり返っているのに、どこからか風が吹いて心を揺らしているような感じがする。
「おや、誰か来たのか?」
空間にそんな声が響き渡ると、地面がゆっくりと傾き出した。
どうやら、あれは地面ではなかったらしい。ボクたちはコロコロと転がり落ちた。
起き上がると、すぐ目の前に大きな顔があった。ボクたちとは、違う生き物であるとはっきりわかるつくり。それは全体的に三角形といった感じで、ウロコでビッシリと覆われている。やや横向きについた目がギョロリとこちらを捉えた。
「フムフム。こんなところまで自力で来れるヤツがおるとは。」
その生き物は、顔の半分ほどまである口を大きく開き、実に愉快そうに笑った。
「えっと、ここで少し休ませて欲しいんだけど、いいかな?」
そう聞いたところ、巨大な目がより一層大きく開き、ボクの真正面にある、鼻と思しき二穴から突風が吹きつけた。
「なに、ここで休むだと・・・?」
鼻先がもうボクに触れそうになるくらいに近づく。怖かったのか、ヒナはボクの背後に引っ込んでしまった。
「アハハ・・・、そうだよね。勝手に入ったのはボクたちだし、ダメなら出ていくよ・・・。」
この空間から出ようと、ボクはその巨大な生き物に背を向け、歩き出す。
空を切る音。ボクたちはまとめて、何か太いものにグルリと巻かれてしまった。
それは尻尾。気づけばボクたちはまた大きな顔の真ん前に引き寄せられていた。ギラギラと鋭さがただよう歯。
「このまま帰すわけにはいかんなあ・・・。」
その生き物は4本ある脚のうち、前方の一つを大きく振りかぶった。
その先端には尖った爪。切り裂いたのはボクたち、のすぐそばの空間。パッと見た感じでは、脚先が消えたように見える。しかし、度重なる空間の転移によって感覚が研ぎ澄まされただろう。その周りでは、空間の壁の破片が飛び散り、氷のようにウッスラと宙で溶けていくのがわかる。
戻ってきた爪には、コヌーが二匹まとめて串刺しにされていた。そのうち一匹が痙攣しながらプピィ、と鳴く。
その生き物はコヌーたちを床に叩きつける形で爪から離すと、血を舐め落としながら、ボクたちを見てニヤリと笑った。




